第217話 グァムの実弾射撃二日目


 翌日もぼくは、射撃ツアーへの参加を申し込み、チャモロ人のイケメンがホテルに迎えに来てくれました。

 青いシャツにデニムの短パン。短パンの後ろには銀色のリボルバーが差されています。


 今回ちがったのは、ぼくの他にも女子二人と大学生の男子四人がいたこと。送迎バンの中はけっこう混雑してました。


 射撃場に着き、みんなが降ります。ぼくは最後尾でした。すぐ前を歩いていた大学生のお兄さんが、ふざけてチャモロのイケメンが腰に差していた銃を奪い取り、「ホールド・アップ」とやりました。


 イケメンはちょっと困った顔で両手を上げ、大学生のお兄さんはすぐに銃を返したのですが、それオモチャじゃないから。実銃だから。


 大学生のお兄さんはちょっとしたおふざけのつもりだったのでしょうが、射撃レンジであの調子で、ふざけて変な方向に向けてトリガー引かれたらたまらんな、と心底思いました。


 海外の実弾射撃ツアーで、もっとも恐ろしいのは日本人観光客です。


 ぼくは2回目の射撃ツアーで、スーパー・ブラックホークを撃たせてもらいました。銀色のシングル・アクションです。シングル・アクションとは、西部劇に出てくるあの銃だと思ってください。西部劇に出てくるのはコルトですが、他社の銃もシングル・アクションはほぼ同じデザイン、同じ機構を持っています。


 フレーム右側にあるローディング・ゲートという蓋を開いて、そこから銃弾を一発ずつ込めます。弾倉は横にスイングアウトすることは出来ません。なので、横から一発ずつ、シリンダーを回しながら実包を装填していきます。


 ただし、ルガー・スーパーブラックホークは少し独特なシステムです。

 通常のシングルアクション・リボルバーは、ハンマーを半分起こすハーフコックという状態でシリンダーがフリーになるのですが、ブラックホークは装填蓋を開くだけで、シリンダーがフリーになります。


 ともあれ、でっかい44マグナム弾を一発ずつ込める儀式は、興奮します。全弾装填し、さらにずしりと重さを増した銀色のリボルバーを構えて、ぼくはペーパー・ターゲットに向けて射撃を開始しました。


 スミス&ウェッソンに比べて、グリップの根元が細くて、撃った時の反動を抑えるのが難しいです。トリガーを引くたびに手の中で暴れる荒馬を御しつつ、すべての弾丸を撃ち終えました。満足感しかなった。


 そのあと、射撃レンジでうろちょろしていた小さい男の子に、話しかけられました。


 彼はぼくが射撃しているときに、横からのぞき込んで、「10点!」とか英語で声をあげていた子です。


 10点とは、サークルの真ん中の輪のことです。ブルズアイ・ターゲットは同心円の輪がいくつか描かれ、その一番内側が10点。そしてのそのさらに内側にXというリングがあります。凄腕同士の競技では、全弾10点なんてこともあるので、その場合は何発Xリングに入ったかで、勝敗を決めます。


 さて、その男の子。ぼくが射撃を終えると、なにやら楽し気に話しかけ、そして強面のレンジマスターのところへ駆けて行き、何かねだっていました。


 強面のレンジマスターは、ウムとばかりに頷き、短銃身スナブノーズのリボルバーを取り出すと、そこに銃弾を一発だけ装填し、男の子に渡しました。


 彼は走ってきてぼくに「撃ってみろ」とその銃を渡します。リボルバーは小型ですが、マグナムです。装填されているのは、銀色の美しい357マグナム弾。


 へー、と思ってぼくは、ターゲットに向けてトリガーを引きました。


「っ!!」


 声もでなかったのを覚えています。突き刺さるような強烈な反動。鋭い爆発に弾かれて、手の中に小型拳銃が顔面に向かって飛んできました。あやうく額に突き刺さるところでした。それを渾身の力でなんとか抑え、その体勢でぼくは硬直し、しばらく息ができませんでした。

 それくらい、リコイルが強烈だったのです。


 銃が小さいというのもあります。が、それ以上に、その銃弾がのマグナムだったのが大きかったようです。


 これが本来のマグナム弾というものでした。

 357マグナムで、これです。ならば、そのひとクラス上のはずの44マグナムが、どうしてあんなにぬるい反動なのでしょうか?


