*【Dream】

「起きて下さいマスター、お時間です」


 無機質な女の声に促されて目を覚ます。

 植物庭園かの如く草花に覆われた室内。

 中央に置かれたベッドの上。

 ガラス張りの天井の先には快晴の空が広がっている。


「…………懐かしい夢を見ていたよ」


 白金髪プラチナブロンド碧眼ヘーゼルグリーン。年の頃は16、7といったところ。若く瑞々しい美女が視界を遮るように覗き込んでくる。


「どのような?」


 無表情。抑揚のない声音。

 もっと感情に起伏のある娘にしてやれれば良かったのだが……。

 伸ばした手はシワだらけ。

 体が思うように動かなくなって久しい自分には難しい話である。


「私という人間の原点さ」

「それは、確かに懐かしい」

「話したことはあったかな」

「はい。ここ30年の間は耳にしておりませんでしたが、それ以前にはよく」

「それほど前の記録データをよく残しておいたものだ……」


 触れた女の頰はひんやりと冷たく死人のそれに近い。

 ここ最近バッテリーの保ちが悪くなってきているので節電の為に表皮の保温機能をオフにしているらしかった。


 オーバーテクノロジーにも近い技術で組み上げたヒューマノイド彼女のメンテナンス及びアップロードを行えた技師は私だけ…………。

 それがこの有様であるから、正直、彼女が全ての機能を停止する日と私があの世に旅立つ日とどちらが早いかは分からない。


「大切なマスターの記録思い出ですから」


 上体を起こそうと動けばすぐさま背に手を添えて支えてくれる。

 ————より人に近く。より人らしく。

 ただそれだけを目指して来た。

 理想にはあと一歩のところで届かなかったけれど、これはこれで悪くない。


「そうか」

「ところで本日の朝食ですけれど——」


 寝室に運ばせるか。食堂に向かうか。

 尋ねられ、少し考えてから食堂を選んだ。

 車椅子の用意を進める彼女に、ふと胸を過ぎった感情をそのまま声に出して伝える。


「ありがとう、ネウィン」


 振り返った彼女は僅かながら頰を緩めて笑った。

 ああ、美しい。


「礼には及びませんマスター」


 この穏やかな時間を彼女が愛していればと願うばかりである。

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