第208話 旧作『エンジェル・ジェネレーション』について


 正直あまり話したくないのですが。


 昔の話になります。

 ぼくが小説を書き始めたのは、中学生のころだと思います。記憶が曖昧ですので、ここから少し端折ります。


 第1作目がバトル物。2作目がスペース・オペラで『宇宙海賊キャプテン・モーモー』の元ネタ。これはたしか、徳間書店の編集部に持ち込んでます。

 とくに売れはしなかったのですが、次に書いた中編を持っていったとき、2作目を見てくれた編集者の方が喰いつくように原稿を開いてくれたのが嬉しかった記憶があります。

 ああ、2作目が面白かったのだなと感じました。


 当時は小説を原稿用紙にシャーペンで手書きしていました。パソコンはもちろんワープロすらなかった時代ですから、キーボードで小説を書くという選択肢はそもそもなかったんです。


 そして、3作目の長編を書くのが23歳くらいの頃でしょうか。たぶん本屋でバイトしていたころだと思います。それが『エンジェル・ジェネレーション』です。


 どこかに投稿しようと思って書いた長編ではないんです。

 当時、読んで衝撃を受けたロバート・ラドラムの『暗殺者』という小説がありまして、その文体を真似しようと、習作として書いたのが『エンジェル・ジェネレーション』です。

 つまり、練習のために書いたのです。

 そのため、ラドラム風の自由間接話法で書かれています。これは、一人称と三人称が混じる書き方です。



 タイトルは、あとでもっといいのを考えようとして仮に決めたのですが、あとからは修正できませんでした。そこは少し後悔しています。


 アイディアは単純。天使が出てくる小説を書こうと思ったんです。バトルものにしたいから、敵を考え出しました。天使の敵としてヴァンパイアを選びました。天使とヴァンパイアが戦う。しかもボクシングで。

 それが、『エンジェル・ジェネレーション』です。



 キャラクターを決め、だいたいのあらすじを考えて、話を作り始めました。

 このときは、映画『インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説』を参考に、「返しのついた矢尻型」のプロット構成にしました。キャラクター数も真似て、男二人女一人の三人チームにしています。



 あのころはノートにシャーペンで細かい場面と、そこで話されるセリフを書くスタイルでした。すなわち、細かくシーンを決めて、それをもとに小説本文を書くやり方です。


 ノートに物語を細かく書いている時です。後半のクライマックスあたりでしたかね。

 なにか話が自分の中で盛り上がっているのを感じたんです。そして、そのまま本分に取り掛かりました。


 昔の話なので、記憶があやふやですが、書き始めたどこかの段階で、キャラクターが勝手に動き出しました。文章は勝手に紡がれていきます。ノートになかったいくつもの設定がその場で生まれていきます。


 まるで、何者かがぼくの代わりに小説を書き、ぼく自身はその世界の中の住人であり、キャラクターたちとともにその物語を共有しているような不思議な感覚に囚われました。

 物語がぐるぐる回り、勝手に紡がれていくんです。まるで自分の書いている小説が生きているようでした。物語との一体感が半端なかったです。


 そして、本編を書き上げたとき、もの凄い喪失感に襲われました。

 書いている最中のオーバードライブからくる、強烈なバックファイアでした。


 ぼくはそののち、『エンジェル・ジェネレーション』を書いたときに味わった恍惚的ともいえる物語との一体感を求めて、いくつもの小説を書くのですが、二度とあの不思議な現象は起こりませんでした。



 が、『エンジェル・ジェネレーション』を書き上げた直後のぼくは、そんなことは知りもしません。つぎに書けばまた、あのときの状態が生まれると信じていました。

 そして、次回作を書き、自分ではうまく書けたと思い、書き上げた感想として、「こんなもんかな」と思いました。

 そして、それっきりでした。




 これは三十五年前の話であるので、ぼくの書き手の人生はそのあとも長々と続きます。

 が、ここで話を『エンジェル・ジェネレーション』にもどしましょう。



 自分で最高の一体感をもって書き上げた三作目の長編『エンジェル・ジェネレーション』。

 ただしこれは投稿されることはありませんでした。

 長いからです。


 原稿用紙にして、800枚近く。文字数換算32万文字。これを受け付けてくれる公募はありません。


 また、当時のぼくは公募ではなく、出版社持ち込みという活動を行っていました。

 ぼくは、『エンジェル・ジェネレーション』の次に書いた長編、「こんなもんかな」の長編をある出版社に持ち込みました。いまはもうない出版社ですね。

 そして、きちんと感想をもらいました。



 感想は、ひとことに要約すると「いまひとつ」ということでした。

 当時のぼくとしては、「こんなもんかな」の作品も『エンジェル・ジェネレーション』も変わらないものだと思ってました。ただ単に『エンジェル・ジェネレーション』は出来が良く、「こんなもんかな」の作品はそれに少しだけ及ばないだけだと思っていたんです。



