少女は常に願っているー8
「だ、大丈夫? リンカちゃん」
放課後の教室。もう人は粗方帰ったらしく、教室にはリンカとレイナしか残っていなかった。当のリンカは転校初日を無事に終えられたかというと、当然そうではなかった。
「人生で、一番疲れました……」
午後の時間も、授業以外は殆ど質問攻め。リンカの気持ちなど一切考えずに行なわれたそれは、みるみるうちにリンカの体力を削っていった。
「ずっと人に囲まれてたもんね……。でも、明日からはきっと落ち着くと思うよ!」
「そうだと、いいのですが……」
明日もこれが続くとなると地獄だろう。今はレイナの精一杯のフォローが心に沁みる。
「それにしてもリンカちゃんは凄いよねー。何だってこなしちゃうし!」
教育に力を入れている国だけあって、授業のレベルは他の国とは一味違うランベルト。
だが、それでもリンカはそれについては全く苦労しなかった。座学だけでなく、実技に関して完璧にこなす姿は教師も息を巻くレベルで。
「全然大したことないですよ」
「いやいや、凄いって‼ 私は結構不器用なタイプだから……」
そう言われてリンカは今日の出来事を思い返してみる。
席が隣ということで常に一緒に行動していたレイナについて。
『え、違う⁉ あ、見てるページが違った‼』
『えいっ‼ あれ、当たってない……?』
『あー‼ 教科書忘れちゃった……。ごめん、リンカちゃん一緒に見てもいい?』
「……そんなこと、ないですよ?」
「今眼逸らしたよね⁉ うぅ……今日はたまたまだから‼」
とにかく不器用……というよりは、完全にドジっ娘だった。
最後の発言に至っては完全に立場が逆転していた。
「ふふ……明日のレイナさんが楽しみですね」
「う、うん‼ 明日はきっとパーフェクトな私だよ‼」
リンカにとっての唯一の救いはレイナが隣であったことだろう。
彼女の良い所は、やはり底無しの明るさと優しさであると言える。
失敗しても笑顔を絶やさず、リンカに対しても常に気を遣い優しくあり続けた。
「リンカちゃんみたいな人は大人になってもきっと美人で完璧なんだろうなぁ……」
「……大人、ですか?」
「うん、大人。将来どうなりたいかーとか、そういうのあるでしょ?」
その質問は、唐突にやってきた。何の変哲もない日常会話の一つであるそれは、リンカにとっては、最も答えることが難しい質問だった。
「……私は……」
思考は一瞬だけフリーズし、何と答えたらいいか分からなくなる。
答えない訳にもいかない。だからといって、真実を告げることも出来ない。
「……大人に、なるのが……怖い……」
今日一日良くしてくれた彼女に嘘を吐きたくなかった。
そして、だからこそ真意を伝えることは出来なかった。
そんな思いで絞り出したその一言。丁寧な敬語も崩れ、たどたどしく放ったその一言は。
「…………」
レイナは呆気に取られたような顔をしていた。まさか、リンカからそんな弱々しい答えが返ってくるとは思っていなかったようで、少しばかり黙ってしまう。
「レイナさん……?」
「……‼ あ、ごめんね‼ 少し答えが意外だったから……」
今日見た美人で完璧なリンカではない、そんな彼女の姿を見たレイナ。
「分かった気になっていたけど……まだ知らないことたくさんあるもんね‼ なんというか、リンカちゃんもそういうこと思うんだってちょっと安心しちゃった‼」
その姿は、レイナにとってのリンカ像からは離れていたが、彼女はそれを是とした。
その真摯な姿勢に、リンカは喜びを覚えつつもどこかやりきれない思いも感じていた。
「私はね、たくさんやりたいことあるんだ‼ 生きていればきっと楽しいことたくさんあるもん‼ 何より、私はそうしないといけないの‼」
「……そう、ですか。とても、いいと思います」
そう返すことしかできない。やはり、自分とは違う世界に住人なのだと理解させられる。
「おーい、レイナ。そろそろ帰るぞ」
「あ、お兄ちゃん‼ うん、分かったー」
教室の外からシャルアがレイナを呼ぶ。呼ばれたレイナはいそいそと帰る準備を始めた。
「もう遅いからアルハーツも早めに帰れよ」
「それじゃあね、リンカちゃん‼ また明日‼」
「はい、また明日……です」
去りゆくレイナの背中を見つめながら、明日また会う約束をする。
学校に来れば当然また会うのに、それを言うことで何故か心が喜んでいた。
(私は……彼女と、どうなりたいのでしょうか……)
今まで作ることが出来なかった、必要なかった、意味が無かった『友達』という存在。
今となっては尚更そうであるはずなのに、リンカの心はどうしても震えていて。
去り際に見たレイナの眩しい笑顔と、シャルアの悲しそうな眼が印象的な夕方だった。
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