第3話 彼と向き合う時間
風呂場ファン襲撃事件があったせいか、ジガーダさんの中で何か思う事があったみたいで。
外で突然の告白は、止めてくれた。
その代わりに、毎日お弁当を俺の家に届けてくれるようになった。
ジガーダさんの手作りらしいのだが、とても美味しい。
だからそのお弁当が、段々と楽しみになってきたんだけど。
「……このままじゃ駄目だろ」
そういう気持ちも、大きくなっていった。
ジガーダさんがいくら全面的な好意でやってくれているとはいえ、いくらなんでも甘えすぎである。
このまま続けているのは、ジガーダさんに悪い。
そう考えたら、こんな事をしている場合じゃない。
だから俺は初めて、逆にジガーダさんを呼び出していた。
「く、黒騎士様。よ、用事って何ですか?」
呼び出した場所に来たジガーダさんは、目元を少し赤くさせてモジモジとしている。
今日は何も考えつかなかったのか、普通の格好だ。
その事にほっとしながら、俺は深呼吸を何度もした。
これから言う事で、彼を傷つけるかもしれないと思うと、心が痛む。
それでもここで言わなくても、いつかは彼を傷つけることになるんだったら、早く終わらせた方が良い。
「あのですね。大事な話があるんですけど」
言え。言うんだ。もう止めて下さいって。
あなたの気持ちに、答えることは出来ませんって。
早く言うんだ。
「はい、何でしょう」
だけど、目を輝かせて俺の言葉を待つ姿を見ていると、
「あー、えっと……そのー……お弁当のお礼に、食事をおごりますよ」
意気地の無い俺は、別の事しか言えなかった。
すぐに何を言っているんだと、口を抑えたがもう遅い。
「ほ、本当ですか!? 嬉しいです!!」
さらに顔を輝かせたジガーダさんが、満面の笑みで喜び始めた。
さすがに取り消すなんて出来なくて、
「暇な時でいいんで、行きましょう」
後には戻れないから、吹っ切れた。
本当に伝えたい事を言うのは、もう少ししてからにしよう。
面倒事は後回しにして、とりあえずはいつものお礼をしようと気持ちを切り替えた。
数日後、ついに食事に行く日になってしまった。
俺は前日から、緊張で頭がどうにかなってしまいそうだった。
マイラカにもどうしたら良いかと相談したけど、自業自得だと見捨てられてしまった。
だから場所は自分で考えて、どうにかした。
そこも自信があるわけじゃないから、気に入ってもらえるだろうかと心配になる。
そのせいか今日は待ち合わせ場所よりも、随分早く着いてしまった。
さすがジガーダさんも来てなくて、俺は木に寄りかかって待つ事にする。
全部自分から始めたものだが、まさか食事をする事になるなんて思ってもみなかった。
今は彼に頭のネジが外れているせいで、接点はある。しかし本来だったら、絶対に関わりあいにならない人だ。
モブの俺にとっては天上の人物すぎて、何であんな事を始めたのかと不思議でしかない。彼が望むからタメ口で話しているけど、それさえもおこがましい。
いつか目が覚めるのだろうか。
その時、彼はそれでも俺と一緒にいるのだろうか、目の前から消えてしまうんだろうか。
もし去ろうとするならば、俺は彼を引き止めてしまう気がした。
何でか説明が出来ないけれど、
そんな事を考えていたら、ジガーダさんの姿が見えた。
今日も普通の格好で来てくれたのを、ほっとする気持ちと、これからの時間を想像した緊張が、ごちゃ混ぜに混ざり込む。そのせいで、途端に体が重くなった。
「黒騎士様! お待たせしてすみません!」
「いや。まだ待ち合わせの時間よりも早いんで、大丈夫だけど」
俺に気づいた彼は走ってきて、眉を下げて謝罪をしてくる。
しかし待ち合わせの時間よりも、ずっとずっと早いから、俺は全然気にしていないとアピールをした。
「今日はありがとうございます。食事を一緒に出来るなんて、夢のようです」
「そんな畏まらなくても。これから行くのは、高い所じゃないからすみません。普通の食堂……ちょっと良い所、探します」
