お稲荷様が見てる

@yokuwakaran

第1話

 昔から思っていた。


 洋の東西を問わず神も妖怪も動物の姿をしている者が多い。


 そしてアザゼルやベリアルやルシファーなど元は天の使いだった者が悪魔には多い。


 学問の神として崇め奉られている菅原道真は昔大宰府に左遷された恨みで大災害を起こしたという。


 している事が神と悪魔で何も変わらない。


 違いは『神側と悪魔側どちらへ転んだか』だけだと僕は思っている。


 日本にも妖怪と同じ格好をしている神が多数存在している。


 それはカラスだったり犬だったり狼だったり・・・だが最も神としても妖怪としても語り継がれているのがキツネだろう。


 古来から道に迷う事を『キツネに化かされる』などという。


 自分が勝手に道に迷ったのをキツネのせいにするのだからキツネにとってはたまったものではない。


 言い伝えで妖怪はキツネの化身である事が多い。


 『こっくりさん』など学生に最も馴染みのあるだろう妖怪はキツネの妖怪だ。


 だがそれ以上に神としての姿も知られている。


 『おいなりさん』として神社に祀られているからだ。


 妖怪としてのキツネは『妖狐』として恐れられている。


 しかしそれ以上に同じ姿で神として親しまれているのだ。


 僕に全知全能の神になりたいなんて大それた願いはない。


 しかし『動物神になりたい』と僕は密に考えていた。


 その中でも「キツネの神くらいなら何とかなれるかな?」と僕は考えていた。


 神になる者は元々は妖怪・亡霊である事は珍しくない。


 天変地異の大災害を巻き起こした『学問の神』と呼ばれている菅原道真もそうだし『商売の神』として商売人達にあがめられている関羽雲長も元は「俺の首はどこだー」と夜な夜なあらわれる亡霊だった。


 つまり妖怪になるのが神への近道なのである。


 近道ではないにしても人間が神になるにはそこにしか道はないのだ。


 イエスキリストがそうだったように処刑された者を神格化するという道もある。


 ただその道はカルト教団にも利用されやすい上に問題は『誰も僕を神格化しないだろう』という事だ。


 とにかく僕の願いは死後神になる事。


 それも「僕は新世界の神になる!」などという中二病感あふれるモノではなく、神の末席に加わりたいと願うものだった。


 神になって実現したい事と言えば『世界平和』と『みんなが笑って暮らせるように』だ。






 僕は今日も稲荷神社へ行く。


 僕の願いは三つ『世界が平和でありますように』『みんなが笑顔で暮らせますように』『死後妖狐になれますように』


 よく「神社で願い事はしてはいけない」「神社とは『お陰様で元気で過ごせました、ありがとうございます』と神様に礼を言う場所だ」などとしたり顔でいう者がいるが、そんなわけがない。


 たしかに神社は元々そんな場所だったのかも知れない。


 だが今でもそういう場所なら願いの叶うと言われている絵馬やお守りが売られている訳がない。


 『あそこの神社は恋愛成就の後利益がある』『パワースポットだ』などという話を「謂われのない話を広めないで欲しい。


 神社とはそういう場所ではない。


 迷惑だ」と公式に言わないという事は『どうぞ恋愛のお願いをして下さい』と神社側も言っているという事で「神社で願い事をするな」などと言うのが神社の運営妨害なのだ。


 「神になりたい」という願いが大それている、というのは僕もわかっている。


 でも、「この世から戦争を無くしたい」「この世から苦しむ人をいなくしたい」という願いを実現できるのは政治家ではなく神だけだ。


 神だって戦争や戦いを起こすじゃないか、それどころか北欧神話に出てくるヴァン神族とアース神族との争いにエインフェリアとして人間を巻き込んでいるんでしょ?・・・と言う人もいるかも知れない。


 だが僕に言わせれば「神に無理なら人間にはもっと無理だ、世界平和が実現出来るのは神だけだ」と思う。


 確かに神の名の元に『聖戦』という名の争いが繰り広げられてきた。


 だがその『聖戦』のほとんどが神の名を利用した人間同士の争いであった。





 僕は孤児院で育った。


 僕は善意を信じている。


 僕を育ててくれた孤児院の職員さんも善意の人々だったし、僕を引き取って高校に通わせてくれている育てのお母さんも善意の人だと思う。


 僕が神になる可能性があるとしたらこの日本には沢山のお稲荷さんがある。


 そこに沢山のキツネが祀られている。


 その一匹のキツネになれないか?


