第2話 知り合いの警告


「あんた、それはさ。さっさとはっきり断るべきだよ」


「分かってるんだけど、それが出来たら苦労しない」


 異世界転生してから、そう短くない年月が経っているおかげで、俺にも一応友達や仲間というものはいる。

 今日はその一人の、酒場を経営しているマイラカの元に愚痴を言いに来たのだが。


 話を聞いた彼女に、バッサリと切り捨てられた。

 それは予想通りだったから、俺は酒をあおりながら反論する。


「向こうはここで知らない人はいない、伝説の勇者様だろう? ひどい態度を取ったら、ここにいられなくなっちまう」


「あー、確かにね」


 彼女は俺の言葉に、納得した表情をした。


「下手すりゃ殺されるね」


 それが、言い過ぎじゃないところが恐ろしい。


 ジガーダさんはその昔、今の魔王の親である当時の魔王を、退治した勇者だった。

 だから人望は厚いし、ファンも多い。

 そんな人を敵に回したと知れたら、命の危機に脅かされるだろう。


「本当、どうしたら良いんだよ。このままじゃ、マジで信者に殺される未来しか見えない」


 俺はテーブルに突っ伏す。勢い良くいったせいで、顔全体をぶつけて痛い。

 これは絶対に赤くなっているな。そう思いながら、顔をぐりぐりと机に押し付ける。


「……まあ。もう手遅れな感じはあるんだけど」


「はあ!? どういう事?」


 しかしマイラカが落とした爆弾発言に、俺は勢いよく顔を上げた。

 手遅れというのは、どういう事だ。

 俺の必死な顔を楽しそうに見ている彼女は、意地の悪い笑みを浮かべた。


「だって、そんなに何回も告白されていたら、見ている人がいるわけでしょ。……まあ、ウワサは違う感じに伝わっているみたいだけどね」


「それは、どんな感じで?」


 確かに今までの告白の時に、周りに人がいないのを確認していなかった。

 だけどまさか、もう人に伝わっているとは思わず、俺は恐る恐る尋ねる。


 彼女はそれに対して、心底楽しそうに笑った。


「あんたがジガーダさんを脅して、無理やりそんな格好をさせているんじゃないかって」


「はあ!?」


 あまりにもな濡れ衣すぎて、俺は驚きもあったが同時に呆れてしまった。

 どこをどう見れば、俺が無理やりあの格好をさせていることになるのか。そのウワサを流している奴に、本気で問い詰めたかった。

 俺はむしろ、その格好をするのを止めさせたいぐらいなのだ。


「まあ。そんなウワサが出るぐらい、ジガーダさんは常識人だと思われているし。あんたは人望が薄いってこと。その格好も相まってね」


「でも、呪いの装備をすぐに脱げるわけがないんだから、大目に見てくれよな」


 この格好のせいで、そう思われても俺は現在どうすることも出来ない。

 黒騎士と呼ばれているのは良い方で、他には『黒い悪魔』とか『幽霊甲冑』とかのあだ名も聞いた事がある。

 そのセンスの無さに笑いしか出てこなかったけど、そんな風評被害があるんだったら、本当にこの装備が嫌になってくる。


 しかしそれが簡単に出来たら、俺はすでにこの甲冑を脱いでいるはずだ。


「あれ? それを脱ぐ条件って何だっけ?」


「……魔王の生き血」


「あー、ドンマイ」


 マイラカは遠い目をした。

 俺も今、同じ様な顔をしているんだろう。


 生き血なんて、今の魔王からとろうなんて無理ゲーに近い。

 勇者ならまだしも、呪われた装備を着用しただけのモブの俺には、手に入れられる可能性はほぼゼロだった。


「だから、俺に色々というのは間違いだろ! 文句とか言いたいことは、あっちにやってくれよな!」


「それこそ無理でしょ。なんていったって、憧れのジガーダ様なんだから」


 これは、もう八方塞がりだ。

 何も手がない俺が、どうするべきかといったら。


「何もせずに、相手の出方を伺うか」


 現状維持しかない。

 ジガーダさんの告白を受け流しつつ、いつか甲冑が脱げるチャンスが来るのを待つ。

 向上心もなく、英雄になるつもりもない俺は、棚からぼたもちを狙うしかないのだ。


「あんたは、犯人を調べるタイプじゃないもんね。でも気をつけなよ。後ろから攻撃を受けて、瀕死の状態になったらシャレにならないからさ」


「気をつけるよ」


 そう言ってマイラカの相談は終わったんだけど、その時の俺は何とかなるだろうと、のんきに考えていた。

 しかし彼女の警告通りのことは、思っていたよりもすぐに起こった。

 しかも最悪の状況で。





「おいてめえ。聞いてんのか?」


「はいはい、聞いてますよ」


 目の前できゃんきゃんと喚いている男に、俺は甲冑越しに冷たい視線を向けた。

 しかし相手には届かない。

 相手の口から飛ぶつばも、甲冑があって届かないからお互い様か。

 この人は名前をなんと言ったか、いや名乗っていないな。

 それなら、名無しのゴンベエさんでいいや。


 ゴンベエさんはジガーダさんのファンらしく、単体で俺の元に抗議をしに来た。

 それだけだったのなら、別に構わない。しかし時間が悪かった。


「いや、絶対に聞いてないだろ! 馬鹿にしてんのか?」


「それじゃあ、とりあえず出てもいいですか。熱くてのぼせそうなんで」


 甲冑を着たままとはいっても、風呂に入っているのだ。どう考えても、ゴンベエさんのタイミングが悪すぎる。


 俺は熱めの風呂に、さっと入ってさっと出たいタイプだから、ずっと湯船に浸かっているのは辛いものがある。

 それを自覚したら、意識が飛んでしまいそうだ。なんとか気力で持っているが、それも時間の問題だろう。

