アメリカ編

第219話 そして、渡米する


 実弾射撃ツアーで検索すると、いまでも多少はでてくるようですね。だだしそれはすべてオプショナル・ツアー。すなわち追加のツアーです。

 実弾射撃自体を目的として渡航するツアーは、今はないようです。


 ぼくが参加した実弾射撃ツアーは、今はもうないけど当時は有名だったモデルガン・ショップが企画したもので、海外旅行のついでに射撃するのではなく、射撃するために海外旅行するというツアーでした。


 ぼくはこのツアーに二回参加しているのですが、今回の旅行記ではこの二回に起きたエピソードを混同させて書きます。一回目に何した、二回目には何をしたでは回りくどいし、不正確ではありますが、そもそも記憶も怪しい。なので、昭和の時代のエピソードとして、思い出せる範囲内で、アメリカへの射撃ツアーを記そうと思います。



 たしか、出発は成田空港だったと思います。あのころは国際線はほどんどが成田でした。成田の北ウイングへ集合、関西方面から国内線でやってきた参加メンバーと合流し、初めて出会うメンバーと旅に出たのです。


 まずこれは、実弾射撃ツアーです。観光は二の次。そこにお金使うくらいなら、弾薬につぎ込みたい連中ばかり。

 基本が貧乏旅行です。しかも、集まってくるのはおかしな奴らばかりでした。

 株屋の人、コンピューター関係、ライダースの兄ちゃん、メル・ギブソンみたいな容姿の市役所の役人、小柄な陶芸家のおじいちゃん、警察オタクの三十代、拳銃に興味のないモデルガンショップの店員(この人が引率)。もう、みんな面白い人ばかりでした。


 たとえば、ライダースの兄ちゃん。ちょっと丸い体形の十九歳。彼は、メル・ギブソンの市役所員がタバコ吸おうとマッチを探していると、ジッポライターを出して火をつけてあげました。


「あれ、タバコ吸うんだ」

 彼は十九歳ですが。

「いいえ」

「じゃあ、なんでジッポ持ってるの?」

「アメリカといえば、ジッポとコルト・ガバメントじゃないですか」

 言っている意味がよく分かりません。


 というような変なメンバーで、夕方出発しました。向かうはアメリカ西海岸。サンフランシスコです。


 サンフランシスコまでのフライトは九時間。スチュワーデスのお姉さんに「ビーフorチキン?」と聞かれて機内食を食べて、到着したのはなんと深夜の一時過ぎ。すごい時間に到着するなぁとヘロヘロになっていたら、前に立ったスチュワーデスのお姉さんが乗客に言います。


「こちらは、時差がありますので、現在時刻は、朝の八時です。時計の調整をお願いします」


 まじか。深夜のはずなのに、朝! なにか過ごした時間をにゅーっと戻されて、ヨロヨロと飛行機を降り、あこがれのアメリカ合衆国に入国しました。

 そこで現地のガイド、タカハシさんと合流します。


 タカハシさんはサンフランシスコで日本人向けの射撃ツアーを長年営んでいるので、有名な人です。日本の雑誌にも顔が出ていたことがあります。背が低く、ハゲで、でも頑強な肉体をもった、性格の明るいおじさんでした。銃を撃ちなれた腕は、めちゃくちゃ太かった。


 早朝到着したぼくらはそこで、恐ろしいことを告げられます。

「ヒューストン行きの飛行機が六時間後に出発だからさ、それまで何してる?」

 寝たい、というのが正しい答えでしょう。が、みんなアメリカについて興奮しています。

 答えはこれでした。


「銃を触りたい」


 アホなツアー、アホな奴らだと思います。


 かくして、六時間後に飛行機で出発するというのに、一度タカハシさんの経営するガンショップへ全員で遊びに行きました。そこの倉庫には大量の銃器が保管されています。


 お店の、決して広くはないバックヤードにメンバーたちがひしめきあって、実銃をいじりたおします。


 保管されている銃は、古い物から新しい物まであり、拳銃、ショットガン、カービン銃、ライフル銃、ありとあらゆる銃器が揃っています。ただし、唯一。州法で禁止されているフルオート銃のみがありませんでした。


