少女は常に願っているー5
「私の住んでいた街とよく似ていますね、ここは」
建築技術が発達し、強度の高いコンクリートの素材で建造された建物が主流となった今、スティリエは珍しく煉瓦造りの建物が多い街だった。
恐らくそれは、隣国であるヤクーンの影響を多く受けているからだろう。
五国の中でも美しさや優雅さを重視するヤクーンは、貴族が多いことで有名な国である。
「そっか、お嬢さんはヤクーン出身だもんね」
「はい。まぁ、あまり好きではありませんでしたが」
「あ、そう……」
今日はリンカの登校初日ということで、珍しく二人で街に出たリンカと男。
お互い浮かない顔をしているのは、どちらも乗り気ではないからだろう。
「そういえば制服似合うね」
「そうですか? ありがとうございます」
これから学校に向かうということで二人の格好はいつもと少し違う。
白を基調とし赤いラインの入ったその学校指定の制服はリンカの金髪によく映え、少し短めのスカートが健康的な美脚をこれでもかと主張させる。胸部装甲は控えめでスレンダーではあるが、むしろその制服にはがっちりとハマり見た者の視線を釘付けにする。
端的に言えば超が付くほどの美少女である。
街を歩いていると大体の男女が振り返ってくるのだから末恐ろしい。
「貴方様も正装、とても素敵ですよ。よくお似合いです」
「そう? ありがとう。着慣れてないから不安だったんだよね」
一方男の方もリンカの保護者ということで今日は正装だった。
細身に黒いスーツ、眼鏡をかけたその姿はそれなりにデキる男に見えなくもない。
ただ、リンカの隣ではそれも霞むというものだろう。
「この街にもちゃんと学園があるんですね」
「うん。まぁ、大きな街じゃないし一つしかないんだけど」
早朝の街は活気に満ち溢れていた。仕事に向かう大人、学校に向かう子供が行き交うその光景は、二人の顔を更に曇らせる。
それでも学校に向かって歩き続けると、ひと際大きな建物が目に留まった。
煉瓦造りのその大きな建物はこの街で唯一の小中高大一貫教育機関である、国立スティリエ学園。唯一ということもありその広さは伊達ではなく、実に街の十分の一はその敷地内である。
「……広過ぎません?」
「ランベルトは教育重視の国だからね……端の方の街の学校でもこのレベルなんだ」
小中高大一貫であり、この街に住む子供が皆通うとなると、この広さでも多少狭いくらいであるかもしれない。それでもリンカは面食らっていた。
高等部の方に向かうと、丁度登校時刻であったため生徒で溢れ返っていた。仲睦じく会話する生徒、急ぎ足に教室へと向かう生徒、こちらを見ながら歩く生徒……
「……なんだか凄く見られているような……」
「まぁ、だろうね……僕もよく知らなきゃ見るよ」
「学校に貴方様みたいな得体の知れない大人がいれば確かに見ますか。納得です」
「お嬢さん?」
とはいえそんなものを気にしてはいられない。
時間的には余裕はあるが挨拶その他諸々を考えれば早めに行くのが吉というものだろう。
「んじゃ、僕は校長に挨拶してくるから。お嬢さんは今から来る先生の指示に従ってね」
「分かりました」
職員室の前まで来た二人は、そこで別れるようだった。踵を返して目的地へと向かおうとした男は、何かを思い出したようでリンカの方を振り返る。
「……約束はちゃんと覚えてる?」
「勿論。ちゃんとした学生として過ごしますよ」
「なら良し。じゃ、また後で」
「はい。また後で」
そう言い残して男は校長室へと足を進めていく。
残されたリンカは入れ違いで来た担任の先生に連れられて教室へと向かっていった。
「……ここも変わらないなぁ」
緩慢とした足取りだがスイスイと校舎内を歩いていく。
その足取りと口振りから察するにこの学校にかつて通っていたらしい。
「……あれ? スレイヤ?」
少しだけ懐かしさに浸っていた男だが、歩いている途中で不意に誰かに声を掛けられる。
聞き覚えがある声で、耳に慣れている声だった。
しかし、最近はあまり聞いていないその声の持ち主は。
「シャルア……?」
「おう、久しぶりだな。お前が母校に来るなんてどういう風の吹き回しだ?」
「あぁ……ちょっと色々あってね……。シャルアこそ学校で何やってるのさ」
「何って……俺はここの教師だよ。言ってなかったか?」
「聞いてない。相変わらず適当だなシャルアは」
その男の名はシャルア・クロイツ。男の唯一にして無二の友達である。
唯一無二ということはつまりシャルア以外に今は友達がいないということである。
茶色の髪を無造作に伸ばしており、見た目通り身長が高い。切れ長の眼が特徴で整った顔立ちをしており、生徒からの人気は高いらしい。
「しかもそんなスーツ何て決め込んで……まさか、就職か?」
「僕がそんなことするわけないって知ってるだろ……。……転校の手続きと挨拶。これから校長のところ行ってくる」
「……転校だぁ?」
「詳しくは後でな、シャルア‼ 僕急いでるから‼」
「あ、おい‼ ……何焦ってんだ……?」
シャルアは何か隠している様子の男の背中を呆れ顔に見つめる。
ただ、久しぶりの友人との再会が嬉しいのか少しだけ頬を緩ませていた。
「……あいつも随分と丸くなったもんだねぇ……」
かつての彼の姿を思い出し、苦笑するシャルア。
そして、自らが受け持つクラスへと向かって歩き出した。
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