一章 少女は常に願っている

少女は常に願っているー1

太陽が煌き、水面がその光を押し返し更にその輝きを際立たせ。

木々が風に揺られればまるで歌うかのような音を奏で、静かなその場所に少しばかりの色彩を生み出していく。


「……今日も暇だな……」


 町外れにある、ちょっとした森の中の湖の近くには木造の簡素な一軒家が。

周りを木々に囲まれ、滅多に人が立ち寄らないその場所には一人の男が住んでいた。


「何もやる気が起きない……立つのも面倒……」


 仕事用のデスクと思われる物に突っ伏しながら、何ともだらけているその男。

 この世界では珍しい黒色の髪。ある程度顔は整ってはいるが、覇気の無いその表情のせいでどうにも三枚目に見えてしまう。唯一の特徴を挙げるとすれば、右目の淵に残されている傷跡くらいだろうか。


「あ……そうだ、流石に飯は食わないと……」


 時刻は正午を過ぎた辺り。今朝は起きるのが遅く朝食を食べていないので、昼は食べておかないと流石に午後の活動に関わってくる。


「……ふむ」


 だが、しばらく動かず緩み切った身体は、急に動くことを良しとしない。

 つまり立つのが面倒ということである。


「あー……」


 なんというか、こう、上手いこと料理上手な依頼人でも来ないものか、なんて思考が透けて見えるその惰性に満ちた表情。

 しかして世の中そんなに上手いこと物事は運ばない。

 諦めてキッチンへ向かおうとしたその時だった。


「よ、ようやく見つけました‼ ここが貴方様のハウスですか⁉」

「どちら様で⁉」


 いつも通りの日常に舞い込んできたのは、まずドアの大きな開閉音。

勢いよく鍵まで粉砕した豪快な開け方は、周りに木の破片を散乱させる。


「え、えぇ……」


 多分、ここに入ってきたということは客なのだろう。

だが、この場所に『アポ無し』で訪れる人間はそう多くはない。


「はっ⁉ 挨拶もせずに上がり込んでしまい申し訳ありません‼ 私、リンカ・フィリス・ハーレスティア、と申します。歳は十五。今日は貴方様に用があって参りました」


 リンカ・フィリス・ハーレスティアと名乗った少女は、美しい所作でお辞儀をし、丁寧に用件を告げる。どうやら男に用があってわざわざ訪ねてきたらしい。

 まず目につくのは美しく透き通るような金色の艶髪。長く整えられたそれに負けじと主張するのは美少女としか言いようがない可憐で端正な顔立ち。そのわりにはただの白いワンピースという簡素な服装をしているのだが、それが豪華なドレスに見えてしまうような優雅さも兼ね備えていた。


「え、あ、はい。ご丁寧にどうも……。もしよろしければそこにお掛けください」


 さっきの豪快な扉破壊を無に帰すかのような優雅な立ち振る舞いに、男は困惑しながらも客だということを理解し、来客用の対応をする。

 流れに押し切られた感は否めないが、それを気にさせない彼女の勢いに負けていた。


「御厚意感謝いたします。それでは失礼して……」


 来客用に備え付けてあるソファに腰かけるとリンカは、まじまじと男の顔を見つめ始める。何かを確かめるような、見定めるような、そんな目付き。

 そもそも少女に顔をまじまじと見られるという経験に薄い男は、当然のことながら少しばかりたじろぎ怪訝な顔をする。


「……やっぱり、間違いない。貴方様……『ハーレスティア』という苗字に聞き覚えはないですか?」


 ハーレスティア。一般人のそれとは一線を画した響きがあり、どことなく高貴なイメージを抱かせる。

言ってしまえば世界のどこを探しても、現在見つかることは無いその苗字。


「ハーレスティア……」


 その苗字を呟き、男は自分の記憶を辿っていく。

 しばらく黙った後、何かを思い出したように小さく声を出す。


「そうだ……確か五年前の……」


 男にはその苗字に聞き覚えがある。というよりも、それは有名なものだった。

確か、西の国にそんな名前のがいたと思い当たったところで。


「そう‼ 忘れたとは言わせませんわ‼ あの日の事を‼」


 あの日。五年前のあの日の事。男は確かに覚えていた。


「両親を……私の両親を殺したのは、貴方様ですよね⁉」


 どこかの国にそんな名前の貴族がいた、というのは少し言葉足らずであったかもしれない。付け足すとすれば、が適切だろう。


「ずっと探していたのです。両親を殺した貴方様のことを……」


 よく覚えている。確か、圧政に耐えかねた領民が自分のところに依頼をしに来たのだった。

 報酬も多かったし言われるままに二人共殺した。どうやら彼女はその貴族の所の娘らしい。


「……それで今日は……両親の仇討ち……か?」


 気だるげな感じから、一気にスイッチが入ったように男の雰囲気が変わる。

 彼女には復讐の権利がある。両親を殺した自分のことを死ぬほど恨んでいるだろう。

 だが、仮にそうであったら容赦はしない。謝る気も償う気も無い。仕事の邪魔をするならお前も……と男が言おうとしたところでリンカが口を挟んだ。


「仇討ち? ?」


 男が言ったことに対し、『何を言ってるんだろうこの人は』、という顔をするリンカ。

 その表情から全く嘘ではないことが見て取れ、頭の上には本気で疑問符が浮かんでいた。


「え、違うの……? じゃあ何だってこんなところに……」


 その様相に一瞬にして毒気を抜かれてしまう男。

 仇討ちでもなければ、わざわざ両親を殺した男の前に現れる理由が思いつかなかった。


「仇討ちなんて滅相も無い‼ 殺す気も捕まえる気も一切ありません! 私の望みは他にあるのです」


 リンカの顔は悲壮にも憎悪にも染まっておらず、何より怒りの感情がどこにも見当たらなかった。どちらかといえば……そう。

 憧れの人に会えた、とか長年の目的が叶うというような、正の要素で溢れていて。


「貴方様には私のことを


 心底嬉しそうにそう告げたリンカを見て、男は今度こそ度肝を抜かれた。

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