 アサルト・ライフルは、セミオートの物のみありました。

 すべて実銃です。というより、米国に玩具の銃はありません。玩具を持っていると、実物と勘違いされてかえって危険だからです。


 日本のモデルガンは、玩具なのであれこれ工夫してわざと重く作ってます。一方で実銃は必要な強度を維持しつつ、なんとか軽く作ろうとしています。


 実際に触る実銃の感触は、古い時代のモデルガンに比べると軽い感じがします。

 バランスの良さもあるのかも知れません。が、この当時日本で発売され始めたガスガンと比べるとどうでしょう。


 実は実銃は、現在発売されているガスガンと、見た目も重さも変わりありません。ガラスケースに飾られた実際の拳銃は、日本の店舗で販売されているガスガンとほぼ見分けがつきません。手に取っても重さが変わらない。それくらい、現在の日本のトイガンは出来がいいです。


 さて、ガンショップで一通り銃器をいじった一行は、ふたたび空港に舞い戻り、ヒューストンへ向けて飛行しました。


 が、ここでトラブル発生。荷物検査で、警察オタの人が止められてしまいました。

 彼がベルト・ポーチに装備していた「メイス」すなわち催涙ガスが引っ掛かったのです。

 機内持ち込みは駄目だといって、没収されました。ちなみに、日本の成田空港ではスルーされました。それが携帯武器の一種であることを、日本の検閲官は見落としたのですが、さすがはアメリカのオフィサー。鋭いです。国内線だというのに、危機意識が日本とは違います。


 と、ちょっとトラブりましたが、無事離陸。

 が、国内線なので、すぐに着くと思ったら大間違い。サンフランシスコからヒューストンまで、三時間から四時間かかったのではないでしょうか。


 もう、延々何もない地面の上を飛びづけるんです。気が狂うかと思いました。ずっと飛行機の中に缶詰状態です。これが新幹線なら降りずとも途中で駅に止まるので気が楽なのですが、このときの飛行はつらかった。アメリカという大陸の大きさを痛感しました。


 そして、ここでも機内食がでます。


 また「ビーフorチキン」と聞かれました。この何年かのち東京ディズニーランドへ行って食事したとき、おなじように「ビーフorチキン」と聞かれて嫌な思いしたことあります。


 やっとヒューストンにつき、ホテルに入りました。そのころには、すっかり夜になっていました。

 みんなでホテルのロビーでサンドイッチかなにか頼んで食事した記憶があります。なにを食べたかは全く思い出せません。もうへろへろで食欲がなかったからだと思います。


 が、警察オタの人は少し小腹が減ったらしく、「スパゲッティー」を頼んでしました。

 このころはまだ「パスタ」とは呼ばない時代でした。そして出てきたのが、洗面器みたいにでっかいさらに盛られた超巨大なスパゲッティーの山だったのを記憶しています。


 そう。海外旅行をした人が受ける洗礼の一つ。食事がデカくてびっくりする、ってやつです。


 そのころには、みんな結構話すようになっていて、ガタイのいい株屋さんとか、仕事の裏話をしてくれてました。


「仲間集めて、みんなでいっせいに株を買うんですよ。そうすると、他の人も慌てて買いだすから値段があがる。そのタイミングで売るんですよ」

 これは違法とされる行為、みたいです。詳しくは知りませんが。


 そのあと、警察オタの人がこの株屋さんをからかって、所持していた偽物の警察手帳を見せ、「すみません、さっきの話、詳しく教えていただけますか?」とかましたら、株屋さん、真っ青になっていたそうです。


 警察手帳はテレビで使われるステージ用の小道具を入手した物らしいですが、それで警官の振りすれば、これも違法です。


 さすが実弾射撃ツアー。変な人しかいません。


 今回の旅。実弾射撃の話は少しあとになります。






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