少女は常に願っているー2
「……えっと……どうかなされましたか、貴方様?」
しばらく思考がフリーズした様子の男に困惑気味のリンカ。
自分が言ったことはそんなにおかしかっただろうか、と自分の発言を思い返すが特にそういったものは見つからなかった。勿論、リンカの中では。
「……ごめん。もう一回言ってもらっていいかな?」
殺してほしいと言っていた気がするが、聞き間違いという可能性もある。
昼ご飯もまだだし、きっと頭が朦朧としていて幻聴が聞こえたに違いない。
「あ、聞き逃していたんですね。貴方様に殺されたいんですが、いいですか?」
「あぁ、いいよ……ってなるか⁉ やっぱ聞き間違いじゃなかった‼」
ばっちりそう言っていた。確かにリンカは殺されたいと口にしていた。
「え……無理ですか? こう、サクッと鮮やかに殺してほしいんですけど……」
「殺し方の問題じゃなくてね? えぇ……何この子……」
殺してくれ、と言われたこと自体は多々ある。
むしろ男からしたら日常的に聞いている言葉ではあるだろう。
だが、『自分を殺してほしい』と言われたのは実に久しぶりのことだった。
それも、年端もいかない少女に言われたのだから混乱は必至である。
「……何だってそんなことを?」
取り敢えずその理由を聞かないことには話にならない。
今のところ彼女に対する理解度は0に近いのだから。
「話せば長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「あ、あぁ……この際仕方ない……話してみてくれ」
普段は依頼の理由に対して微塵も興味も無い男だったが、今回ばかりは聞かざるを得ない。彼女の真意を確かめなければいけない気になっていた。
「昔々のことです。と言っても、七、八年前のことなのですが。幼くも少女リンカは『死』という概念を知りました。生きている人間は……いえ、生物はいずれ必ず死ぬのだと。それを知った少女は恐怖に暮れたのです」
「……死ぬのが怖かったってこと?」
何かを確認するかのように男はリンカに問う。
当然その質問に対してのリンカの答えは否定だった。
「いいえ。死ぬこと自体が怖かったわけではありません。いつ死ぬのかが分からないことがたまらなく怖かったのです」
「……うん」
「そして少女は思い至ったのです。いつ死ぬのか分からないのなら、その死を自ら決めてしまえばいい、と‼」
「……はい」
「ですが、死ぬにしてもどうしたものか、と。自殺、というのも当然考えたのですが、如何せん美しくありません。というか、何か負けた気がするのです」
「……なるほど」
「そんなことを毎日のように考えていた数年後のある日のこと。私にとっての運命の日が訪れたのです‼」
「あぁ……僕が君の両親を殺した日ね」
「その通りです‼ 目の前で両親が殺されて……まず私が思ったことは美しいでした。数ある死の中でもこんなにも美しく残酷で理不尽な死に方があるでしょうか⁉ いいえ、ありません‼」
「僕が言うのもあれだけど君狂ってるね。正直怖い」
「誉め言葉として受け取ります。そして、貴方の大胆かつ繊細で鮮やかな殺し方‼ その時私はこう思ったのです‼」
「………」
「そうだ、この人に殺してもらおう、と‼」
絶句という他ないだろう。倫理観が云々とか、両親を殺された感想がおかしいだの色々言いたいことはあったのだが、それよりも何よりも。
(全く冗談じゃないと分かってしまうのがやばい。次元が違う)
言っていることは勿論常人のそれから乖離したトンデモ思想なのだが、それを臆面も無く至極当たり前のように言っている本人が一番狂っている。
「……なんか段々思い出してきた。殺し終えた後、確か震えている子供がいたけど……」
「あ、それ私です。理想の死に方を見つけたと思わず歓喜に震えてしまいまして……」
「こっわ‼ 何この子本当怖いんだけど‼」
「本当はその場で殺してほしかったんですけどね。貴方様はすぐに行かれてしまったので。その後消息も掴めなかったのでこうして探し回り、今日漸く‼ 貴方様に会えたのです‼」
本当に長いこと探していたのだろう。何せもう五年も前の話である。
長年の望みがやっと叶ったと、いい笑顔を見せるリンカ。しかし、その異常性に男が気付いていないはずもなく。
(……やっと忘れかけてたのに、まさか同じことを言われるなんて……)
「という訳です。ご理解いただけましたか? では早速――」
「待って、待って‼ 全く理解出来てないからそのナイフ仕舞って‼」
「あ、ロングソードの方がお好きですか? それともカトラス?」
「そういうんじゃなくて‼ 因みにカタナが好みだけどそういうことじゃなくて‼」
「もしや‼ 申し訳ありません……あの時刃物であったので勘違いしていましたが、銃火器の方がお好みでしたか? 残念ですが用意出来ていないんです……」
