少女は常に願っているー7

「……あそこか」

「うん、みたいだね」


 時は流れてあっという間に昼休み。生徒たちが今日は何だか騒がしい。

『1年のあるクラスに何やら凄い転校生が来たらしい』

という噂は学校中に瞬く間に広がり、件のクラスの周りには人だかりが出来上がっていた。


「うわ、やっべー‼ マジもんの美少女じゃん‼」

「顔小さいしお人形さんみたい……」

「美しい……。彼女こそ地上に舞い降りた天使に違いない……」


 リンカの転校は、学校内で軽く事件になっていた。

 転校初日にして、校内で知らぬものなどいないレベルの有名人になっていたリンカ。


「……………」


 その胸中は穏やかではなかった。ただでさえ、あまり学校に行くことに乗り気ではなかった彼女がこんな現状に曝されればこうなることも仕方ないと言える。


「り、リンカちゃん。凄いことになってるけど……」

「……困りました。レイナさんにもご迷惑をかけてしまっていますね……」

「いや、私は大丈夫……って言いたいところだけど、私も注目されるのはあまり得意じゃなくて……」


 周りを人に囲まれて、まるで見世物である。クラスメイトは勿論、上級生から教師に至るまでリンカを見に来ているのだから恐ろしい。


「これじゃあ、まともにお昼ご飯も食べられ……あっ、お兄ちゃん‼ ちょっと助けて‼」


 人だかりの奥にレイナはとある人間の顔を見つけて、その人物に呼びかける。


「呼ばれてるよ、シャルア」

「……面倒事はごめんなんだが……まぁ、俺もあの子には興味あるしな」


 呼びかけられた本人は、多少面倒そうな顔をしながらも人だかりをかき分けて二人のところへ駆け付ける。


「……君が、スレイヤのとこのお嬢さんか」

「その言い方だとなんか違くない?」

 いつの間にかスレイヤもシャルアの隣に来ていて、注目はその四人に集まる。

「貴方様のお知合いの方ですか?」

「あぁ。スレイヤとは古い知り合いでな。君と少し話がしたいんだが、ちょっと一緒に来てもらえるか?」


 シャルアのその提案に少しばかり怪訝な顔を見せるリンカ。

会ったばかりでこんなことを言われたら警戒もするだろう。


「お嬢さん、心配しなくてもこいつは大丈夫。僕が保証するよ」

「貴方様がそう言うなら……。では行きましょうか。レイナさんも――」

「あ、レイナはここで待ってろ」

「そんな⁉ 酷いよお兄ちゃ」

「すまん、帰りに好きなもん買ってやるから」

「それじゃあ、リンカちゃん行ってらっしゃい‼」

「それでいいのですか、レイナさん……」


 簡単に流されるレイナを呆れた目で見つつ、リンカは席から立ち上がる。男二人に連れ去られる噂の美少女転校生の図は、生徒達にとっては衝撃だったようで。


「シャルア先生と……あれは誰だ?」

「生徒に手を出すなんて……流石シャルア先生……」

「僕の天使が‼ あの男は何者なんだ⁉」


 と阿鼻叫喚であったが、当の本人達はあまり気にはしていなかった。

 リンカの興味は今や、スレイヤと共にいるシャルアにある。わざわざレイナを遠ざけたということは、単なるナンパやその類ではないだろう。


「……ここなら誰も来ない。安心して話せるな?」


 連れて来られた場所は後者の端にある生物準備室だった。普段から生徒は殆ど立ち寄らない場所であるここなら、話したいことも話せるだろう。


「……こんな場所に連れ込んで、私に一体何を……⁉」

「何もしないよ⁉ ちょっと説得力に欠けるけど……」

「普通に冗談とかも言うのな……」


 いつものようにスレイヤをからかう冗談を言うリンカ。

 どうやらその表情を見るに、学校内ではそういった感情が相当抑圧されていたらしい。


「……やっぱり貴方様の返しは愉快でいいですね」

「愉快って、馬鹿にしてるよね完全に。辛い」

「いえ、尊敬しております。面白いですし」


 クスクスと笑うリンカはどこか楽しそうだった。その笑顔は、先程までクラスの人間に向けられた空虚なそれとは全く違うものであったことにスレイヤは気付く。


「……それで、シャルアは何を聞きたいのさ」


 だが、それについては敢えて突っ込まず本題に入る。

 そもそも話をしたいと言ったのはシャルアだった。

 わざわざこんなところまで連れてきたということは踏み入った話をするのだろう。


「聞きたいことは山ほどあるんだよ。まず、このリンカって娘は何者なんだ」

「……親戚っていう体じゃ無理がある?」

「当たり前だ。何年の付き合いだと思ってる。お前にこんなパツ゚キン美少女の親戚がいるわけ無いしな」

「はぁ……。助手だよ、仕事の」

「聞きたいのはその先だ。お前が人を雇うとか考えられない」


 とにかくはぐらかすつもりのスレイヤに対して、徹底して逃げ道を塞ぐシャルア。

 話題の中心であるリンカはその二人のやり取りを、備え付けられていた椅子に座り弁当を広げつつ見つめていた。


「やっぱシャルアには隠しても無駄か。今は助手だけど将来的には客になるんだ。その為に働かせてる」

「客? こんな少女がお前に依頼することでもあるのか?」

「それがあるらしいよ。しかも僕のとこで一番高い仕事」

「それって……。……ははは‼ 嫌な世の中になったもんだな、おい‼」


