公園にて
ミリオポリスの一大観光地、プラーター公園。その一角にある日本庭園風のエリアに、一組の男女の姿があった。
白いバラを思わせるドレス姿の少女と、バイオリンケースを左手に持った黒の燕尾服姿の少年が、園内に設置された街灯のそばで立ち話をしている。
公園内には二人の他に誰もおらず、クリスマスで賑わう街の喧騒も、ここではほとんど感じられない。
「それじゃあ、始めようか。夕霧さん」
「はい♪ よろしくお願いします、白露さん♪」
夕霧と呼ばれた少女はそう元気に応えると、「あー、あー」と声を上げ、のどの調子を確かめ始めた。白露と呼ばれた少年はケースからバイオリンを取り出し、街灯の隣にあるベンチに、空のケースを置いた。
二人は今から、この公園で演奏会を開こうとしていた。
準備中、白露が夕霧の歌う曲を質問した。夕霧は曲名を伝え、それを弾けるかどうかを聞いた。白露は「大丈夫だよ」と返事をして、その曲のメロディを簡単に演奏してみせた。最後に二人は曲のテンポを確認して、演奏に必要な準備を全て終えた。
「……じゃあ、準備はいいかな」
白露が演奏会を始めるか、夕霧に聞いた。公園には今、二人の他には誰もいない。
聴衆のいない演奏会になる。
「はい」
夕霧ははっきりとした声で白露に答えた。今の夕霧は、白露と一緒に歌を歌うことができれば、それで良かった。
白露も同じことを考えていたようで、夕霧の言葉には何も言わず、弓を弦に当てて1・2・3とテンポをつぶやいた。夕霧はすっと息を吸い込み、歌い出しに備える。やがて白露の手が動き、バイオリンの音が響く。夕霧はのどを震わせて、歌声を上げる。
二人だけの演奏会が、始まった。
清し この夜 星は光り 救いの
夕霧の提案した曲――『きよしこの夜』。
かつてオーストリアで作曲された、クリスマス・キャロルの一つ。
清し この夜
静かなクリスマスの夜にキリストの誕生を祝うという内容で、現代まで歌い継がれてきた名曲。
清し この夜 御子の笑みに 恵みの
その名曲を、白露は無限の夜空を思わせる深い音色をもって演奏し、夕霧は星々の白い輝きを思わせる澄んだ歌声をもって、歌い上げた。完璧な調和だった。
突如、パチパチと手を叩く音が聞こえた。夕霧は音のする方を向いた。
そこには年老いた夫婦が立っていた。聞けば教会への礼拝帰りに公園に寄ったところで、二人を見つけたのだという。
老紳士は「楽しませてもらったよ」と言って白露と握手をし、老婦人は「よかったら貰って」菓子の包みを一つ差し出し、夕霧に渡すと、「では二人とも、よいクリスマスを」と最後にそう挨拶して、二人の元から去った。
老夫婦が去った後、夕霧はなんだか、とても恥ずかしい気持ちになった。白露に今何か言われたらどうしようと、不安になった。
「夕霧さん」
白露がこちらを向き、声をかけた。夕霧はどきどきしながら、白露の方を見た。
「……なんだか、すごくお腹が空いたね。そのお菓子、食べようか」
白露がはにかみながら、夕霧にそう言った。
陶磁器のように色白な頬が、少し赤く染まっている。
その顔を見て、少し安心した。彼も、恥ずかしかったのだ。
「……そうですね。食べましょう、白露さん」
夕霧はほっとした顔で、菓子の包みを開いた。ツリーの形をしたクッキーが何枚か入っている。
二人はそれを一枚ずつ指でつまみ、食べた。
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