コンサートにて
「
コンサートホールの客席で、ゴスロリ衣装で身を固めた少女――
「……しつこいな、君も。僕の厚意は君にとって、殺し屋への依頼か何かなのか?」パンクスタイルの少年――水無月がそれに応える。
「だってぇ」
「見返りはいらない。最初にそう言ったはずだ。いい加減納得してくれないか」
ウィーン・フィルハーモニー・オーケストラ、クリスマス特別コンサート。
雛が一度行きたいと憧れていたコンサートであり、毎年チケットの抽選会に応募しては「落選」のメールを送りつけてきた因縁の相手でもある。
そのコンサートに、水無月が雛を誘った。しかも彼がとった席は、ステージの真正面という、超特等席だった。普通ならばこの状況を手放しで喜ぶことだろうが、雛は素直に喜べず、むしろ水無月に対し疑念を抱いていた。
なぜクラシックが大して好きでもないこの少年が、コンサートのプラチナチケットなんてものを買い、自分を誘ったのだろう。もしやこれを口実に、してろくでもないことに自分を巻き込もうとしているんじゃないか。
そういう警戒心が、雛の心の中にあった。だから何度も、水無月にコンサートに誘った意図を聞いた。なぜ自分を誘ったのかと直球で質問することもあれば、今日のように自分はコンサートに行く代わりに何をすればよいかと別のアプローチで聞くこともあった。
だが答えはいつも同じで、コンサート当日になっても変わらなかった。このままでは何も知らず、水無月とコンサートを聞くことになる。それだけは避けたいと策を探すうちに、奇策を一つ思いついた。
今自分が思っていることを素直に言ったら、打ち明けてくれるかもしれない。
雛はこれだと思い、隣でうんざりしている少年の名を再度呼んだ。
「水無月」
「なんだ」
「ボクに何か、隠してるの?」
その言葉を聞いた水無月の表情が、怒っているような悲しいような、今までに見たことのない険しいものに変わった。それを見た雛は、自分は彼に言ってはいけないことを言ったのだと、直感的に悟った。
「……そんなに疑うのなら、最初から受け取らなければよかったじゃないか」
水無月は普段より低い声で、雛に向かって話しかけた。分かってくれよと諭すようだった。
「なんで受け取った後になって、あれこれ質問しようとするんだ。僕にだって……言いたくないことくらい、あるんだぞ」
水無月は声を震わせ、雛に言いたいことを全て訴えた。そしてステージの方を向くと、黙ってしまった。
雛はなんだか泣きたくなった。自分の言葉が、この少年を傷つけたからだ。
だがその涙をぐっとこらえると、ステージの方に身体を向けた。
それ以降二人の間には、会話はなかった。
しばらくして、上演時間を告げるブザーが鳴った。客席の照明が暗くなり、舞台の幕が上がる。
オーケストラの団員達がステージ上に姿を見せた。綺麗な姿勢で椅子に座り、演奏の時を待っている。完全に幕が上がると同時に、天井からアナウンスが流れはじめた。女性の声が今日一日のプログラムと、指揮者のプロフィールについて読み上げてゆく。
「一つ、言い忘れたことがある」
水無月がステージを向いたまま、誰に向けてでもなく呟いた。聴衆達はアナウンスに耳を傾けており、彼の言葉など聞いていなかった。
「外に出たくなったら、必ず僕に言え。出来る限りは付き合ってやる。勝手に飛び出して行方不明というのは、勘弁してほしいからな」
それでも言葉を続けた。声は普段の調子に戻っていた。
「……うん」
雛も小さな声で、呟いた。聴衆の中で彼女だけが、水無月の言葉を聞いていた。
返事をしながら、心の中で固く誓った。
このコンサートが終わったら、水無月に謝ろう。
疑ったりして、ごめんなさい、と。
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