Summer——04

 黒髪青眼の見目に合わせられたネイビーブルーの機体はシックだが甘さを含んでどこか愛らしい。

 ……そう思うのは持ち主であるプレゼンティに由来するところが大きいだろう。


celenセレン殿が……celen殿が……っ!」

「確認するから落ち着けって」

「うううっ……ご臨終なさるにしても儚いが過ぎますうぅぅ……」


 機種名を連呼したかと思えば、搭載されているという言語学習機能の賜物たまものか。たまにネットで見掛ける妙な日本語で嘆く彼女から受け取ったそれの電源ボタンを押す。

 反応はない。

 何度か繰り返し、他のボタンを操作してみても結果は同じ。


 単なるバッテリー切れ……なら、こんな風に嘆いてはいないか……。一応、確認のために尋ねてみても朝にはFULLを記録していたという。


 移動は昨日の内に済ませているし……1人、好きに遊んでいろと放り出された明弘ならばいざ知らず……今朝から撮影に当たっていた彼女にバッテリー切れを起こすほどスマートフォンに触れている時間があったとは到底思えない。

 …………ふむ。


 こういう時は強制終了からの再起動、と決断するのに時間は掛からなかった。

 指定されているボタンの長押し操作で強制的に電源を落とされたcelen殿がブブッと短く手の内で震え、プログラムされた設定通り自動的に目を覚ます。

 黒から白へ。浮かび上がったアイコンが溶けるようにして霧散するとロック画面が表示された。


 うん。……おはよう、が妥当かな。この場合。


「celen殿……っ!」


 画面が表示されたことに感極まっているプレゼンティはひとまず置いておく。


 ——彼女のスマートフォンであることは間違いないと重ねて述べておくけれど、セキュリティ関連のパス設定は明弘が行なっており、何なら生体認証機能に登録されている指紋は彼のものである。


 再起動直後ということで指紋認証によるショートカットはできないが求められたパスコードをサクッと入力し開いたホーム画面で問題がないことを確かめる。

 ……異常なし、と。


「ほら」

「大丈夫なんですか? もう?」

「マレに起こる動作不良だよ。問題ない」


 頻発するようなら修理に出すことを検討するけれどまだ1度目。ショップに駆け込むほど致命的な動作不良とも言えない。

 返そうと差し出したスマートフォンを何度も角度を変えながら伺うプレゼンティは、しかしながら不安が残るらしく受け取ろうとはしないで心配そうに眉を下げて言った。


「ワンクリック……いや、フィッシング……でしたっけ? ……詐欺の類いだと思って無視をしたんですが……セキュリティに脆弱性が見つかったという報告が」

「大和のバナーか?」


 セキュリティ対策アプリ『大和の壁』……母が秘書を務めているICT企業の最高責任者、右代谷うしろや英於ひでおが手掛けたそれは企業団体向けの、高性能ハイスペック機器装置ハードウェアを前提としたソフトが元になっている。


 一般向けに軽量化を図ってアプリにも落とし込んだ『ブロスウォール』の試作品かつ命名前の仮称だが、データサイズに課題を残していた程度で、機能が厳選されきっていない分、正式に売り出された品より性能自体は高い。


「いえ。サイトを巡っている時に自動ジャンプで表示されたものです」

「それなら詐欺であってる。ちょっとタイミングが重なっただけで大丈夫だよ」


 念のため大和を起動してスキャンを掛けたがオールグリーン。問題なし。

 その画面をプレゼンティにも見せてやる。

 疑り深くじっと見つめる彼女は数秒の間を置いてから立てた人差し指で明弘が先程押した——スキャンの開始ボタンを押した。


 再スキャン。

 結果は変わるはずもなく、オールグリーン。


 2、3度、同じ行為を繰り返して、ようやく信じる気になったらしい。

 安心したように表情を緩めたプレゼンティの手にスマートフォンが渡る。


 ……以前、家にあるパソコンを好きに扱わせていた時にもセキュリティがどうだ内部データがどうだと警告音付きで表示されて、半泣きで助けを乞いに来た彼女を思えば、まあ、成長と言えるだろう。

 タイミングの悪い動作不良で自信を無くしはしたものの、よく詐欺に引っかからなかったなと褒めるついでに頭を撫でてやる。


 きょとんとして、言われた言葉の意味を咀嚼するように彼女はゆっくりと瞬きを繰り返した。

 それから、生意気な子供が褒められた時に見せるような態度で胸を張るとふふん、と鼻を鳴らしてみせた。


「そうでしょう、そうでしょう。私は学びを活かせるヒューマノイドですからね!」

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