第4話 お嫁さんになるための条件
「黒騎士様! 大好きです!」
「ごめんなさい」
今日も今日とて、ジガーダさんの告白を断った俺。
寂しそうな後ろ姿に少し胸を痛ませながら、街を一人で歩いていた。
考えるのは、ジガーダさんの事ばかりで。
最近は、告白の断り文句も前より優しい感じになってしまっている。
そんな自分の気持ちの変化に戸惑う気持ちと、何となくいつかはこうなると思っていたという呆れがあった。
そうなると、問題になってくる事がある。
「この甲冑、本当に脱ぎたい」
俺はどんなに引っ張っても、全く動かない甲冑に大きなため息を吐いた。
この呪いの装備を嫌だとは思ってきたけど、こんなにも脱ぎたくなったのは初めてかもしれない。
しかしそれが無理にさせているのは、脱ぐのに必要なのが『魔王の生き血』だからだ。
何でそんな、ラスボスクラスを相手にしないとどうにも出来ないものが、
そして、いくらスライムに襲われて絶体絶命だったとはいえ、何も考えずにそれを着てしまった自分も考えなしだった。
今更後悔しても遅いが、それでも最近はよく考えてしまう。
「魔王の生き血なんて、どうやって手に入れればいいんだよ」
いくらこの装備で、攻撃力防御力が上がったとはいっても、魔王と比べたら足元にも及ばない。
だから正攻法では、絶対に無理だった。
そうなると俺でも少しのチャンスがあるのは……、
「闇市、か」
色々な有象無象がはびこっている場所で、少しでも気を抜いたら、あっという間に頭から食われてしまう。
しかし、そこだったら魔王の生き血が手に入る可能性は高い。
ただ闇市について教えてくれたジガーダさんは、危険だから絶対に行くなと言っていた。
いつもは俺に対して意見を言わない彼が、その時だけははっきりと言い切ったので、少し気がかりだが。
その彼のためにだと思えば、行ってみる価値はあるかもしれない。
思いたったら、即行動。
やる気がある時の行動は早い俺は、すぐに次の闇市がいつ開催されるのかを調べ始める。
そうすれば、すごくタイミングがいいことに、明日の夜だと分かった。
これは、天が俺に味方してくれているんだ。
そう思うと、『魔王の生き血』も手に入る気がしてきた。
俺は明日の闇市にむけて、早速準備をする。
『魔王の生き血』入手の可能性が見えてきたことに、胸を弾ませながら。
そして次の日の夜、闇市に来た俺はその異様な雰囲気に圧倒されていた。
辺りを見回して、みんながみんな悪そうな人だと思ってしまうぐらい、顔が怖い。
しかも店の商品には、違法すれすれのものや、絶対に違法なものもあって、場違いなところに来てしまったという気持ちがものすごく襲いかかってくる。
それでも、俺は目的があるからなんとか帰りたい気持ちを抑えて、店から店へと歩く。
今の俺の格好は、魔法で黒の甲冑を銀色に染めて、青いマントを羽織っている。
いつもの格好だと絶対に身元がバレるから、苦手な魔法を頑張ってかけた。
効力は一時間しか持たないから、それまでに見つけて手に入れる。
そう思っていたんだけど。
「……無いな」
端から端まで全ての店を探したのだが、『魔王の生き血』はおろか魔王に関するものは何も売っていなかった。
やはり今の魔王が、あまりにもな性格だから近づく猛者が出てこないのか。
期待していた分、がっかりする気持ちが大きい。
俺は一番端の店の脇に座って、うなだれた。
こうなったら、魔王を倒す勇者が出てくるのを待つしかないのか。
しかしジガーダさんの跡継ぎになるような、そんな人物は今のところ出てくる気配はない。
これから出てきたとしても、魔王を倒すまでに何年かかるだろうか。
それを待っている間に、ジガーダさんは俺のことを諦めてしまうかもしれない。
絶望しかなかった。
このまま、消えてしまった方が色々と考えないで済むんじゃないか。
そう思いながら、一人でやりきれない脱力感に襲われていると、何だか急にあたりが騒がしくなってきた。
一体どうしたんだろうと、顔を上げた俺の目の前を、ものすごい勢いで何かが通り過ぎた。
そして大きな破壊音と共に、壁にぶつかって穴があく。
その一部始終を見てしまった俺は、甲冑の中で間抜けな顔をしてしまう。
「え?」
何が起こった?
