少女は常に願っているー6

「……えー、今日は転校生が来ています。それじゃ、挨拶してね」

「はい」


 その日、一つのクラスがなんだかやけに盛り上がっていた。

それは勿論転校生の来るクラスであり、今朝から生徒達はその話題に事欠かない。


『どんな子だろう。可愛い女の子だったらいいな~』

『この時期に転校してくるなんて珍しいね。どういう事情だろう』

『登校している時に見慣れない女子がいたが、まさか……』


 なんて会話があちこちで繰り返されていた。

日常に舞い込んでくる転校生襲来という非日常は否が応でも彼等の心を震わせる。

 しかし、そんなものは主役の登場で一気に収束を始めた。


「初めまして、私はリンカ・アルハーツと申します。皆様これから、どうぞよろしくお願い致します」


 リンカ・フィリス・ハーレスティア改め、リンカ・アルハーツ。


『便宜上、学校では僕の性を名乗ること。元貴族だってバレたら面倒だからね』


 もう既に無くなっているとはいえ、謂われも無い差別に遭わないとは限らない。

そう考えての男の配慮であったが、どうやらリンカはその約束をきちんと守っているようだった。


『……………』


リンカの自己紹介。美しい所作のお辞儀は、あの時男にしたものよりも更に洗練されており、リンカの見目の麗しさも相まってクラス全員の視線を独り占めにする。

まるで波のさざめきのような艶のある綺麗な声。そして、簡素ながらも丁寧にはっきりと告げられたその言葉は、瞬く間にクラス全体に波紋を広げていった。

「……?」


 自己紹介をし終えたのに反応が一切無いことに不安を覚えるリンカ。それもそのはず、その場の全員があまりの衝撃に呆然自失となっているのだから。

 日常から非日常とかいうレベルではない。ビックバン級の美少女転校生が来たその衝撃は彼等の胸中を覗かなければ与り知らないだろう。


「……という訳で転校生のリンカ・アルハーツさんです。皆、仲良くしてあげてね」

『はい‼』


 これ以上ないくらいのいい返事だった。

クラス全員の心がここまで一致することはこの先あるのだろうか。


「それじゃ、席は……レイナの隣が空いてますね。そこに座ってください」

「はい」


 教師に言われたように、リンカは自分の席を目指して歩き出す。

 少し歩くだけで、その場の空間を支配するが如く視線を集める。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはよく言ったもので、それはまさにリンカの為にあるのではないかという感想を抱かせる佇まいであった。


「よろしくお願いします、レイナさん」

「よ、よろしくお、お願いしますっ‼ レイナ・クロイツです‼」


 まさか自分の隣に座るとは思ってもいなかったその少女、レイナは同学年だというのにあまりにも畏まった挨拶をしてしまう。これでもかというぐらい頭を下げていたため、その姿にリンカは少しだけ苦笑を浮かべる。


「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。取って食べたりしませんから」

「えっ……。……あ、そっか、同級生だもんね。リンカちゃん、って呼んでもいいかな?」

「はい、是非そう呼んでくれると嬉しいです」


 軽く冗談を言って見せることで、相手の堅さを取る。ここはあくまで学校の一つのクラス。同級生相手に畏まる必要など一切無いのだから。

 リンカの隣に座るレイナという少女。茶色の髪をボブにカットしており、クリっとした大きな眼が特徴的である。中学生にも間違われそうなその愛らしい顔立ちはクラスの中でもトップクラスの可愛さであろう。

 ……それも、リンカが来る前までの話だが。


「お、俺もリンカちゃんって呼んでもいいかな⁉」

「わ、私も、いいかな⁉」

「はい。私も早く皆さんと仲良くなりたいですから」


 その流れはクラス中に広がり、わらわらとリンカの周りに人が集まってくる。


「あのー、一応まだHRなんですが……。……まぁ、仕方ないですね」


 クラスのほぼ全員が席を立っているという異常事態に苦言を呈すも、その調停を半ば諦めている教師。無理もない。彼女もまた、リンカを初めて見た時はそうなったのだから。


「リンカちゃんは、どこから来たの?」

「ヤクーン国からです。幼い頃両親を亡くした私はそれまで施設にいたのですが、つい最近この街に住んでいる親戚に引き取られた、という経緯です」

「そうだったんだ……大変だったんだね……」

「ですが今はとても幸せです。引き取ってくれた方には非常に良くしてもらっていますから」

「泣ける……。リンカちゃん‼ 俺達もなるだけ力になるから何でも言ってくれ‼」

「ありがとうございます。きっと皆さんに頼ることもあると思います。頼りにしていますね」


 転校生が最初にされることといえば、質問攻めである。それが興味を引く存在であればあるほど、その時間は多く取られることになる。

 だが、彼女には秘密がある。知られてはいけないことがたくさんある。


『学校では僕の仕事の事や君の思想については喋らないこと。それは一般人には受け入れ難いことだから』


 つまりは本音を隠しながら生きていかなければならないということである。

知られれば、ここにいることは難しくなる。


(……相変わらず嘘というものは難しい、ですね。心根を存分に話せるという事は、幸せなのかもしれません)


 かつてもそうしてきたであろう彼女だが、あまりそういうものは得意ではないらしい。

「……はい、皆そろそろ席に着いてー。続きは休み時間ね」


 そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴り響く。ここまでは黙認してきた教師も、流石にこの先を見過ごす気は無いらしい。

 その教師の言葉を聞き、渋々ながらも生徒たちは自分の席へと帰っていく。


「……リンカちゃん?」

「……‼ ……どうしました?」

「いや、なんだかちょっと思いつめたような顔をしてたから……」

「……いえ、大丈夫です。何でもありませんよ」

「そう? それならいいけど……何か不安なことがあったら言ってね」


 隣に座るレイナだけは、リンカが少し参っていたのに気付いたようで。

 心を見透かされたことに少しだけ驚きと警戒心と嬉しさを覚えたリンカは、彼女に微笑だけを返したのであった。

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