Summer——05

 明弘のスマートフォンが着信を知らせる。

 画面を確認すると父からで、まだ撮影は終わってなかったかと用件を想像しながら通話ボタンを押す。その通りにプレゼンティの所在を確認する電話に彼女を現場へ連れて戻すことを約束した。


「マスター、アレはいったいどのような食べものなのでしょうか」


 通話を終えてすぐ。

 ファストフードコーナーによくある光景で、いくつものテーブル席を囲むようにして立ち並ぶ店々と、そこに掲げれらたパネルに興味を示すプレゼンティの視線を追って——もし分からなくても分からないなりに答えるのは簡単だ。


 だが、急ぐほどでもないだろうがゆっくりもしていられない。

 どうせ1つでは終わらないだろう質問にまた後でな、と返して立ち上がる。

 

 愛玩用であり、相手を飽きさせないことに重点を置いてプログラムされたのだろう彼女は打てば響いて叩けば鳴って当たれば砕く……。

 尽きない疑問と話題に付き合えば、その分長引いてキリがなくなるのだ。


 空になったカキ氷の器とそれを乗せたトレーを持って指定の返却口に向かう。

 明弘にならいながらも、お預けをくらったプレゼンティは残念そうな顔を作った。


「バッテリー、まだ大丈夫だろ?」


 エネルギーの補給なら必要な行為だ。

 仕方がない。


 ——家ならオーブンで充電できる彼女のバッテリーは、出先だとどうしても食事に頼らざるを得なくなる。


 そのついでに気になったメニューを注文して、実際に食べてみるくらいのことは許されるだろう。

 補給が必要ならば。


 遅れても許されるだけの名目があるならと、半ば答えの分かっている問いを投げかける。

 プレゼンティの表情は晴れなかった。


「んー……残り61%、です」

「……ん? 減りが早くないか?」


 フル充電で16時間の稼働を可能とする彼女はだいたい1時間で約6%のエネルギーを消費する計算となる。


 先に述べた通り出先の現在。

 食事で賄っているためMAXまで充電するというのは難しいけれど、昨夜は75%まで回復させたのを確認してから眠りに就いた。……それから夜間はスリープモードで消費を抑えて、朝食も多めに取らせたから……どう少なく見積もっても80%は超えていただろう。


 朝食を取ったのが午前8時頃。

 現在時刻は午前10時過ぎ。


 仮に朝食後のバッテリー残量を85%とすると、普段に比べて倍近いスピードでエネルギーを消費していることになる。


「この暑さですから、オーバーヒートしないよう保つのに普段より割り増しでエネルギーを消費しているんです」


 …………なるほど。

 撮影のために借りている場所はビーチの一角。

 ガラス越しの太陽と違って熱気までもをじかに感じることになる屋外だ。

 人にもつらい気温だが機械ヒューマノイドにもつらいらしい。


「歩きながら食べられそうなもの、買って行くか」


 12時を回れば昼食だ。

 それまで約2時間。

 普段より消費が激しいとはいえ60%もあれば十分足りるだろう。


 しかし、何かあって残量がギリギリとなっても困るし、50%を切れば回復させるのにも手間がかかる……。

 目の前に売店があるのだから、それをわざわざ無視することもない。


 かと言って遅れる旨を連絡するほど、しっかりとした食事させる必要のある残量とも言いがたいので、食べ歩きの出来る程度が妥当だろう。


「よろしいんですか!」

「何食べたい?」

「ではあの、パンのような細長いものを」

「チュロスか」


 パッと表情を明るくさせたプレゼンティの希望通りにチュロスを扱っている店舗に足を向ける。

 専門店のようでチョコに紅茶、ミルク、シナモン、蜂蜜などなど。豊富な品揃えについ目移りしてしまいそうだ。


 ショーケースに並べられた品の中から選んだ5種類2本ずつを愛想のいい店員に包んでもらって会計を済ませる。


「お待たせしました。どうぞ!」

「ありがとうございます!」


 まるできらめく宝物の数々を譲り受けるかのように包みを受け取って、声を弾ませたプレゼンティに店員の微笑ましそうな視線が向けられた。


 ————採寸ついでに測って176cmと、間違っても小柄とは言えない数値を記録した彼女だが無邪気な様は子供にも通じるものがある。

 緩んだ頬に見惚れるというより、微笑ましくなる気持ちは分からないでもない。


「ありがとうございましたー」


 去り際。店員の決まり文句を背中で聞いて、数分後にはすっかりと消えて無くなる中身をどれから食べようかと覗き込んで眺める。

 プレゼンティがあれこれと順番を悩んでいる内にフードコートからビーチへと繋がる扉をくぐり外に出た。


 ————むわっとする。

 真夏の暑さに肌を撫でられる。

 刺すような日差しがジリジリと痛い。

 光を反射するビーチと海との輝きに視界がくらんだ。


 暑い……。

 単純に、果てしなく、暑い。


 明弘がフードコートに逃げ込んだ時より確実に上がっている気温は、しかしまだピークを迎えてはいない。

 つい足を止めて引き返したい衝動に駆られたとしても許されるだろう。


「フランスパンとも異なる硬度で……ほんのりもちふわ……パンと栄養バーの中間かな……?」


 クッキー生地寄りに固く仕上げられたミルク味のそれに決めたらしい。

 明弘の後ろでサクサクと食べ進めながら呑気のんきでいて酷い感想をこぼしたプレゼンティを振り返る。


「……父さんたちがいる場所まで戻れるよな?」

「もちろん、マスターが案内してくれるなら」


 にっこり笑ってうそぶいた相手をじっと見つめても、その笑顔が崩れることはない。

 チュロスにまぶされた粗めのシュガーを唇につけた、ちょっと間抜けで、だけどいつも通りに美しい笑顔は揺るぎなく鉄壁だ。


 …………撮影場所から明弘のいたフードコートまで迷わず一直線に来ただろう彼女が同じ順路を辿って戻れないはずもないし、付き添う必要がないのであれば明弘はクーラーの効いた室内に戻って、彼女に譲ったカキ氷を注文し直し涼んでいたいのだが。


 沈黙の中。続いた攻防は明弘たちと同じようにビーチへ向かおうとした別の一般客が後ろからやって来たことで中断を余儀なくされる。


 道を塞いでしまっているプレゼンティの腕を引いた明弘は出入り口から少しズレた場所に移って、手の内に広がる冷気に眉をひそめた。


「体温、低すぎないか?」


 普段は人肌のそれが今は死人もかくやとばかりに冷たい。


「このくらいでないとすぐにオーバーヒートしちゃうんです」

「だからって……いや、口を挟めることじゃないか」


 取り扱い説明書に目は通したがそれだけだ。

 その道のプロでもなければ彼女の構造を十全に理解できる人間は今、この時代にはいない。


 スーパーコンピュータもしっかりと冷却された環境下になければ稼働しないし、家庭用のパソコンだって動作が鈍くなる。

 そういうものなのだろう。


 外気温度がこうなので責められる話でもない……。

 というか、冷たいくらいの体温が心地よくて掴んだ腕を離しがたい。羨ましい。これが機械の特権か。


 先程とは違った意味で沈黙した明弘にプレゼンティは「チュロスが食べられません、マスター」と訴えてくる。


 花よりだんご。色気より食い気。

 ……などと、気を抜いたら途端に積極的なアプローチ軽くないジャブを仕掛けてくることを明弘はよく知っているので素早く、大人しく彼女の腕から手を離した。

 自衛は大事だ。何事も。

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