事態についていけなくて、とりあえず立ち上がると状況を把握しようとした。
そして固まる。
まさか、こんなタイミングで闇市に摘発が入ったなんて。
大勢の人が掴まっている光景を目の当たりにして、俺は見た目には分からないけど震えてしまう。
早く逃げなきゃ巻き込まれる。
それが分かっているのに、足が地面に張り付いて動かない。
そんな俺はひどく目立っていたせいで、
「おい、そこのお前も来い!」
気がつけば手錠をかけられていた。
なんだか全く現実味がなくて、抵抗しないまま引きずられていった。
「……そこ、ちょっと待て」
しかし、馬車に乗せられる前に声がかけられた。
その途端、俺は緊張で背筋が伸びる。
だって、この声は何度も聞いたことがある。
「は? じ、ジガーダ様!」
そちらに視線を向ければ、彼の姿があった。
闇市の摘発をしに来たからだろう、騎士の格好をしてたっている姿は、できる大人という雰囲気がする。
だから俺を引きずっていた人も、慌てて敬礼した。
「その方は、これには関係の無い俺の知り合いだ。だから、こっちで処理する」
「はっ! かしこまりました!」
俺がぼんやりとしている内に、話は勝手に進んで、解放してもらえた。
軽くなった手を振りながら、俺はジガーダさんに深々と頭を下げる。
「ありがとう。助かった」
「いえ、それよりもどうしてこのような所に? 闇市は危険だと、前に申し上げましたよね?」
彼は先程までの仕事用の感じではなく、俺といる時の口調になった。
その事に安心しながら、俺は頭を下げたまま理由を話す。
「ここなら、この甲冑を脱ぐのに必要な『魔王の生き血』が手に入ると思ったので。……全くの見当違いだったけど」
自分でも馬鹿だと思うから、頭を上げられない。
なんて恥ずかしいんだろう。
しかし、そんな俺の肩にジガーダさんは優しく手を置いた。
「そうだったんですね。でも、闇市には『魔王の生き血』は出ないです。それに、黒騎士様はそのままでも魅力的だと思うのですが……」
「それじゃあ駄目なんだ!」
ジガーダさんの慰めの言葉。
しかし、俺はどうしても譲れなかった。
「この甲冑を脱ぎたい。それも出来るだけ早く」
甲冑の呪いには、脱げない他にもとんでもない効果がある。
それはなぜなのか分からないが、性別を偽らなければならない事だ。
甲冑を着てからすぐに、注意書きがステータス画面のようなものに映った。
『性別が女だと三人にバレたら死ぬ』
どんな効果なんだよ、とか何で三人にバレたら死ぬんだ、とか色々とツッコミどころはあった。
だけど女だと違う意味で身の危険もあるし、甲冑を着て男だと思われていた方が楽だとすぐに考え直した。
しかし、ジガーダさんと会った事で、気持ちが変わった。
まず見た目の筋肉からしてタイプだったし、性格も穏やかで非の打ち所がなかった。
こちらの方も、初めて見た時に一目惚れをしたのだ。
それでも意味の分からない告白のせいで、一旦は気持ちが冷めた。
だけど、やっぱり好きで好きでたまらなくなってしまった。
そう思ったから、甲冑を脱いで女だと早く知らせたくなった。
女だから、ジガーダさんをお嫁さんに出来ない。むしろ、こっちがお嫁さんにもらって欲しいぐらいだと。
その為には、『魔王の生き血』が必要なのに。
でもやっぱり、無理なんだ。諦めるしかないんだ。
ジガーダさんはこのままじゃ、本当にいつか見捨てるだろう。
「黒騎士様の気持ちは分かりました。でも私は、やっぱりそのままの黒騎士様が素敵だと思います」
そんな負の感情に襲われていた時、彼はこちらをまっすぐ見て言い切った。
そこに嘘はなくて、それを見ていたら甲冑でも彼は好きでいてくれると、信じてしまいそうになる。
「でも」
「黒騎士様。私はあなた以外を、好きになる事は無いです。神に誓ってもいい」
この世界では、神の信仰を大事にしている。
だから、彼は本気だ。
それが分かった途端、体から力が抜けた。
ジガーダさんが、そういうのならこのままでもいいか。
無理に甲冑を脱いで、女の姿を気にいってもらえなかった時の方が悲惨だ。
「そうですか。それなら、またいつかチャンスが来るまで待つ感じでいます」
「はい。その方がいいです」
ジガーダさんは、とても嬉しそうに笑った。
それが見られただけで、何だか全部がどうでも良くなってくる。
俺は肩に置かれたジガーダさんの手に、自分の手を重ねる。
「それにしても、よく俺だって分かったね。一応、魔法で姿は変えたんだけど」
話題を変えれば、彼も話にのってくれた。
「分かりますよ。どんな姿でも、私は黒騎士様をすぐに分かります。絶対に」
いつも通りの感じに戻って、闇市から離れながら俺達は色々と話をした。
もう少し、このまま穏やかな日常を過ごすのも悪くないかもしれない。
甲冑を脱ぐ事は、まだ後回しにしよう。
「ああ、そうだ。黒騎士様。この前おっしゃられてた『すくーるみずぎ』と言うものの試作品が出来ました。今度見てもらえませんか?」
いや、やっぱり早く脱いだ方がいいのかも。
属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか? 瀬川 @segawa08
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