Summer——03
そんな経緯でイタリアブランドのカタログ誌を彩ったプレゼンティがその手の業界に旋風を巻き起こした……。
と、いうのは父の友人が揃えたスタッフの中でもカメラマンを務めた男から聞かされた話である。
美しすぎるモデルとして、いったいどこの誰なのかと問い合わせが殺到しているそうだ。
国籍を持たないヒューマノイドであり本人にモデルとして活動する気持ちがないことからものらりくらりとはぐらかしてはいるそうだが……。有名ファッション誌の編集長から声がかかった。イタリアに限らずフランスやイギリスのスカウトマンからも探りが入る。……などといった内容を、自慢げに語るスタッフにはどのような反応を返すのが正解だったのか。
へぇ、と気のない返事をすれば「これだから話の通じない子供は」と大げさなボディーランゲージで首を横に振った相手に肩を竦められた。
……言っておくが、その
例え話の1つでも交えて日本で言えばどれくらいすごいことかを教えてくれるというならまだ驚きようもあるが、ひたすらイタリアの知識だけで語られてもピンと来る筈がない。
何より、本人の言葉を借りるならば理想が詰め込まれた肉体を持つ
驚きよりも納得が先に立つのは致し方ないことだろう。
プレゼンティは美しい。
完璧で隙のない造形美を誇る彼女がプロの手により飾られて注目を集めないで終わる?
あり得ない。それこそ嘘か冗談か。宣伝の方法によっぽどの問題があったか。
他——例えば、内面的なところ。
性格に問題があったとしても、そんなもの紙面の向こうへは伝わらないのだから。
「まままま、ますたぁあああーっ!」
春を終えて梅雨を越し、迎えた夏のある日——。
サンサンと降り注ぐ日差しを弾き飛ばすようにして滑り込んできた声に振り返る。
夏用カタログの新調のためにと再び依頼を受けたプレゼンティと共に連れられて来たリゾート地の海水浴場——に、隣接するフードコートで手持ち無沙汰にカキ氷を咀嚼していた明弘はモデルを務めていた筈の彼女が半泣きになりながら駆け込んできたことに内心で首を傾げた。
空調設備に整えられた快適な環境と夏の海らしく開放的な空間の両立のため全面ガラス張りとされているここは水着姿での来店も可能で、ほとんどの客が軽く水気を払った程度。
海水浴を楽しんだその足で訪れている。
よっぽど慌てて来たのか。
謝礼代わりにと相手が譲ったのか。
撮影用の水着だろう、豊満な肉体美を惜しげもなく
絶世の美女が半泣き。しかも叫ぶように声を上げたとあっては、格好以前の問題だ。
明弘のいる窓際の席まで脇目も振らずに突進してきた彼女をカキ氷で釣って黙らせる。
話を聞くのは一度クールダウンさせてから。でないと勢いのままに泣き出しかねない。
「むむむ。……ソースはほのかなとろみと独特の甘さで美味しいですが……氷を削っただけのこれのどこに魅力が……?」
隣に座ったプレゼンティに食べ掛けのカキ氷を譲ればそんな感想を返された。
飾りのイチゴをつつきながら今にも溢れようとしていた涙を引っ込めて難しい顔を作る彼女に集まっていた視線がまばらになる。
夏の風物詩の1つと言えるカキ氷に対する明け透けな物言いに残念なものを見たような、しょっぱいものを見たような表情を残して…………。
見目の良さから集まったそれが完全になくならないのは致し方のないことで、気に留めるまでもない数に減ったのを横目で確認してから明弘は口を開いた。
「単純に暑いと冷たいものが食べたくなるだろ」
「アイスではダメなのですか?」
「食感が違うし……カキ氷の方が海とか夏って感じで……こう、違うんだよ」
「なるほど。雰囲気で味わおうってやつですね」
そうとも言えるがそうじゃない。
アイスについてはうどんの時ほどではなかったけれど喜んでいたのに。カキ氷の何が問題なのか。
確かに氷を削っただけと言われると反論のしようもないけれど、そこにかかるシロップだとかトッピングの練乳だとかを含めて楽しむものであって。
彼女が今、食べているのは昔ながらの屋台のそれとは違いイチゴを中心にフルーツの盛られている。中々凝った品である。
しかし氷は氷。水を冷やして凍らせたものだ。
トッピングを除けば味気ないのは認めよう。
少し考えてから会話を続ける。
「……カキ氷の専門店みたいなところに行くと氷にも味があって、マンゴーならマンゴーのアイスを使うとか、素材からこだわられてるぞ」
「アイスをわざわざ……? なんて冒涜的な!」
「興味ないか?」
「あります」
間髪入れない返答に少し笑って、帰ったら行こうと計画を立てる。
彼女が過ごした未来の生活については想像するより他ないけれどボタン1つでは再現できなさそうな、人の手がより加えられたものを好む傾向が強い。
彼女にとって、目新しいもの。
好奇心や探究心を満たせるもの。
なんやかんやと生活に馴染んだ彼女が未来から訪れた理由——父が言うところの『プログラムされた目的』は依然として分からない。
それとなく尋ねたことは何度かあったがはぐらかされて終わった。
だから、これは明弘の所感でしかないのだが……彼女に、父の言うような目的は本当にあるのだろうか?
タイムトラベルを可能とする技術の確立からより正確な過去のデータを洗い出し歴史書を改めようという企画なら、まあ、可能性としてはあり得るのだろう。
しかし、食に関わること以外にも一貫性なく興味を示す反面で彼女は受動的だ。
興味があるとは述べても、重ねて「食べみたい」「店に連れて行って欲しい」とはねだらなかったように。誘わなければその内、別のことに興味を示して忘れ去るに違いない。
データを洗い出すことが目的ならもっと積極的に行動で示してくるのでは?
彼女が強引と言っても過言にならない態度で事を運んだのは出会ったあの日。うちに留まることを望んだ、あの一連の出来事以外になかった。
結果を得るためなら多少、強引でも機械らしくよく回る頭と舌とで言いくるめてくる彼女が大人しくしているということは、つまりそういうことなのだ。
目的は分からない。
あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
ただ、感情表現豊かな彼女に無感動な日々は似合わないだろう。
考えたところで分からないものに頭を使って悩み続けるような性格でもなければ、父親ほどではないまでも女性の喜ぶ姿を見るのは明弘も好きだ。
見目のいいプレゼンティの表情がくるくると変わる様は見ていて飽きない。
「それで? 慌ててたようだが何があったんだ?」
「そうだっ、助けてくださいマスター!」
辛口な評価を並べた割にしっかりとカキ氷を完食した彼女に、当初の目的を思い出させてやればわっと声を大きくして詰め寄ってきた。
近い近い近い。
あまりうるさくすると店にも他の客にも迷惑が掛かるので静かにするよう言い付けつつ、距離も取らせる。
助けてって、いったい何から……?
首を傾げ、ようやっと聞く姿勢に入った明弘にプレゼンティが差し出したのは——彼女に買い与えられたスマートフォンだった。
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