 理由は簡単です。減装弾なのです。安全のために、火薬の量を減らしてあるのです。でも、値段は高い。舐めた話です。


 いっぽう45オートはどうでしょう。

 コルト・ガバメントは自動拳銃です。下手に減装弾にすると、反動が弱くて作動不良を起こします。だから、45ACP弾は、フルロード弾です。

 だから、あんなに反動が強いのです。


 ぼくはこのとき思いました。本物の44マグナムを撃ちたかったら、グァムではダメだ、と。


 そのあと待合室にいって、ターゲットの採点をしてもらいました。ぼくがブラックホークで撃った銃弾はほとんどが一応輪の中に入っていました。それを見て、チャモロのおばちゃんが褒めてくれました。「strong」という言葉を使ったのが印象的でした。


 射撃が上手いと、英語では「強い」と表現するのですね。


 また、ぼくのターゲットを見て、チャモロのイケメンは真剣な表情でうなずいていました。よっぽど成績が良かったようです。


 彼は英語で「ルガーは難しいので、普通はなかなか当たらない」みたいなことを言っていたようでした。


 あと、誤解されている方もいると思いますが、ここでいうルガーは、アメリカのスターム・ルガー社のことで、ドイツのゲオルグ・ルガー氏とは関係ありません。ルガーはふたつあるので、ご注意。


 帰り際、チャモロのイケメンは、所持しているIDカードを見せて、みんなにこんな話をしてくれました。そのカードは、アメリカ政府発行のもので、英語で何やら印刷されています。


「ぼくたちは政府から許可証をもらっていて、たとえば頭のおかしい日本人が来て、銃を乱射したりしたら、それを射殺していい許可をもらっているんだ」


 そんなようなことを英語で話してくれました。

 つまり、あのふざけて「フォールドアップ」とかやっていた大学生は、その場で射殺されても文句の言えない状況だったわけです。

 引き金を一ミリ引くだけで人が死ぬ。それが拳銃です。


 昔、友達の家に集まってゲームをしていたときの話です。


 ぼくともう一人がお気に入りのトイガンを見せあったことがあります。どちらもガスガンで、BB弾を発射するタイプのものです。


 ぼくの愛銃はWA社製のコルト45オート。フロンガスで、スライドがブローバックします。シングル・アクションのオートマチックです。


 対して、友達のブル君がもってきたのは、同じWA社製のブローバック式ガスガン、ベレッタ92F。こちらはダブル・アクション。


 ブル君は、サバゲが趣味のミリタリー・オタクでした。愛銃はM4だといっていました。すなわち、素人ではないです。


 にもかかわらずブル君は、ぼくのコルト・オートをいじっているうちに暴発させてしまいました。


 ガスガンは、フロンガスでBB弾を発射するトイガンですが、このときBB弾は入っていませんでした。

 が、ブローバック・タイプは、弾が入っていなくても、ガスが入っていれば、スライドは高速稼動します。


 ブル君は、誤ってトリガーに触れてしまい、スライドを稼動させてしまい、そこに指を挟んだのでした。

 正確には、親指と人差し指の間の皮ですね。


 これは実銃でもよくある怪我らしいです。後退するスライドがハンマーを起こすのですが、このときハンマーとフレームの間に手の皮が挟まれる事故。


 この事故でブル君は手の皮を切り、血が出てしまいました。この場合は、ただの怪我ですみましたが、これが実銃で、入っていたのが実弾だったら、人が死んでいた可能性もあります。


 ブル君は「シングル・アクションに慣れていないから」という言い訳をしていましたが、じつはオートマチック・ピストルのダブル・アクションは、シングル・アクションに比べて、安全です。暴発の危険が少ないのです。

 これは覚えておいた方がいいかもしれません。



 さて、話を実弾射撃にもどします。

 グァムで実弾射撃を経験したぼくは、一方で不満も覚えました。グァムでは火薬の量を減らされた、インチキな44マグナムしか撃てませんでした。


 単純計算ですが、銃弾のパワーは、9ミリすなわちベレッタを1とすると、45オートはその1.5倍。44マグナムは、そのさらに1.5倍の威力があります。

 ぼくが撃たせてもらった357マグナムは、45オートと44マグナムの間の威力になります。すなわち、本来の44マグナムは、あれ以上の反動がある銃弾なのです。


 ぼくは本物の44マグナムを撃ってみたい。それを撃つには、グァムではだめだ。アメリカに行かねば。


 そう考えるようになっていました。そして、ぼくは何年かのち、アメリカへの実弾射撃ツアーに申し込むのです。



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