通話にて

 突如、イヤホンにこんな会話が飛び込んできた。

《もしもし、日向ヒナタ! 今、どこにいんのさ!?》少女が怒鳴った。

《そちらに向けて移動中だ。あと二十分で到着する》男が淡々と答えた。

《もー、何してんのさ! 約束の時間過ぎてるよ?》

《事故が発生してその渋滞に巻き込まれた。すまない》

《え、マジ……?》男の事情を察し、少女が語気を弱めた。

《でも、なるべく急いでよ。映画館、もう入場始まってるから》

《善処はする。もし間に合わなかったらお前だけ先に入っていろ、アリス》

《え? ちょ、ちょっと……日向? もしもーし?》

 通話が終わり、テーブルとイス、ベッドが置かれた、部屋に静寂が戻った。


 騒がしい二人だったな。

 イヤホンをつけ、イスに腰かけた長髪の少年――光葉ミツバはそうぼやきながら、テーブルに盛られた揚げパンの山から一つを手に取った。

 山の横には、八つのろうそくがついた燭台が置かれていた。そのうち一本には火が灯されており、照明が消され、カーテンの閉められた部屋をぼんやりと照らしていた。

 これはハヌカという、クリスマスと同じ時期に行われるユダヤの祝祭だった。ろうそくに火を灯し、油を使った料理を食べて異教徒への勝利を祝うというもので、光葉にとっての聖夜祭だった。


 その一方で――光葉は、仕事である無線傍受に精を出していた。

 ミリオポリスでは盗聴行為は犯罪とされる一方で、様々な組織が暗躍することから、盗聴で得た情報を販売する商売も成立している。光葉もそうした人間の一人で、少々名前の知れた情報屋だった。

 揚げパンを食べ終えると、光葉はポケットからイヤホンのつながった電子端末を取り出し、テーブルに置いた。そして手を軽く拭くと端末を操作し始めた。

 周波数を少しずつ変えていく。それに合わせて、イヤホンにも様々な音が聞こえ始めた。光葉は何か面白いネタが流れていないか、内容に注意して丁寧に聞いてゆく。そうやって一通り聞いたが、殆どがクリスマス関連の話題であり、有益な情報は何一つ得られなかった。

 一度休憩しようとイヤホンに手をかけたその時、

《アリス》

 最初の会話で聞いた、男の声が聞こえてきた。どうやらまた、この二人の会話を拾ったようだ。今度は、男から電話をしているらしい。

 光葉は休憩前に、二人の会話を聞いてみることにした。

《今、どこにいる?》呼吸が乱れた状態で、男が言った。

《映画館の入口。待ってたよ、日向が来るの》少女が答えた。

《すまない。予定よりも遅れてしまった》

 少女は何も言わず黙っている。日向もその返事を待った。

 三秒ほどして、少女が口を開く。

《大丈夫だよ日向。オレ、さっき、受付の人に聞いたんだ。今の時間は、映画の予告やってるんだって》

《そうか》

《だからまだ間に合うよ。オレ、待ってるからさ。早く来てね》

《分かった、急いで向かう》

《あ……あとさ。遅れたバツ、じゃないけど……オレ、日向にもう一つ、頼みごとしても、いいかな?》

《どうした?》

《映画終わったらさ、この近くにあるケーキバーに、オレと一緒に来て欲しいんだ。べつに、嫌ならいいんだけど……》

《了解した》即答する。

《え、マジ?》

《どうした? 何か問題でもあるか?》

《いや……日向、そういうの嫌がるんじゃないかなって思ってたからさ……あ。おーい、日向! オレ、ここだよ、ここ――》

 少女の嬉しそうな声が聞こえ、通話が終了した。

 光葉は無線機の電源を切り、イヤホンを外すと、休憩のためにベッドに寝転んだ。

 そしてこの街の何処かにいるカップルに向けて、

「爆発すればいいのに」

 と、呟いた。

 ふてくされる彼を、ろうそくの放つ小さな光が、優しく照らした。

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