第216話 グァムの実弾射撃一日目


 射撃場の待合室で簡単な説明を受けたぼくは、実弾の詰まったケースを渡され、屋外射撃ブースへ移動します。


 射撃ブースは、手前に射撃台という何人も横に並べるテーブルがあり、十メートル向こうにターゲットがずらりと並んでいます。弓道場やゴルフの屋外練習場とそんなに変わりません。違うのは射撃台というテーブルがあるだけ。


 ぼくは強面のレンジマスターに監視されながら、射撃台の上に並べられた拳銃に弾を込めます。レンジマスターは、あたりまえのように腰に短銃身のリボルバーを差していました。


 ぼくがオーダーしたセットは、44マグナムが撃てるデラックスなコースで、たしか45オートと38口径の軽い銃弾がついていたと思います。


 はっきり覚えてないのですが、おそらく初心者向けのコースとして38口径リボルバーが最初だろうと推測できるのですが、すみません、まったく覚えていません。


 ただ、初めて撃った実銃の感触は、想像通りでした。トリガーを引くと、バンっと撃発音とともに銃口が跳ね上がる。このころのぼくはすでに剣術をやっていて、ある程度の筋力はついていたので、とくに問題なく銃を撃てました。


 ただし、このとき気づくのですが、拳銃の弾は滅多に的の真ん中に当たりません。どんなに狙っても、10メートル離れたブルズアイ・ターゲットの輪の真ん中に当たることはありません。それどころか、下手すればターゲット用紙にすら当たらないことがあるくらいです。


 そして、いよいよつぎは、45口径。オートマチック・ピストルです。あの、スライドをガチャッて引いて撃つやつ。


 渡されたのは、コルト・ガバメント。昭和のころの米軍正式採用拳銃。

 45口径とは、0.45インチの口径のことです。11.5ミリ口径です。

 太めで短くて、ころんとした銃弾を、クラシックなコルト45オートの銃把から抜き出したマガジンにひとつひとつ詰めていきます。スプリングが強いので、指が痛くなります。


 自動拳銃のマガジン・スプリングやスライド・スプリングは、想像するよりも堅いです。発射の衝撃で跳ね上がっている状態でも、きちんと次弾を薬室に装填するためには、強い力で弾丸を上に押し上げておく必要があるため、すべてのスプリングが強いんです。バネが弱いと、作動不良を起こすからです。


 というような理由から、7発装填できるマガジンに、7発装填するのは至難の業だった気がします。やってやれなくはないけれど、どうでしたでしょうか? あまりやらなかった記憶があります。


 ともあれ、銃弾の詰まった重っいマガジンを、コルト・ガバメントのグリップに装填し、オートマチック・ピストルのあの儀式に移行します。そう、あの、スライドを引くという儀式へ。


 これ、すげー力が要ります。テレビの刑事ドラマでは、俳優たちが簡単に引いている自動拳銃のスライドですが、実銃のスライドはバカっ堅いです。


 理由は簡単。

 日本で発売されているスライド可動のトイガンは、モデルガンなら火薬、ガスガンならフロンガスの力でスライドを稼動させ、ハンマーをコックさせます。スライドもハンマーも、スプリングを弱くして作動不良を防いでいます。


 が、実銃は、ハンマー・スプリングが弱いと不発がおき、スライド・スプリングが弱いと銃が破損して、最悪スライドが外れて飛んできて顔面直撃なんて事故も起きます。


 また、不発も怖い。不発ならいいんです。が、遅発。すなわち1秒くらいして撃発されたりしたら、危なくて仕方ない。このときに、「あれ、どうしたのかな?」なんて銃口覗き込んだりしてたら、残念ながらあなたは即死でしょう。


 という理由から、スライドを必死に引いて、初弾装填。そこでやっとターゲットに向けてトリガーを引きます。


 バン!

 正直びびるほどの衝撃でした。


 強烈な衝撃とともに銃が蹴り上げられ、跳ね上がります。手の中で暴れて、撥ね飛ばされないようにするのがやっと。鼻を衝く強烈な火薬の匂い。花火くさいという表現が一番しっくりきます。

