トレーニングルームにて

 ミリオポリスの街が、聖夜のにぎやかなムードに包まれるなか。


 赤髪の少女――陽炎カゲロウは、MPB本部にある狙撃手用のトレーニングルームで、射撃スペースに設置されたモニターを見ていた。画面には、彼女が撃った弾丸四発の命中結果が表示されている。どの弾も、的の中心をとらえていなかった。


 陽炎は今夜、彼女の憧れる男性――ミハエル中隊長と、二人きりのデートに行く予定だった。有名レストランで夜景を眺め、食事を楽しむ。そして深夜にはホテルに泊まり、二人は一線を超える――。

 夢見ていた最高のシチュエーションが、今叶えられようとしていた。


 その夢が無惨にも砕け散った。ミハエルの予定が変わったのだ。

 彼に急遽終日任務が与えられ、今日の予定は全てキャンセルとなった。


 知らせを聞いた陽炎は最初MPBの上層部に殴り込みをかけようかとも考えた。だがミハエルに「留守を頼んだぞ、狙撃手シャルフシュッツェ」と言われ思いとどまった。それからしばらくは大人しく過ごしていたのだが、やはりデートが潰れたことへの不満はそう簡単には消えず、やがてストレスとなって現われ始めた。どうにか解消できないかと思い始めたのが、この狙撃練習だった。


(それなりに効果はあるな)


 四つの結果を見ながら、陽炎はそう思った。最初の一発こそ普段と比べて大きく外していたが、回数を追うごとに、弾丸は徐々に的の中心をとらえ始めていた。自分はデートの中止を嘆く乙女から、魔弾の射手へと着実に立ち直っている。次を綺麗に決めたら、今日は終わりにしよう。

 陽炎はそう思い、五発目の弾丸をライフルに装填した。完璧な立射姿勢を取り、スコープ越しに的を見つめる。

「あとで覚えとけよ、副長」

 そしてミハエルと自分を引き離したであろう存在に対し心の中で呪詛を唱えると、ゆっくりと引き金を引いた。

 ずだんという射撃音が室内に響き、中心にきれいな穴の開いた的が、モニターに表示された。


「仇はうちました、ミハエル中隊長」


 陽炎は街のどこかにいる彼にそう報告すると、達成感に包まれたままライフルを片付け、トレーニングルーム内にある更衣室へ向かった。


「あら、陽炎」

 更衣室で着替えている陽炎に、何者かが声をかけた。

 陽炎は手にした制服で下着姿の身体を隠し、声のする方を振り向く。

 見知った顔の女性が立っていた。

「モリィ捜査官? なぜここに?」驚きの声を上げる。

「見回りよ。もうすぐ、施錠時間だから」

 陽炎は壁にかけられた時計を見た。夜九時を過ぎている。そんなにいたのかと、

「すみません。急いで出ます」

「ゆっくりでいいわよ。私、先にトレーニングルームを点検するから」

 そう言って、モリィは室外に出ていった。

 陽炎は下着姿のまま、しばらくその場に立っていた。赤色のレースのブラジャーとパンティー。デートに合わせて彼女が用意した勝負下着だった。

 どうせなら、あの人のお兄さんに――ミハエル中隊長に、入ってきて欲しかったな。

 そう思った矢先、陽炎の携帯電話が鳴った。通話相手を確認すると、ミハエル・宮仕ミヤシ・カリウスと書かれている。その名を見た途端、先ほどの露出狂的な思考が一瞬で引っ込み、代わりに強烈な羞恥心が湧いてきた。こんな姿で電話に出るなんて恥ずかしい。急いでシャツを着てスカートを履くと、電話に出た。

「もしもし……ミハエル中隊長ですか?」

《そうだ。今日はすまなかったな、陽炎。今、どこにいる?》

 名前で呼ばれた。嬉しい。

「本部です。あの、何か御用でしょうか?」

《お前を連れて、今からコーヒーでも飲みに行こうと思ってな。後数分で、俺も本部に戻る。そのまま拾って俺の贔屓にしている店へ行こうと思うが……どうだ?》

 思ってもいない申し出があった。すごく嬉しい。

「はい、問題ありません。ご一緒します」

《そうか。では急ごう。すまないな、豪勢な食事じゃなくて》

 あなたと飲むコーヒー以上に豪勢な食事なんてないですよ中隊長。

 嬉しすぎて思わず言いそうになるのを、どうにかこらえる。

「いいえ。では、入口のあたりで待っています」

 ミハエルは《分かった》と返事をして、電話を切った。


 心が躍った。ミハエル中隊長とデートができる。

 夢は終わらなかった。

 天は私を見放さなかった。

 私のクリスマスはこれからだ!

 陽炎は足取りを弾ませて、誰もいない更衣室を後にした。

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