Presenty——09

 裸体をあまり直視しないようにしつつ脇に手を入れ抱き起す。

 そのまま背後から腕の接続を手伝った。

 本物同然の肌の弾力、体温にやましい考えを抱かないよう無心を貫きながら。


 ——ブーブーッ。

 両手が問題なく機能することを確かめた直後にスマートフォンの振動音が響き意識がそちらに取られる。

 電話、じゃないな……。

 すぐに切れた。

 メールかSNSか。


「腕があれば足の接続は自分で行えますので。どうぞ、ご確認ください」

「え? あ、ああ……」


 女に促されて画面を開く。

 通知ポップはメッセージアプリに付いており、どうやら母からのようだ。

 仕事に区切りが付かず遅くなるので食事は先に済ませておいて欲しい、と。

 いつの間にかに戻っていた電波が数十分前に送られたそれをようやく受信したらしかった。


 …………区切りが付かない程忙しい?

 待ってくれ。だとすると——。


「マスター」

「うぇっ! あ……なななん」


 だ、と聞き返す前に至近距離にある女の顔と、未だ何も纏っていない肌色が視界を埋める。

 思わず息を呑んだ。


「四肢の接続が完了しましたので次のステップに移りたく思うのですが……。大丈夫でしょうか?」

「っ次のステップ……?」


 明弘が身を引けばその分女は追ってくる。

 ストップ。動かないでくれ!

 そんな思いで挙げた片手は、同じように挙げられた相手の手に絡め取られる。

 違う、そうじゃない。


「はい。声紋、指紋、虹彩、DNAの認証データと共にマスター登録の手続きを」

「それは俺じゃなくて父さんがすべき内容かと……」

「では仮登録という形で。システムの都合上、登録が済むまで私はお願いする以外の行動が取れないのです」

「服っ! 服くらいは着てもらえないか?」


 システムの都合で他の行動が取れないにしても……!

 必死な訴えに女はきょとんとして丸い目をまたたかせた。

 明弘を真っ直ぐに見つめていた瞳を自身へと向けてから、ポツリと一言。


「お子様には刺激が強い、ということでしょうか?」


 うるさい誰がお子様だ。

 少々お待ちください、と言って離れた相手をチラリと確認する。

 腕や足の他にも納められていたらしい、散乱している荷の中から布を拾い上げた彼女はそれ————ハイレグのボディスーツに足を通した。

 新体操の選手の衣装を思い浮かべてもらえばまず間違いはないだろう。

 女が身に付けたそれはノースリーブだが。晒された肌の面積が減っただけマシと取るべきかは悩みどころである。


「これでよろしいでしょうか?」

「…………まあ」

「よろしくはない、というお顔をされておりますが」


 明弘の前に戻ってくるなり、膝をついて顔を近付けてくる。

 だから、距離感……っ!


「ちかっ」

「データの登録、させていただいても?」

「いやそれは、俺の判断じゃ」

「今この場における責任はマスターにはないものとして、登録に際するご負担は一切ないものと断言させていただきます」

「わ、分かった! 分かったから離れて——」


 鼻先がこすれ合う。

 気付けば頰は彼女の両手に包まれていた。

 唇を塞ぐ柔らかな何か。

 …………は?


 ここまで状況の整理と把握に務めようと懸命に働いていた思考が、完全に停止した瞬間だった。


「ありがとうございます。ではまず虹彩認証からデータの登録を進めさせていただきます。そのまま動かないでいてくださいね」


 女は言う。

 明弘が我に返ったのはDNAデータの登録に移行して、彼女の指示に「はい」も「いいえ」も返せずにいた時————再び唇を重ねられた衝撃から。


 押し返そうにも歯が立たない。

 顔も両手で固定されているため反らせない。

 結局、文句を言えたのは彼女が彼女の思うタイミングで離れた後のことだった。


「なっにを……!」

「DNAデータ登録のための唾液の採取です」

「DNAなら唾液じゃなくったって、他にも方法はあるだろう!」


 明弘の言葉に女はわずかながら目を細めた。

 唾液の採取を終えてから一旦置いた距離を再び詰める。

 …………そうすることで明弘が息を呑み喋れなくなるものと学習したらしい。


「私は愛玩用としてデザインされたヒューマノイドですので——」


 にこり。

 なまめかしさを潜ませて無垢な少女のように笑った彼女は続けて言った。


「仕様です。ご辛抱ください」


 にべもない。

 愛嬌たっぷりの顔付きと声音に反する物言いに明弘は喉の辺りに溜まった反論をそのまま飲み下す他なかった。

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