Start——01
プレゼンティの勢いに流されるまま。
マスター登録(仮)を済ませた明弘はのたうち回り衝動を抑えながら両手で顔を覆った。
今の心境を言葉で表すことはできない。
1つ、言えることがあるとすれば際どいボディースーツだろうが先に服を着てもらっておいて良かった、ということ…………。
声紋は喋れば済んだが、指紋については認証パネルが太ももに組み込まれており————硬質な肌など認めるものかと言わんばかりに再現された質感と弾力は生々しく、健全思春期な男子中学生にいけない気分を覚えさせるには十分だった。
指紋を登録している間、正面から跨った彼女の豊満な胸に顔を埋めた状態でなければならなかったことも含めて。
設計者はまず間違いなく変態である。
本当にありがとうございました。
…………はあ。
ため息1つ、ようようにして気持ちを落ち着かせてから顔を覆うのをやめると床に散らばった鉱石を拾い上げるプレゼンティの姿が目に映った。
見覚えがないので彼女の装備品か何かだろう。
こちらの視線に気付いて首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「……いや、何の石なのかと」
深みのある青はサファイアを思わせるがサファイアそのものではない。
ガラスでもない。
ましてやプラスチックでもない。
父の影響もあって宝飾にはそれなりに詳しいつもりだ。
しかし、どんなに知識を総動員しても彼女の手にあるそれが何なのか分からない。
悩む明弘から手の内にある鉱石へ1度視線を戻したプレゼンティは「あぁ」と声を漏らした。
「こちらはクリスタル型バッテリーです。ケセトゥル、バルバゲディ、ニゼリデンスの三点からなる複合石で品名はケバルニとされております」
ケセ……? なんだって?
耳に慣れない単語に疑問符を浮かべる。
言っている意味の8割も理解できていないが、とりあえずバッテリーというからには動力源なのだろう。
「使い捨て、ではないよな……」
「はい。充電をすることで半永久的に継続してご使用いただけます」
クリスタル型なんて見るのも聞くのも初めてなバッテリーを充電できる機器、うちにあるのか?
見たところ、それらしい付属品は転がっていないが…………。
モニターのみとなったメタマイズケース、それにマニュアル端末はいつのまにかストラップでプレゼンティの腰に下げられていた。
同じく腰から下げられたポシェットの中身は生憎と分からないけれど彼女が拾った6つほどのクリスタル以外、床に散らばっているのは替えの衣装数着のみ。
…………その辺りも含めて確認してみるか。
スマートフォンの時計アプリを開く。わざわざ計算せずとも確認が取れるようにと登録したイタリアの現在時刻は午前11時13分。
昼食を取ろうと考えるにはまだ少しばかり早い。
電話が取れる状況か。
仕事中だろう父にメッセージアプリを使って伺いを立てる。
数秒の間を置いて画面は返信ではなく着信を知らせた。
しかし——。
「……は?」
挨拶もそこそこにプレゼンティについての説明を求めた明弘は、そんな切り返しで父の返答を尋ね返すことになる。
心当たりがない、と言われて……。
仔細を話しても互いの声音が固くなるばかり。
父さんではないとするなら、じゃあ誰が?
知人が事前の連絡なしに送った可能性もあると、どこの誰から届いたものを尋ねられ————送り主を綴った伝票が手元にないことを思い出す。
「あの……」
——ぞわり。
なりを潜めようとしていた警戒心を引っ張り戻したところで声を掛けられた。
無視をすることも出来ず視線を移す。
無機質。無感動。
機械仕掛けらしく色彩のみを載せた瞳には表情を険しくさせた自分が映っている。
「心当たりはなくて当然かと」
「…………どういう意味だ?」
続きを促せばふっくりと形の良い唇が紡いだ音。
それを言葉として理解するのに時間を要したのは仕方のないことだったと言わせて欲しい。
「私は遥か先の未来にあった存在……ここではない時代から……あなたを訪ねました」
彼女には意思がある。
彼女には願望がある。
彼女には欲求もある。
————より人らしく。人よりずっと人らしく。
どこぞのアニメか漫画か。
否定というより現実逃避に近い感想を抱く。
彼女の主張を信じれば解消される疑問は多い。
例えば文字。例えば言語。
彼女の肉体だってそう。
ただ、事実と受け止めるにはあまりに日現実的な内容に黙って混乱を重ねる他なかった。
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