 こんな年端もいかぬ少女がそんな依頼をするなど世も末だと言うシャルア。

だが、その顔に笑みは無くただただ何も思っていないような感情が浮かんでいた。


「それで、誰を殺したいんだ⁉ 大人か? それとも同級生か⁉ どっちにしても――」


 そこまで言ったところで、問われた二人は質問に答える。

 声は発さずに、ただ指だけを使って。


「は?」


 スレイヤはリンカを。リンカはサンドイッチをもぐもぐしながら自分を指差した。


「……は? いやいや、依頼主の話じゃなくて……」

「だから、お嬢さんだって」

「はい、私です」


 暫し静寂。

 備え付けの時計の針が三度ほど音を鳴らしたところでシャルアは漸く理解した。


「おい、マジか……?」


 先程までのシャルアの無感情な顔に一つの感情が生まれる。

それは言うまでも無く、驚愕の色であり……


「お、おまっ⁉ それって、あい――」

「それ以上言うなシャルア。とにかく僕が僕の意思で雇ったんだ。文句は言わせない」

「はい。私は私を殺してもらうために彼と共に過ごしています。あぁ‼ あの時私の両親を鮮やかに殺した時のように‼ 早く、私も殺されたい‼」

「え、えぇ……何だこいつ……」

「分かるよ。僕も初見はそんな感じだった」


 お約束のようにリンカにドン引きするシャルア。だが、大きく拒絶している訳ではないのはよく分かる。理解をして、反応があるのがその証拠だ。


「つか、お前両親殺したって……」

「……仕事だよ。仕方ないだろ」

「……はぁー……そういうとこは変わってないのな、スレイヤ……」


 相も変わらず同じ場所に居続ける彼に呆れを覚えつつも、そのことについて何も思うところが無さそうなシャルアもまた、二人と似たような性質を持っていて。


「シャルアさんは、何も見ていないんですね」

「またなぞなぞ? シャルアは人の事よく見てると思うけど……」

「……よく見てんなぁ、お前。そういうとこは似てるのかもな」

「誰にですか?」

「あぁ、気にすんな。生きる屍の戯言と思っとけ」


 自らをそう呼称したシャルアはどこか空虚な笑いを浮かべていた。それは先程のリンカのそれとはまた違った様相であり、恐らくそれは彼の人生そのもの。


「取り敢えず、だ。大体の事情は分かった。まさかここまで頭のおかしな少女だとは思わなかったが……」

「自覚はありますが、貴方様以外に言われると腹立ちますね」

「僕ならいいんだ……あまり言わないけどさ」

「ってなるとさぞかし居づらいだろうよ、学校ここは。俺も、こいつもそうだった」


 どこか遠い日の記憶を懐かしむようにそう言うシャルア。

まだ鮮明に思い出せる程度の黒歴史は、シャルアとスレイヤの共通の淡き思い出。

 学校という場所は、多くの子供が集まる場所。

それはつまり、その場所にいる大多数は普通の子供であるということである。


「……そう、ですね。とても難しいと感じました」


 いつだって世の中を席巻しているのは多数派マジョリティで。

 いつだって少数派マイノリティはあまりにも息苦しい。


「だが、自分の思想を変えるつもりもない……。そうだな?」


 人と少し違う。考え方が違う。在り方が違う。出来ることが違う。

ただ、それだけで温かかったはずの視線は途端に冷却される。


「はい。それは、勿論。私はその為に生まれてきたのですから」


 それでも、彼等が変わることは無い。そもそもその程度で変わるようならそうなってはいないとでも言いたげなリンカの意志の強い瞳。


「だよな。俺もそうだ。そしてスレイヤもそうだ。だから、困ったら俺達をまず頼れ」

「え……」

「そうだね。僕は家で、シャルアは学校で。じゃないと壊れてしまうかもしれないから」


 スレイヤという最大の理解者を得たことによって、リンカの欲望と思想は抑えきれなくなっていた。感情を、心根を抑制するということは、それは自分を殺していることと同義。


「何かあったらまたここに来い。茶くらいなら出すし、話も出来る」

「……ありがとう、ございます。……シャルア様」

「様⁉ やめろやめろむず痒い‼」

「あぁ……尊敬に値する相手にはそうするらしいよ……」

「最初はいけ好かないと思っていましたが……貴方様と同じでとても優しい人だったので」


 息苦しかったはずだろう。表向きに普通の学生として過ごすことの難しさは、きっと彼等にしか分からない。

 だからこそ、共感者がいることに誰よりも喜びを覚える。誰にも理解されない故に、受け入れてくれる人間を好きになる。


「……ったく……あ、もう昼休み終わるわ。遅刻しない程度に教室戻っとけよ、アルハーツ」

「分かりました、シャルア先生。それでは」


 ここからは生徒と教師。あくまでも、そこは徹底しなければならない。

 遅刻しないように、リンカは一足先に生物準備室を後にする。


「……悪かったな、変に疑って」

「いいよ。連絡しなかった僕も悪い」

「にしても……やっぱり、どうしてもこうなるんだな」

「………………」


 かつての自分達には出来なかったことを、果たして今は出来るのか。

 きっと出来はしないのだろう。それ故の少数派アブノーマルであるのだから。

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