ジガーダさんの格好が普通だと言ったが、よくよく見てみたら高級そうだ。
もしかしたら、良い場所での食事を考えていたのかもしれない。
そう思ったら、ジガーダさんをこれから連れていく店が、恥ずかしくなってきた。
今から別の場所を探そう。
調べようと考えて動こうとした俺の手を、ジガーダさんは掴んだ。
「気にしないでください。これは黒騎士様に見てもらうために、着てきたんです。だから、黒騎士様が選んだ所が良いです」
そして優しく微笑んで、言った。
俺はそれで色々な気持ちが楽になって、体から力が抜ける。
なんだか緊張感すらも、どこかに行ってしまった。
何をこんなに気張っていたのか、自分でも考え込みすぎだと思う。
俺は気が緩んだ顔をして、握られたままのジガーダさんの手を引いて、目的の店まで歩き出す。
「くくく黒騎士様!?」
後ろで彼は慌てた声を出しているが、俺は気にせずどんどん歩く。
結局、なんだかんだ言ってもジガーダさんは、掴んだ手を離そうとはしなかった。
俺が選んだ店は、ジガーダさんのお気に召したようだ。
最初から最後まで、美味しいと言いながら食べてくれて、俺も嬉しかった。
確かに、食堂だけど雰囲気のいいところで、料理も美味しかった。
ここはまた来たいな、そう思うぐらいには俺も気に入った。
店を出ると満腹になった腹をさすりながら、俺はホクホクとした顔をしているジガーダさんに話しかけた。
「時間があれば、もう一ヶ所行きたいところがあるんだけど。どうかな?」
少し寂しそうにしていた彼は、俺の言葉に勢いよくこちらに顔を向けた。
「はい! ぜひ!」
全身で嬉しいオーラが出ていて、しっぽの幻影まで見えてきそうだった。
俺はそこまで喜んでくれている事に、誘ってよかったと思いながら、手を差し伸べた。
「それじゃあ、行こうか」
「……は、はい」
彼は、俺の顔と手を交互に見て、そして恐る恐る手を繋いでこようとして止める。
そして俺の背中を押して、歩き始めた。
「うおっ!?」
「行きましょうか!」
その力が強くて、俺は何も言う暇がないまま足を動かす。
自分でも何で、手を差し伸べたのか分からなかった。
もしも、ジガーダさんが繋いできていたら、どうするつもりだったのだろう。
俺は彼に対して、どういう気持ちを持っているのか。
まるで霧の中にいるように、その答えは見つからなかった。
そう思いながらも、俺は目的の場所に向けて方向を変えながら歩く。
ジガーダさんは、その途中何も言わないで、ただただ俺の背中を押し続けた。
そしてたどり着いたのは、俺のオススメの場所だった。
「うわあ。綺麗、ですね」
「そうだろ?」
ジガーダさんも俺の背中を押すのをやめて、空を見上げた。
空一面に散りばめられている、キラキラと輝く星。それを何の障害もなく見られる場所に、俺は彼を連れてきたいと思っていた。
今まで接していた中で、彼がこう言ったものが好きだろうと、勝手に決めていたのだけど、合っていたようで良かった。
ただただ星を見ながら、綺麗だと言っている彼の姿に、心が温かくなる。
しばらくそうして眺めて、満足したジガーダさんは、俺を見た。
「黒騎士様。ここに連れてきてくれて、本当にありがとうございます。今日は、ものすごく楽しかったです」
いつもよりも更に輝いている笑顔に、胸の奥が苦しくなる。
俺はここで彼に、もう告白はやめて欲しいと言おうと思っていた。
この場所なら誰にも邪魔をされないし、もしジガーダさんが悲しみで泣いたとしても星が勇気づけると考えてだ。
しかし、そんな顔を見てしまったら。
「俺も楽しかった。また来ような」
また、考えていたのと違う言葉を言っていた。
それでも、ジガーダさんが嬉しそうに笑うからしょうがないかと思っている俺は、段々と彼に毒されているのかもしれない。
そんな気持ちも、次に会った時にジガーダさんが着てきた踊り子の衣装で、完全に消滅してしまったが。
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