属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

瀬川

第1話 異世界転生の受難


 俺は今、人生の分岐点に立っている。

 どちらを選ぶかで、結末は大いに違ってくるし、一度選んだら引き返せない。


 そんな選択を迫られている状況。目の前で俺を潤んだ目で見てくる姿に、気が遠くなりそうだった。



 どうして、こんなことになったんだろうか?

 俺は現実逃避をするために、意識を別のところに飛ばし始める。


 俺は俗に言う、異世界転生をしてこの世界に来た。

 どうやって来たのか、理由は分からない。

 事故で死んだのか、それとも召喚されたのか、はたまた老衰で死んだのか。

 前の世界の記憶はあるけど、前の世界での俺の記憶はないから、知る術は今のところない。


 そんなわけでこの世界に来て、チートを体験出来るかと思っていたんだが。

 現実はそう甘くなかった。


 スライムに襲われている時に、無我夢中で身につけた装備が呪われていたのだ。

 しかもそういった装備によくある、とある条件を満たさないと脱げないというもの。


 脱げないのと、呪いの効果が分かった時に、俺は最初、楽観的に考えていた。

 装備をしていて死ぬわけじゃないし、攻撃力も防御力も上がる。


 それならまあ良いかと、脱ぐのは時間に任せようと思っていたんだけど。



 最近は、装備をした事をものすごく後悔している。


 その一番の原因というのが、今俺の目の前にいた。


「く、黒騎士様! あなたがこの前言った通りに、今日は可愛い服を着てきました。……どうですか?」


 黒騎士というのは俺のあだ名で、呪われた装備が甲冑だったから、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。


 そんな俺を前にして、照れている人物。

 男が好きそうなひらひらしている白いワンピースは、確かに可愛いのかもしれない。

 風に揺らめいたすそを、おさえて照れている姿は、その動作だけだったら可憐に見えるのかもしれない。

 しかしそれは、


「良くない。だから、そういうのは似合わないって言ってるだろ」


 ゴリゴリマッチョのおっさんじゃなければの話だ。



 俺の言葉に傷ついた顔をしたおっさん、もといジガーダさんに心が痛まないわけじゃない。

 しかしだからといって、褒めるなんてもっと出来るわけがなかった。


 ジガーダさんは、呪いの装備の甲冑を身につけて森をさまよっていた俺を、保護してくれた恩人である。

 だけど何をとち狂ったのか、その時に俺に一目惚れをしたらしく、以来ずっと告白をされている。


 最初は、何の冗談なのかと思った。

 だって呪いの甲冑が外せないから、顔が分かるわけがないのに、一目惚れもなにもあるわけがない。

 だから、もしかしたら甲冑マニアなのかとも疑ってしまった。

 しかしそれを言った時に、ものすごく泣かれたから俺は二度と言わないと決めている。


 とにかくそんなジガーダさんは、俺が好きで好きでたまらないらしい。

 だから週に一回ぐらいのペースで、告白をされている。

 それを毎回断っているんだけど、告白仕方が予想外すぎて困っている。




 確か一番最初の時は、王女みたいなドレスを着ていた。

 そして告白は、こう。


「黒騎士様。私、あなたに似合うように頑張ります。だから、どうか私をお嫁さんにしてくれませんか?」


 おしとやかにはにかみながら、言ったジガーダさん。

 俺はそれに対して、どういう返事をしただろうか。


 記憶が確かなら、


「ムリ」


 その一言だった気がする。

 これで諦めてくれれば良かったんだけど、ジガーダさんは俺に詰めよって来た。


「どこが無理なんですか? 教えて下さい!」


 そう言われても、どこが無理って何もかもだ。

 むしろ、何をもって大丈夫だと思ったのか。

 俺をはるかにこえる身長、筋肉量、ひげ。どれをとても圧巻だ。

 俺は、はっきりと言いたくなる気持ちを抑えて、顔をそらした。


「俺、か弱い子じゃなくて、凛とした芯のある子が好きなんで」


 これで今度こそ諦めてくれ。

 そう願っていた。


「分かりました!」


 だけど俺の予想に反して、ジガーダさんは明るく頷くと、頭を下げて勢いよく去っていった。


 まるで嵐にあったかのような気分で、しばらく呆然としていた俺は、とりあえず今日のことは忘れようと思った。



 しかし、その対応が間違いだったと気づいたのは、次の告白があった時だ。


「黒騎士。私、あなたと支えあって生きたいです。お嫁さんにしてくれませんか?」


 そう言って俺の前にひざまずいたジガーダさんは、女騎士の格好をしていた。

 しかもご丁寧に、俺と対になるような白の甲冑。


 普通の男用だったら確実に似合いそうなのに、ものすごく惜しい。

 そう思ってしまうぐらいには、前回よりはマシではあった。


「ムリです」


 しかし、それは受け入れる理由にはならない。

 俺はまた、はっきりと断った。

 そうすると、ジガーダさんは傷ついた顔をして立ち上がる。


「今回は、どこが無理なんですか? 教えて下さい」


 そして前回と同じように、理由を尋ねてきた。


 それに対して俺は、


「凛としていても、癒しのある子がいいです」


 また顔をそらした。


「そうですか……出直します」


 ジガーダさんは俺の言葉を聞くと、肩を落としながら去っていった。

 その姿を見て、ものすごく心は痛む。

 だけど俺だって、受け入れるわけにはいかないのだ。絶対に。





 そんな感じで、今もなお告白は続いている。今日がその日だった。


 現実逃避を終えて、俺は今日はどう断ったら良いのかと考えた。

 ジガーダさんは俺の断りの文句を参考にして、毎回服装を変えてくる。そのせいで、だんだんとネタが無くなってきたのだ。


 さて、どうしたものか。

 考えに考えた俺は、ヤケクソで言った。


「俺、モフモフが良いから。獣耳とか最高」


 もはや性癖のいきに達している気がするが、仕方がない。

 俺は最近痛むようになった、腹を抑える。


「モフモフ、獣耳ですか」


 そんな俺を気にしつつも、ジガーダさんは考え込んでいる。

 そして、


「今日は帰りますっ」


 俺に突進してくると、押し付けるように何かを渡してきた。

 急なことに驚いている俺を見ずに、そのまま頬に手を当てて去っていく。

 その顔が、いつもより赤かったのが不思議だったけど、追いかけずに渡されたものを確認する。


 それは胃薬だった。

 しかも高価なもので、一般人はなかなか手を出せないもの。

 俺はそれを見つめて、ポツリと呟く。


「本当に、いい人なんだけどな」


 だからこそ、毎回告白を断るのが辛くなってくる。

 しかし、やり続けるしかない。

 異世界転生して、楽しい生活が待っているかと思ったら、とんだ災難だ。これからも続けるかと思うと、気が重い。


 色々と考えていると、腹の痛みがどんどん強くなってきたので、ありがたく俺はもらった胃薬を、さっそく飲んだ。

 さすが高いだけあって、効き目が早い。

 俺は良くなってきた腹を撫でて、その場を去った。



 その胃薬も、次回の告白でジガーダさんがつけてきた猫耳のせいで、全て飲み切ってしまったのだが。

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