 それが僕が妖狐になりたいと願っている理由だ。


 ただ僕が妖狐になりたいと願っているのは死後の話だ。


 だからと言って僕は死にたい訳ではない。


 生きている間は精一杯、この生を謳歌しようと思っている。


 それが僕の、孤児院の職員さんの、育てのお母さんの願いでもある。


 こうやって死後の事を願うのは昔は珍しい事ではなかったという。


 今、生きてる間の事を願う事の方が「現世利益」と言って珍しかったという。





 だが転機は本人の望む望まざるに関わらず訪れる物だ。





 僕は本当の名前を知らない。


 僕の産みの親は僕に名前などつけなかったのかも知れない。


 僕が里子に出されるまで名乗っていた苗字は僕の親代わりだった孤児院の施設長から借りた物で『佐藤』という苗字だった。


 その事に関して僕は申し訳なかった。


 僕に関わったから僕なんかを子供代わりに育てなきゃいけないし、自分の苗字を名乗らせなきゃいけない。


 そう施設長に言った時、施設長は本気で怒って僕を平手で叩いた。


 「どんな事があっても二度と『僕なんか』って言うな!」施設長は涙をボロボロこぼしながら僕に言った。


 僕の人格形成はほとんど施設長によるものだと思う。


 『僕なんか』って思ったままだったら、『神になりたい』なんて思わなかったかも知れない。


 名前も孤児院の施設長につけてもらった。


 『洋輔』つまり「海のような大きな男に育って欲しい」と願って名付けられた名前だ。


 『佐藤洋輔』これがかつて僕が名乗っていた名前だ。


 僕は中学に上がる前に子供のない夫婦に里子に出された。


 僕が『斎藤家』の子供になって数週間後に僕の里子にいった先の奥さんが妊娠している事が発覚する。


 相当な高齢妊娠で、もう完全に妊娠は諦めていたそうだ。


 僕はその晩、僕を引き取ってくれた感謝の気持ちの置手紙を食卓のテーブルの上に置き、斎藤家を出ていこうとした。


 だが出て行こうとまとめた荷物がどこにもない。


 僕はオロオロと周りを探した。


 そこに斎藤家の奥さんが僕がテーブルの上に置いたはずの置手紙と僕がまとめたバッグを持って仁王立ちしていた。


 「これから子供が産まれて忙しくなるって時にこの家の長男であるアンタが家出してどうするっていうのよ?


 アンタには母親を手伝おうとか、支えようって気持ちがない訳?


 まあ良いわ、それより早くお風呂入っちゃいなさい!」そう奥さんは言った。


 それ以来僕は斎藤家の奥さんの事を「おかあさん」と呼ぶようになった。  


 世界は善意であふれている。


 当然悪意に晒される事も多い。


でも弟が生まれてからは特に無償の愛という物を感じる。


「お兄ちゃん大好き!」と抱きついてくる弟が僕には可愛くてしょうがない。


こんな幸せがずっと続くんだと思っていた。


『傘持って洋平が洋輔を迎えに行くって言い張ってるから』おかあさんからのラインだった。


学校の前は商店街のアーケードになっており、アーケードの入り口までは傘は必要ない。


つまり三才児の洋平でもアーケードの入り口までであれば迎えに来れるのだ。


朝の天気予報では傘は必要ないはずだった。


しかし予報は外れ小雨が降ってきている。


別に濡れても構わない程度の小雨だ。


しかも、途中までアーケードが続いている。


そんな中弟は「お兄ちゃんを迎えに行く」と言い張っているらしい。


『どうしても来るというなら、洋平が転ばないように気を付けて』僕はラインでそうおかあさんに返事をした。


「洋輔の弟だから洋平。


私のネーミングセンスになんか文句ある?」おかあさんは僕に言った。


いや文句はないけど・・・『洋輔』って名前施設長がつけてくれたんだから、おかあさんはおかあさんが考えた名前つければ良いのに・・・。


「兄弟で名前に統一感があった方が良いでしょ?