「だから違うっての‼ そもそも殺しは趣味じゃなくて仕事で……依頼金が必要――」
このままでは埒が明かないと判断した男は、無理やりにでも諦めさせようと取り敢えず言い訳をする。とはいえ、依頼金が必要なのは事実であるので問題は……
「え、お金……必要なんですか?」
「えっ」
だが、その言葉はリンカにとっては全くの予想外だったようで。
殺してもらうのにお金が必要だとは夢にも思わなかったリンカは、さっきまでのいい笑顔を崩し、絶望の表情を浮かべる。
「因みに……おいくらですか?」
「相場だと……一人だからこれくらい?」
男は仕事で使う料金表をリンカに見せる。そこには様々な種類の依頼の料金が事細かに書かれているのだが、その『殺害』の部分を見たリンカは目を疑う。
「た、高過ぎますよ⁉ 大人が一年働いてやっと得られる金額ではありませんか‼」
「いや、それぐらい貰わないと割に合わないし……それでも依頼してくる人多いけどね」
流石にそんな大金など持っていないリンカは、今にも泣きそうな表情になる。
やっと見つけた死に場所をこんな形で否定されるとは思わなかったのだろう。
「……特別にタダっていうのは……」
「無理。あんなもん大金でも貰わないとやってられない。それに、約束もあるし」
どうやら泣き落としも彼には通用しないようで、リンカは跪き頭を垂れる。
「あー……お嬢さん一応貴族の出なんだし、それぐらい持ってそうな気が」
「両親を殺された子供が、そんな大金持っていると思いますか?」
「……ごめん、忘れて」
「いえ、いいんですよ。あんなの殺されて当然ですもの。むしろ、殺してくれた貴方様には感謝しかありません‼」
彼が両親を殺した光景を思い出したのか、みるみるうちに元気になるリンカ。
もう突っ込むのにも疲れた男はそれについては無視して話を進める。
「……学校とかは行ってないの? 十五ならまだ学生だよね」
「あぁ、学校ですか? それなら一昨日辞めてきましたよ」
「あ、そう……って、辞めた⁉」
「えぇ。だって私今日殺される予定でしたもの。もう通う必要なんて無いじゃないですか」
「……住まいは?」
「それも同じ理由です。元々は施設にいましたが、今日の為に抜け出してきました。だから、住むとこもありません」
男は本日二回目の絶句を経験する。一日二回は新記録。
淡々と自分が住所不定学歴無しだと告げたリンカ。
この様子だと今日本当に本気で死ぬつもりだったのだろう。
少し慣れたつもりではあったが、それでもこの少女、想像の遥か上を容易に越えてくる。
「……事情は分かった。とはいえ、金が無い以上、依頼は受けられない」
「……‼ です……よね。仕方ありません。考えなしだった私が悪――」
リンカが諦めようとしたその時だった。
少しだけシリアスなその雰囲気には似つかない、ある音が室内に響く。
「……お昼食べていないんですか?」
「丁度昼時に君が来たからね……あ」
どうやら空腹に耐えかねて胃袋がクレームを入れたらしい。
そこで男は何か思いついた。それが、多少ばかりの負い目からなのか、過去の清算の為なのかは分からないが。
もしかしたらもしかするかもしれないその可能性を確認する。
「ちょっと、一つ提案があるんだけど……。僕にとっても君にとっても多分悪くない話」
思いがけずもたらされたその言葉にリンカは俯いていた顔を即座に上げる。
「何ですか⁉ 是非聞かせてください‼」
嬉しそうに男の二の句を待つリンカ。その姿は本当に普通の年頃の少女のようで、先程までのサイコな感じが嘘のように思えてくる。
「僕の助手ってことで、ここで働くっていうのはどう? 当然それに見合った賃金も与えるし、衣食住完備。それでお金が貯まったらまた改めて依頼すればいい」
「‼ 目から鱗とは、まさにこのことですか……。素晴らしい……素晴らしい提案です‼」
「でも、流石に条件付き。これを満たせないと今の話は無しだ」
「な、何ですか……? まさか、身体で……⁉ ……生娘ですが、致し方ありま――」
「違うから‼ どうして君はすぐに一人走りするかなぁ⁉」
気を抜くとすぐに彼女のペースに持っていかれる。一時の判断で提案したのはミスだったかと思うが、一度言ったことを取り下げるわけにもいかない。
「じゃあ聞くけど……君、料理出来る?」
「施設にいた頃は食事当番でした」
「採用。取り敢えず昼ご飯よろしく」
とにかく何よりも腹が減っていた。
そこに現れた料理の出来る少女なんて放っておけるわけがない。
……多少、おかしな子ではあるが育ちも良さそうだし大丈夫だろうと。
「かしこまりました‼ これからよろしくお願いします、貴方様‼」
かくして何の因果か、殺されたい少女と殺す男の奇妙な共同生活が始まったのであった。
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