少女は常に願っているー3
この世界は大きく分けて五つの国家で成り立っている。
東の『セリアス』、西の『ヤクーン』、南の『キャリール』、北の『メサイア』。
そして、二人が住む国は中央の『ランベルト』。
二人が住んでいる『スティリエ』はランベルトの西端に位置する比較的小さな街である。
どの国も技術力は高く、国が運営している公共機関により電気や水道、ガスなどが完備されており、通信機器などの発達も目まぐるしい。
「……あぁ‼ 何度見ても鮮やかな手際……ッ‼ 早く私も殺されたいッ‼」
「因みにまだ全然貯まってないからね」
二人が再会したあの日から約三か月が過ぎ、季節は夏に差し掛かろうかという頃。
深夜、スティリエの隣に位置する『サミュラン』という街に二人は訪れていた。それは勿論、仕事の為。
どうやら丁度一仕事終えた後のようで、リンカは男の仕事ぶりに感激し、男は冷静に現実を指摘する。
「それにしても……あの金額なのにやっぱり依頼してくる人って結構多いんですね」
「まぁ、こんな仕事してるのは僕くらいだし。人間なんてこんなものだよ」
そう言って自嘲気味に笑う男。どうやらあまり人間が好きではないらしい。
恐らくそれは自分も含めての事なのだろうが。
「そうですね。それは、よく分かります。人間はどうしようもなく醜悪ですから」
そしてそれについて肯定するリンカもまた、何かしらの闇を抱えている。
幼くも曲がってしまった彼女の生き方の根底には、何があるのか。
「でも、貴方様は好きです。何せ、私を殺してくれるのですから」
「はいはい。僕もお嬢さんのことは嫌いじゃないよ」
この三か月の間に、二人の間にある程度の信頼関係は築けたようだった。
しかし、その大元にあるのは友情でもなく親愛でもなく、今はただの利害関係。
「……本当は仕事まで手伝ってもらうつもりは無かったんだけどなぁ……助かるけど」
行なった仕事の後処理をしながら愚痴を垂れる男。
隠すだけの仕事がこんなにも面倒なのは、偏にその仕事の性質故だろう。
「何を言うんですか‼ 私を絶望の淵から救い出してくれたあの超絶美技を、目の前で見られる幸せをみすみす見逃す道理は無いでしょう⁉」
あくまでリンカを雇ったのは家事やら雑務をやらせる目的だった男だが、勿論のこと彼女はそれを良しとはしなかった。
自分のルーツはそこにあるとでも言わんばかりの態度で後処理を表情一つ変えず手伝う。それを見た男は苦笑いしつつも、既にそんなリンカには慣れてしまったようだった。
「何よりもあの眼‼ 人を人とも思わないあの冷酷な眼はもうたまりません‼」
「あー……あんまり気分がいい物じゃないからね。冷めた目はしてると思う」
「……貴方様は、人を殺すこと……嫌いなのですか?」
男のその発言に、少しだけ悲しそうな表情を浮かべるリンカ。
舞い上がっているのは自分だけで、彼が楽しくないのではあまり意味は無い。
「んー……嫌いだったら仕事にはしてないし……結局辞めてないってことはある意味好きかもしれない。それに――」
「‼ それなら良かったです……‼」
「……そんなに喜ぶことかなぁ……」
「はい‼ 私を殺していただく時に、貴方様が浮かない顔をしているのは嫌ですから‼」
屈託のない笑みでそう言う彼女に、もう違和感というものを抱けない。慣れとはかくも恐ろしいものだ。
しばらく共に過ごして分かったが、彼女は喜怒哀楽がはっきりしている。
喜ぶときは際限なく喜び、怒るときは窘めるように怒る。
哀しい時は普通に泣き、楽しい時は笑顔が眩しい。
おかしいのは一つだけ。自身の在り方、ただそれだけが彼女は人と違う。
「本当にお嬢さんって前向きだよね……」
「貴方様が前を見ていないだけです。かといって後ろを見ている訳でもないですが」
「……なぞなぞ?」
「そのままの意味ですよ」
リンカの言っていることの意味がよく分かっていない様子の男。
ただ、それは的を射ている。リンカは前だけを、男は前も後ろも見ていない。
「……まぁ、いいや。そろそろ撤収するよ」
「はい。もう夜も遅いですからね」
話しながらの後処理も終えたようで、どこかに電話をかける男。
その後のことは電話の先にいる人物に任せるつもりらしい。
「後よろしく」
『……了解』
たったそれだけのやり取り。
それ以上に関わる気は無く、金で動く関係はこんなものだろう。
「そういえば貴方様、明日の朝ご飯は何がいいですか?」
「そうだなぁ……軽めのもので、肉が無いとありがたい」
「では、明日は野菜メインに致しましょう」
闇に紛れて歩く二人のその姿は、まるで人間の皮を被った何かのようで。
何もおかしなところなどありはしない。何も間違ってなどいない。
彼等にとってはこれが普通で、当たり前で、ありきたりな日常なのだから。
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