はい、この子は『洋平』って名前で決り~。


文句は受け付けません」おかあさんは有無を言わせず産まれた子供の名前を決定してしまった。


こうして血の繋がらない弟は『洋平』という名前になった。


弟は「『洋』って同じだね、お揃いだね!」と嬉しそうにしている。





僕は迎えに来ている、おかあさんと弟を待たせたらいけないと小走りだった。


僕にはおかあさんも弟も大事な家族だ。


もちろん父さんも。


「僕には父親が二人いると思っている」そう言った時の父さんの寂しそうな顔が忘れられない。


「そっか、そうだよな・・・」父さんは悲しそうに呟いた。


「一人は施設長、もう一人は父さん」


「ちょっと待て、実の父親の事を父親だと思ってないのか?」


「顔も知らないし、世話になった事もない人の事を父親と呼ぶ義理もない」


「じゃあ、俺の事を父親だと思ってくれてるのか?」


「逆に『父親じゃない』と思った事がない」僕は照れてそこから走り去ってしまったので、父さんの反応は知らない。


僕がアーケードの中を小走りしていると「通り魔だ!逃げろ!」と言う声が聞こえた。


そこにいた人々が蜘蛛の子を散らすようにアーケードから逃げて行く中、僕は逆にアーケードの中に走って入って行った。


案の定アーケードの中には刃物を持った男と洋平を庇うように抱き締めているおかあさんがいた。


二人を助けなきゃ。


僕は躊躇わずにおかあさんに覆い被さった。


間一髪で通り魔の出刃包丁の刃はおかあさんではなく僕の背中に突き刺さった。


僕は最後の力を振り絞って、通り魔を殴り飛ばす。


「絶対お前をこの二人には近付かせない!」


僕は初めて人に暴力を振るった。


それまで学校で虐められる事もしょっちゅうあったし、暴力も日常的に振るわれていても抵抗した事はなかった。


僕は顔の形がなくなるほど通り魔を殴った。


通り魔が気絶して動かなくなると同時に僕も出血多量で動けなくなった。





目を醒ます。


ここはどこだ?


病院か?


僕は助かったのか?


「残念ですが貴方は助かりませんでした。


ここは俗に言う『あの世』です」


「そっか・・・おかあさんと洋平はどうなったんだ?」


「二人は無傷です。


いや心理的なショックはありますけど」


「でも良かった。


二人を護れただけでも、無駄死にじゃないからね!


じゃあ地獄へ行こうか!」


「待って下さい、何で地獄なんですか?」


「何でって、僕すごい暴力振るったよ?


相手が死ぬかも知れなくてもお構いなしで。


しかも学校で僕を虐めてたヤツらは僕の事を『虐めても良いヤツ』『死んでも良いヤツ』って言ってたよ?


そんなヤツが天国いけるはずないじゃん」


「ソイツらこそ地獄行きに相応しいと思いますが今回はそれは置いておきましょう。


貴方は神になる事を望んでいたようですがそれは叶いません。


死後の行いで神になれる場合もありますが、それはあくまでも死後に行いを積まなくてはなりません」


「そりゃそうだよな。


そう簡単に神になれる訳がないんだよ。


だからこそ神になれる方法を探ってたし、その近道として『妖狐』になろうとしてたんだよ」


「?わかりました。


神には出来ませんが、貴方の希望を聞きましょう」


「妖狐にしてくれるの!?」


「はい、では貴方は希望通り産まれかわります」





暗闇から目を醒ます。


僕は今、産まれたばかりのようだ。


「賢そうな女の子だ。


男の子だったら『洋輔』女の子だったら『洋子』って名付けようと思ってたけど、予定通り『洋子』と名付けよう!」父親と思われる男の人が浮かれつつも言う。


ちょっと待て。


僕がなりたかったのは妖狐(ようこ)だ。


・・・で、僕が産まれ変わったのは洋子(ようこ)だ。


「ようこに産まれ変わらせて下さい」この願いが聞き届けられた、という事だ。 


 



 


 


 


   

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