*【Origin】

 チャルロイドがその手記と出会ったのは5歳の時。

 考古学者だった父に連れられ訪れた東洋の島で道に迷った末のことだった。


 曰く、八百万の神々が住まう島は人口の減少に伴いその文明の多くが自然に呑み込まれて久しく一部の子孫が自給自足で暮らし続けている以外には世界的にも忘れ去られた土地として500年の時が過ぎようとしていた。


 割れたアスファルトが密やかに続ける道。

 崩れ落ちた木造の家々。

 跡を残す石造りの塀。

 倒れた電柱。

 錆びて朽ちてボロボロになった看板。


 入り組んだ道をどう進んだのだったか——分からないからこその迷子だった訳だが。

 青々とした葉を茂らせる草木に覆われて、なおも形を残す建造物の1つに足を踏み入れた。


 中心部に生えた巨木に支えられ、隙間を埋めるように壁を這う蔦により補強されたそこはおそらく研究施設として誂えられた場所だったのだろうと思う。


 廃墟らしく埃にまみれた室内は無機質に規格化されて面白味に欠ける内装だった。

 瓦礫の形、積み上がり方で順路の判断はついたけれど、そうでなければここでも迷っていたに違いない。


 エントランスホールを抜けてすぐ、目に写った階段を上るか下るか……。

 少し悩んでから地下フロアへと続く道を選んだ。

 特別な理由はなく、ただ、何となく。


 父の真似事で身に着けたヘッドライトが照らす寂びれた廊下を心の向くままに進む。

 ひやりと冷えた空気と澄んだ水の匂い。

 崩れた壁のどこかから流れ込み、そしてまた、どこかへと流れ出しているらしかった。


 反響する自らの足音を耳に止めながらB7と記された最下層に辿り着く。

 更に進んだ先の終着点は資料室らしき多くの書類が保管された部屋。

 規則的に並べられた棚があり奥に備え付けられた机の上に、それはまるで手に取れと言わんばかりに置かれてあった。


 革張りの表紙こそボロボロで年季を感じさせたが……。

 地下という立地で日に曝されなかったことはもちろん神がかり的な好条件がそろったことにより状態が保たれたらしい1冊の手記。


 ぱらり。と、表紙をめくる。

 好奇心からだった。

 ふと目についた裏路地が異世界につながっているのではないかと期待するような、突拍子もない淡く稚拙な思いで開いた。虫食いもない。触れても崩れずしっかりとページとしての形を保つ。黄ばんだ用紙の上に踊る手書きの文字……。

 

 結果から述べるなら好奇心は満たされ期待は裏切られなかった。

 印字された罫線の上で生真面目に並んだラテン文字の綴りを読み解き理解が追い付いた瞬間。

 ドクリと心臓が跳ねた。

 目を見開いて息を呑む。


 ————親愛なるチャルロイド・マーチン殿へ。


 異国の、それも滅びて久しい文明に残されていた手記に自らの名前が記されていたのだ。

 驚愕と畏怖に子供ながら戦慄を覚えたことをよく覚えている。

 ぶわりと総毛立つような、興奮が全身を巡った。


 偶然?

 否!

 同姓同名の別人?

 否! 否! 否!


 たまに支離滅裂で、文法を無視した並びながらも総じてチャルロイドに親しみのある言語であることが1つの証拠としてあげられよう。

 言葉も文字も移ろうものだ。500年も昔の文献となれば祖国のそれでさえ古く廃れた言い回しに頭を悩ませることになる……。

 それがすんなりと理解できるということは過去ではなく未来の、チャルロイドの時代に合わせてしたためられたということ。


 ページをめくる。

 チャルロイドの未来を端的に綴った始めの数行。

 学者らしい女の独白。

 未来から訪れたという人型ロボットの話。


 1ページ、2ページと読み進めてから持ち帰ることを決めて背負っていたリュックに押し込んだ。

 他に父への手見上げを数冊、棚から引き抜いて来た道を戻る。


 それから、夕暮れに染まったエントランスホールを抜けてすぐ。探しに来た父と合流してその日の冒険は終わりを告げることになる。


 ロボット工学者チャルロイド・マーチンの始まりの日して原点。

 手記に魅せられた在りし日の記憶。


 あの日から夢を見ている。

 叶うと思っていた夢を見ている。

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