アパートにて

「帰ったドォ、ツルギぃ」

 黒のレザージャケットを着たスキンヘッズの少年が、アパートの玄関のドアを開き叫んだ。その腕には大きな袋が提げられている。

「お帰り、陸王リクオウ兄ちゃん」

 奥にあるリビングから、陸王と瓜二つの顔をした少年――弟の剣が現れた。

 陸王から袋を受け取り、彼の前に立って、リビングへ先導していく。

「どうじゃ、秋水シュウスイの調子は?」歩きながら、陸王が剣に聞いた。

「あの女医者から貰った薬をさっき飲ませたわぁ。そのうち、効いてくるじゃろ」

「大丈夫かぁ? あいつ、なんか危なくなかったかぁ?」

「他に手はないんじゃァ。信じるしかないわ」


 話すうちに二人はリビングに到着した。剣は袋をテーブルの上に置き、その中身を取り出した。陸王は室内にあるベッドへ近づくと、その上に横たわる陸王と瓜二つの顔の少年――上の弟、秋水の青白い顔を見た。


 このクリスマスの夜、陸王たち三兄弟は、毎年恒例のホームパーティーを開く予定だった。しかも今年は陸王に彼女ができたため、その彼女も呼んでより盛大にパーティーをしようと、躍起になっていた。


 そして当日の朝。


 秋水が、殺人ウイルスに感染した。


 最初はくしゃみや鼻水などの軽い症状だったが、やがて「頭がハンマーで殴られたように痛い」「冬の海に放り込まれたように寒い」と病状が悪化し、ついには「気持ち悪い虫が身体中を這っている」と、幻覚を見るまでになった。

 そして病院へ連れていき、シャーリーンというメガネの女医に診せたことで、感染が判明した。だが彼女はこの事態に対し「これ、こないだアメリカで発見されたウイルスじゃーん。珍しいねー」と呑気に感想を述べ、自前の薬を処方すると、三人をさっさと家へ帰してしまった。

 家に戻った陸王と剣は今日はケーキだけを食べることにした。陸王はケーキを取りに行き、ちょうど帰ってきたところだった。


「大丈夫かぁ、秋水」

「ダメじゃ……身体震えとるわ……パーティーは?」寝ていた秋水が、青白い顔で心配そうに尋ねる。

「また今度じゃ。今日は大人しくしとれ」

「ごめん、兄ちゃん……」申し訳なさそうに言う。

「気にするな」

 陸王はそう言うと秋水の元を離れ、台所の冷蔵庫へ向かった。

 ケーキ屋と自宅を往復するうちに、のどが渇いたのである。

 二リットルの水が入ったペットボトルを取ると、その中身を一気に飲み干してしまった。

「飲み過ぎじゃあ、陸王兄ちゃん。そんなに飲んだら、兄ちゃんも病気になるどぉ」

 その飲みっぷりを、剣が咎めた。袋からケーキの箱を取り出し、綺麗に切り分けている。

「大丈夫じゃ、このくらい」平気な顔で言い返す。

「むしろ、お前は心配し過ぎじゃぁ。わしと同じ顔なんじゃからもっと堂々とせぇ」

 その時、玄関のインターホンが鳴った。

「おっ、来たかァ。行ってくるわ」

 陸王は廊下をどたどた走り、玄関のドアを開けた。黒のロングヘアの少女が陸王の前に立っており、彼に向かってほほ笑んでいる。

「すまんのぉ、蛭雪ツーシュエ。折角のパーティーが弟の看病になったのに、その手伝いに来てくれるなんてのぉ」陸王は彼女に対し、申し訳なさそうな顔をした。

 蛭雪は小さく手を横に振り、気にしていないことを示す。

「さ。外は寒いけぇ、中に入ってくれや。部屋の中はあったかいぞぉ」

 陸王はドアを開け、蛭雪を迎え入れる。蛭雪はゆっくりと室内へ入っていった。


 リビングでは剣が秋水の面倒を見ていた。

「すまんのぉ、剣ぃ……こんな時に迷惑かけて……」

「そんな弱気になるなァ、秋水兄ちゃん」

「けど……」

「今は身体を治すことだけ考えるんじゃ、兄ちゃん。心が病気になると、身体も悪くなってしまうぞ。治るまで、わしのことはたくさん頼ってくれや」

 その言葉を聞いた途端、秋水の目に涙があふれてきた。

「お前はほんとうに優しいのぉ、剣ぃ……」

 思わず心の声を漏らし、うっうっと泣き始める。

 剣は慌てて、秋水の顔を拭き始めた。


 リビングのドアが開き、蛭雪を連れた陸王が中に入り、二人の弟を見る。

「それじゃあ、今年のパーティーを始めるかぁ」


 彼らの夜はゆっくりと過ぎていった。

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たとえばこんな、シュピーゲル。 乙亥 穂積 @Kinoto-I

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