Start——03
「ふあ」
小さく声を漏らしたプレゼンティは、口に含んだうどんを確かめるように何度も噛みながら器に浸かる残りの麺と明弘の顔を交互に見た。
心なしか目が輝いているように見える。
「マスター! 麺がもちもちしております!」
「お、おう?」
うどんのコシのことを言っているらしい。
買い置きの冷凍食品。昔から食べ慣れた食感。
県外ではどうだか知らないが、近場の店でもおおよそ変わらないそれに感動を示されてもどう返すのが正解なのか分からない。
「つるりとした喉越しにこのもちもち食感……つゆは純朴と言いましょうか、パンチに欠けますが……とても、ええとても気に入りました」
「そうか」
どさくさ紛れに味を貶されたような気がしなくもないがまあ、手抜きなのは誰より明弘が自覚している。聞かなかったことにしよう。
子供のように顔を輝かせて美味しい、美味しいと繰り返す姿を前に責める気にもなれなかった。
「食事中は静かに」
ぴしゃりと注意した母に「はい、お母様!」と元気な声が返される。
具のかまぼこを口に含んだ瞬間、また器の残りと明弘とを見比べて目を輝かせていたのでそちらも気に入ったようだ。
「未来にはないのか?」
彼女の言葉を鵜呑みにする訳ではないが、その反応からふと過ぎった疑問符が口から漏れる。
ぱちぱちと目をまたたかせて母を振り返った彼女は「うるさくしないなら喋っても構わない」という許しの言葉を得てから口を開いた。
2階でどんなやり取りが交わされたか知る由はないが完全に手懐けられている……。
「似たものであれば存在しますが、この食感には出会ったことがありません」
「へぇ」
「本当にもちもち……過去の食材とはなんて素晴らしいのでしょう……」
思いはしたが、器を掲げた彼女がまるで愛しい恋人と巡り合った乙女のように恍惚とした表情を浮かべるので笑い飛ばすことはもちろん、呆れ返ることも憚られて口を噤んだ。
手抜きの冷凍うどん一品で過去の食材と括られてしまうと、何とも言い表しがたい気持ちにさせられるけれど。
つゆまでしっかり飲み干した彼女が神妙な顔をしてなるほど、と呟くので何かと思えば……。
「パンチに欠けると思ったこの味……あっさりとしていることで後に尾を引かせずいくらでも食べられるという……そういう仕掛けだったのですね?」
いや、ただの手抜きだ。
そこまで考えて作ってない。
よほど気に入ったらしい彼女におかわりの提案をすると、身を乗り出す勢いで食い付いて母に頭を叩かれていた。
イタッと反射的に声を上げた彼女だったが痛覚の辺りも再現されているのだろうか。
……そういえば、床に散らばった時も痛がってるのを見て同じことを考えたな。どうなのだろう。
何にせよ、おかわりを合わせて2玉分のうどんをぺろりと平らげた彼女は満足そうで、その無邪気な様にすっかり毒気を抜かれてしまったのは確かだった。
「ふぅ……ごちそうさまでした。経口摂取しましたものは搭載しております
見れば見るほどヒューマノイドだとは思えなくなってくる……なんて食べ終わった後の食器を片しながら考えていれば、それを察したように彼女は言った。
へぇ、としか返せなかった。
食べながら、これがエネルギーに……これが予備原子に……なんて考えないし、多分そのうち忘れる。
「そういやバッテリーの、あれの充電ってどうしたらいいんだ?」
エネルギーで思い出したが。父に尋ねようと思ったら未来から来ましたので、なんて話に飛躍したせいですっかり忘れていた。
それ用の機器を持っているか尋ねると彼女は首を横に振った。
「充電はご家庭にあるボックスにて行っていただく形となっております」
「多分、そのボックス? ってやつうちにないぞ」
「……え?」
風呂の用意に向かった母は席を外しており、尋ねることができないけれどおそらく明弘と同じで心当たるものはないだろう。
それこそ未来のバッテリーを充電できる機器が過去にあるはずもない。
「ボックスですよボックス! 一家に一台必ず備えられている! 万能型充電機器!」
「ないものはない」
「そ、そんな……」
ショックを受けた様子の彼女に、ではどのようにして電化製品を稼働させているのかと尋ねられたのでプラグをコンセントに挿して電源から供給を受けていると答えたら「プラグ……コンセント……
プラグとコンセントが
「それほどまでに過去だったとは……」
「食事で
「不可能ではありませんがそれだと毎食4人前程度が必要となり…………すごく……とても燃費が悪いのです……」
座ったままのダイニングテーブルで
毎食4人前……。
中々の大食漢である。
モデル体型と言えるだろう細身の体にうどん2玉でもよく食べ切れたものだと思ったけれど、4人前もの量が収まるのか。
つい、まじまじと見てしまう。
「ハッ、そうです。代替品! 代替品を探しましょう」
解決策を思い付いたらしいプレゼンティがガバッと勢いをつけて体を起こす。
「バッテリーは熱量を蓄えそれをエネルギーへと変換しているのです……適度に高温で熱源と接触しない環境を保てる……そのようなものはございませんか?」
まず真っ先に思い浮かんだのはコンロだが、熱源と接触してしまうという点で却下。
冷やすのなら冷凍庫ぐらいしか候補がないので悩むまでもないのだが……。
「あ。オーブンレンジはどうだ?」
「オーブンレンジ?」
首を傾げたプレゼンティを手招いてキッチンに移動し、コンロ下に設置されたそれを指す。
「マスターのうそつき!」
「は?」
「あるじゃないですかボックス!」
彼女の言うボックスとはオーブンレンジのことだったらしい……。
いや、確かに使いようによっては万能も万能。オーブンの有無にこだわらずレンジでくくれば一家に一台。欠かせない家電製品だけれど。
ボックスという名称にふさわしく箱型だけれど。
バッテリーの充電器と言われて誰がオーブンレンジを思い付く。
未来では万能型充電器に進化するらしいそれはこっちじゃもっぱら調理用だと説明しても、いまいち想像がつかないらしい彼女が再び首を傾げるので例として冷凍庫にあった今川焼きを温めることに。
「ほら」
「いただいてよろしいんですか?」
約1分。温まったそれに目を輝かせてバッテリーのことなどすっかり忘れてしまった彼女はもう4人前だろうが食事でエネルギーを確保したんでいいんじゃないだろうか。
やたらと幸せそうだし。
「万能型充電器にこのような可能性があったとは……万能の名は伊達ではなかったという訳ですね……!」
行儀が良いのか悪いのか。オーブンレンジの前でちょこんと正座した彼女が、もっもっと今川焼きに
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