少女は常に願っているー4
「……はい、申し訳ありません。はい……はい」
その事件は次の日に起きた。今朝はリンカの作った朝ご飯を食べて、のんびりと暇な午前を満喫していたところにかかってきた一本の電話。
家主である男がそれに応答するも何やら様子がおかしい。
何故かずっと平謝りをしているので、リンカもキッチンで怪訝な顔をしている。
「はい……分かりました……よく言い聞かせます……はい、失礼します……」
通話が終わったところで、男はげんなりとした表情を隠そうともせずにリンカの方を見やる。
「誰からですか? 凄くかしこまっていましたが」
「……お嬢さん、この国の制度についてはご存じで?」
「……? いえ、あんまり興味無かったので詳しくは……」
「だよねー……ちょっとそれ関連の電話でね……」
男は街から少し外れた場所に住んではいるが、当然そこも国の管轄内である。
であれば、ある程度は国の制度というものに縛られなくてはならない。
例を挙げれば……義務。
秩序や安定を守るため国民に課されるそれは、無為に破られることを是としない。
「お嬢さん、確か十五歳だったよね?」
「はい。貴方様と会ってからまだ誕生日は来ていませんので」
「うん。じゃあ、来週から学校に通ってもらいます」
「……えっ」
あまりに突然のことに、リンカは持っている卵を落としかけるが、何とか持ち直す。
この国……というか大体どこもそうなのだが、未成年には義務教育という枷が存在する。
教育機関のどこまでが義務なのか、というのには多少違いはあるが、この国では十五~十八まで通う高等学校までがそれに該当する。
つまり現在十五歳であるリンカは、必然通う必要が出てくるというわけだ。
「あー、手続き面倒だし……どこでバレたのかなぁ……」
「……買い物の時、ですかね。この間、何やら偉そうな人に声を掛けられたので……隠すこともないと思い、色々喋ってしまいました……」
「……それなら仕方ない。お嬢さんが悪いわけじゃないからね」
平日の昼間から街の中をうろついていれば、いずれバレてしまうのは必至。
むしろ催促までに三か月かかるのは遅い方だろう。
「学校……ですか。もう通うことは無いと思っていました……」
「あぁ……そういえば通ってたとは言ってたね」
「高校に関しては本当に僅かな間だけでしたが、小中は普通に行っていましたよ」
「……そうだよね、なんか普通に働かせてたから忘れてたけど」
これからここで暮らしていくことを考えれば、リンカの通学は必須であるだろう。今日は電話だけで済んだが、教育機関のお偉いさんが家まで来るとなるとたまったものではない。
「ここでの仕事は本当に充実していますし、あまり時間を減らしたくはないのですが……」
「僕的にもクッソ助かってるから正直行かせたくはないんだけど……」
「行かせたくない……貴方様、なかなか独占欲が強いのですね」
「労働力としてね‼ もう慣れたよその感じは‼」
この三か月、リンカの働きぶりは凄まじいと言えるものだった。
家事は勿論のこと様々な雑務から客対応、会計、果ては仕事の付き添いまで……全て完璧にこなすリンカは助手の鑑と言って差し支えない。
「毎晩毎晩……私にあんなことさせておいてですか……?」
「え、どれ⁉ させてること多過ぎて思い当たらない‼」
無論、いかがわしいことは断じてさせていない。彼女のいつもの冗句である。
「それはそれとして……お昼ご飯出来ましたよ。食べましょう」
話をしながらもしっかりと手は動いていたようで、男はもうそんな時間かと時計に目をやる。時刻は正午を少し過ぎた辺り。お昼の時間としては完璧であった。
「……あー、平日のこれ無くなるの辛いなぁ……」
「私が来る前に戻るだけなのでは?」
「慣れって怖いねー……」
「ふふ、大丈夫ですよ。毎日お弁当を作るつもりですから、安心してください」
「あれ何だろう、この蹂躙されていく感じ……ダメになる……ダメになる……」
この場所に住み始めてからそこまで日は浅くない男。つまり今までは十分一人でもやっていけたという話であるのだが。
彼女が来てからの数か月が濃過ぎて、もう前の生活に戻れないような気さえしてくる。
「それでさ、お嬢さん」
「何ですか、貴方様」
食事を進めながら、他愛もない話をしていく二人。
さながら老年カップルのような緩い雰囲気があるが本人らにその自覚は無い。
「学校通うなら約束してほしいことがあるんだけど」
「何ですか?」
「簡単な約束だよ。学校生活で、お嬢さんが困らないように」
そして男はそれをリンカに告げる。自分と同じ失敗をさせないように。
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