 だから早く話を終わらせるか、風呂から出たいのだが。


「そう言って逃げる気だろ! 絶対にそんなことはないさせないからな!」


「はあ」


 提案をしても許してくれず、出ようとしても立ち塞がられてしまった。

 湯船から出て話そうにも、湯冷めをして風邪を引いたら嫌だから、中に入っているしかない。


 下手に刺激をすると話が長くなりそうだから、俺は黙る。


「ふん。怖気づいたんだ。ジガーダ様にあんな酷い事をさせているくせに、弱虫なんだな!」


「はあ……」


 俺が反論しない事に気を良くしたのか、ゴンベエさんは鼻息荒く詰め寄ってきた。

 甲冑が無かったら、鳥肌が立つレベルだ。


 しかし熱さで思考回路がフワフワしている俺は、そんな事も気にならなくなっている。


「良いか? これからは、二度とジガーダ様に近づくなよ。あの方とお前なんて、一緒にいると悪影響しかない! 半径1km圏内に入ったら、問答無用で攻撃するからな」


 半径1kmなんて、どうやって判断すればいいんだろうか。

 そして誰が、それを見ているんだろう。

 ツッコミをいれたかったが、その前に限界を迎えてしまった。


 これは駄目だ。

 冷静に思いながら、体が傾いていく。

 あきらかに、のぼせたせいだって分かるはずなのに、ゴンベエさんは受け止めてくれようとしてくれないみたいだ。

 これは、いくら甲冑を着ているとはいっても、怪我はするだろうな。

 俺は覚悟を決めて目を閉じた。


 しかしいつまで経っても、予想をしていた痛みは訪れなくて、逆に弾力はあるが柔らかい感触がした。

 俺は何が起きたのかと、恐る恐る目を開ける。


 視界いっぱいの筋肉。

 それが目に飛び込んできて、俺は痛みはなかったんだけど頭を強く打ったんだと思った。

 そうじゃなきゃ筋肉に包まれている状況なんて、起こるわけがないだろう。


「じ、ジガーダ様」


 そうやって俺が現実逃避をしていたのに、それを邪魔するようにゴンベエさんの声が聞こえてきた。

 俺は気づいていなかったが、あえて見ないようにしていた現実に向き合う事にする。


「大丈夫ですか? 黒騎士様」


「は、はい。何とか」


 筋肉の主であるジガーダさんは、眉間に皺を寄せて心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 俺はそれに対して、見えないだろうけど笑って答えた。

 それでも、ジガーダさんの顔は晴れない。

 そして俺を抱えたまま、ゴンベエさんの方を睨んだ。


「おい。黒騎士様に、一体何をしたんだ」


 たったそのひと睨みだけで、ゴンベエさんは可哀想なぐらい震え始めた。


「え、えーっと僕は、その」


 涙をためて視線をさ迷わせている姿は、庇護欲を誘いそうなものだが、ジガーダさんには全く効いていない。


「何をしたんだと聞いている。簡潔に答えろ」


 ただ淡々と、威圧感のある声で尋ねていた。

 その姿は出会ったばかりの、頼もしい姿を思い出させる。


 ……久しぶりに、普通の格好をしているおかげかもしれない。


 俺はフワフワとした気持ちのまま、ジガーダさんの服の裾を引っ張った。

 そうすれば睨むのを止めて、俺の方に優しい笑みを向けてくれる。


「どうかしましたか?」


 俺はそれに対して、最後の力を振りしぼって口を開いた。


「いつも、そういった感じの方が良いですよ……」


 言った後は限界だったから、俺の意識はゆっくりと沈んでいった。




 次に目を覚ました時、目の前にはやっぱり筋肉が待っていた。

 俺はまた気が遠くなりかけながらも、何とか持ちこたえた。


「ジガーダさん、俺は?」


「のぼせていたので、湯船から出して涼ませていました。勝手に色々とやってしまいましたが、変な事は決してしていませんので」


 ジガーダさんは風魔法を、俺が気絶してからも、ずっとやってくれていたみたいだ。

 そのおかげで、まだ少しぼんやりとしているけど、それ以外は大丈夫そうだ。


「すみません。今まで、風魔法をかけてくれていたんですよね。助かりました。……イタタ」


「あっ。まだ休まれていた方が良いですよ。もう全て、片付けてありますので」


 ぼんやりとしたのが治ってくると、俺は自分がジガーダさんに膝枕をされている状態だと気がつく。

 だから慌てて起き上がろうとしたけど、急に動いたせいで頭が痛んだ。

 そのせいでジガーダさんの手によって、膝に戻された。


 柔らかくはなかったけど、それでも悪くない心地なのが困る。

 俺は慈しみの表情で、俺の甲冑を撫でるジガーダさんを見た。


 ゴンベエさんはもういなくて、一体俺が気絶している間に何をしたんだろうと考える。

 しかしジガーダさんは、聞いても答えてくれなさそうな雰囲気がした。


 だから別の事、先程のジガーダさんについて思い出す。

 あれは格好良かった。

 いつもそんな感じだったら良いのに、という言葉に嘘偽りはない。

 それを意識が飛ぶ前に、ジガーダさんに言った気がするけど。


「大丈夫ですか?」


「……大丈夫です。体は」


 何をどう解釈したら、前の世界でのメイド服に近い服を着るに至ったのか。

 小一時間は問い詰めたかった。

 しかしそんなことが出来るはずなく、俺は膝枕をされながら体が早く回復するのを待っていた。


 そうじゃなきゃ、先に精神がやられてしまう。

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