 跳ね上がった銃をおさえた状態で、しばらく固まってしまいました。


 反動も凄いんですが、銃声も凄いんです。

 イアプロテクターをしているため、あまり感じません。ただし、生耳で撃つと、一発で耳鳴りがきます。大口径の場合は屋外でも来ます。

 そして、不思議なことですが、たまに後ろに跳んだ薬莢の、ちゃりんという音はなぜか聞こえることがあるんですよね。


 あと、細かい知識ですが、射撃レンジに信号がある場合、赤で射撃です。青は撃ってはいけません。


 聞いた話では、昭和の頃、ヤクザたちが射撃練習に来て、みんなして青で連射するもんだから迷惑したそうです。

 知り合いの、渡米した日本人が、米人たちに「おまえ、日本語できるんだから、あいつらに注意してこい」と言われて、すげー困ったという笑い話を聞いたことがあります。

 われながら、話の引き出しが多いですね。



 さて、話を実弾射撃にもどします。

 つぎは、いよいよ憧れの44マグナム。この銃弾を撃てるということは、クリント・イーストウッド=ダーティー・ハリー世代のぼくとっては、夢の実現です。


 当時44マグナムは、世界最強の拳銃弾でした。


 いまは、454マグナムや500マグナムなんかが出てしまってますが、このころは44マグナムといえば、走ってくる車を止められたり(そんなことはありません)、迂闊に撃つと後ろに倒れたり(そんなこともありません)、素人が撃ったら両肩を脱臼したり(んなわけあるか)するという強烈な銃弾であると信じられていました。


 使用する銃は、スミス&ウェッソンM629。ダーティー・ハリー刑事が使用していたM29のステンレス・バージョンです。ステンレス、すなわち銀色の銃で、スミス&ウェッソンでは、モデルナンバーの上に6をつけますね。


 もう、銃からして大型です。マグナム弾も、単三乾電池のように大きい。ミツバチに対するスズメバチくらいの迫力がある銃と銃弾です。


 でっかいシリンダーをスイング・アウトして、ぶっといマグナム弾を薬室にすぽりすぽりと装填し、回転式シリンダーを銃に戻します。


 昭和の刑事ドラマでは、スイング・アウトした回転式シリンダーを、銃を振って戻すアクションが多用されましたが、実銃ではしてはいけません。


 銃が傷むし、なんといっても、回転式シリンダーは正しい位置にカチッと嵌まってないと、ノッチがかかってなくて銃が撃てないことがあります。

 きちんと嵌めて、カチッと回しとかないとなりません。銃は丁寧に扱わないと、作動不良を起こします。そして、その作動不良が重大な事故を招くこともあるんです。


 ということで、いよいよ44マグナムの実射です。

 大型のハンマーをコックし、ターゲットに向けてトリガーに指をかけます。


 しっかりと銃をホールドし、強烈なリコイルに耐えられるよう体勢を整え、トリガーを引き絞る……。


 ぼん!

 気の抜けたような爆圧で、銃が浮き上がりました。


「ん!?」

 一瞬ぼくは固まります。え? これ?


 なんなんでしょう? すごく、リコイルがマイルドです。ずどんと銃口は跳ね上がるのですが、跳ね上がるのですが……。


 なんでしょう? 想像していたのと違います。マグナムって、こんなもんなの?


 何発も撃ちます。たしかに強烈なリコイルです。が、これなら45オートの方が反動は強かった気がします。44マグナムは、銃が大型で重いから、それだけリコイルがぬるいのでしょうか?


 これに関しては、期待外れでした。と、同時に、44マグナムはこんなんもなの?という疑問まで湧いてしまいました。


 ともあれ、ぼくの初めての実弾射撃は終了しました。

 待合室にもどり、そこに飾ってある拳銃を眺めたのです。


 ケースに収まって飾られていたその拳銃は、銀色のマグナム。シングル・アクションのクラシックなデザインのそれは、ルガー・スーパーブラックホーク44マグナム。


 あの少年ジャンプの人気漫画『ドーベルマン刑事』の主人公加納刑事が使用している銃ではありませんか。


 作中で加納刑事が使うブラックホークは、シリンダーをスイングアウトしたり、ハーフコックがあったりと、実銃とは違う、すなわちきちんと調べていない大ウソがいっぱいある銃でしたが、それでも十分格好良かった。

 昭和の当時は日本では人気の銃で、モデルガンも多数のメーカーから発売されていました。

 ぼくはそのとき初めて、ブラックホークの実物を見ました。いや、実物はすべてここで初めて見たのですが。


 そして、その射撃レンジの人に訊ねました。この銃は撃てないのか?と。


 答えはイエス。おーっと思いました。


 ぼくは、明日も来るから、この銃を撃たせてくれと頼みました。係りのおばちゃんは、こころよくOKしてくれました。結果としてグァムに旅行に行ったぼくは、2日続けて射撃ツアーに行くことになりました。


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