 そこで、ぼくは試しに、出来の良かった『エンジェル・ジェネレーション』を持ち込みました。自分では出来が良いと思っていた作品ですが、他人が読んでそう感じるかは分かりません。長い作品ですが、読んでもらうことにしました。


 細かい経緯はすっ飛ばします。

 結論として、『エンジェル・ジェネレーション』は文庫で出版という企画が通っていました。ただし、やはり長い、と。


 さらにこうも言われました。

「うちの出版社を背負って立ってもらいたい」と。

 評価してくれるのはありがたいのですが、これはぼくにとってはプレッシャーでしかありませんでした。ぼくの本当の実力は、最初に持ち込んだ「いまひとつ」「こんなもんかな」の原稿レベルなんです。



 ついてくれた若い編集の人は、上下巻の出版で押せるという意見でしたが、ぼくは新たに短く書き直すと返答しました。


 理由は簡単。『エンジェル・ジェネレーション』は運良く上手に書けた小説で、あれをもう一度やれといわれても難しかったからです。

 運ではなく、自分の本当の実力で書いてOKを貰いたかった。そうでなければ、一作だけ出版されたとしても、そのあとぼくはプロの作家としてやっていくことは出来ない。

 そして、頑張ってリニューアルした作品を、その編集部に持ってきました。



 解答はこうでした。

「どうしてこうなっちゃったのかな?」


 つまり、相当出来が悪かったようです。

 が、それがぼくの本来の実力でした。



 ぼくは『エンジェル・ジェネレーション』を書き直すことが出来ず、というより、あのクオリティーで次の作品を書くことが出来ず、その企画は流れます。

 あそこで本を出してプロ作家になるという選択肢もあったのでしょうが、絶対に無理だと分かっていました。そして、もしあのとき作家としてデビューしていれば、そのあと地獄を見たことも間違いありません。



 もっとも、当時も今も、一冊だけ本を出版してそれで消えていってしまう作家というのは多数存在ました。

 人は得てして、小説を書き始めた早い段階で、名作が書けてしまうものだと、しばらくして気づきました。




 というような経緯で出版はされなかった原稿ですが、そのあともほくは何のかんので小説を書き続けました。

 もう一度『エンジェル・ジェネレーション』を書いたときの小説との一体感を得たいと切望したことと、今度は運ではなく、自分自身の力で面白い小説を書きたいという意志からです。




 ざっくり語ると、『エンジェル・ジェネレーション』とはそういう小説です。ぼくにとっては黒歴史です。



 1年くらいまえでしょうか。

 知り合いに、「『エンジェル・ジェネレーション』を読みたいから、カクヨムで公開しろ」と頼まれましたが、ぼくは断りました。



「いやだ! たぶんあの小説は、ぼくがカクヨムで書いたどの小説よりも面白いと思うから」



 正直な気持ちです。

 ぼくは『エンジェル・ジェネレーション』以降、いろいろな創作論を勉強し、いろいろな作品を書き、経験値を積み、実力をつけ、技術を身につけてきました。

 今見ると、『エンジェル・ジェネレーション』は稚拙で、下手で、古臭い物語です。



 ちょっとこっ恥ずかしいですが、この35年前に書いた黒歴史ともいうべき長編を、今回のカクコンで公開しようと思います。


 といっても、手元にあるのはワープロ印字の原稿のみ。手打ちでパソコンに入力するのは大変です。


 そこで、スマホで撮影して、グーグルレンズで読み込み、グーグルドライブへ貼りつける。それをテキストデータとしして。ワープロソフトで校正して、綺麗にデータ化する。


 グーグルレンズで読み込んだテキストには、エラーが多数あります。読点が消えていたり、文字の間に半角スペースが大量に挟まれていたり。

 これらを直して保存する。その繰り返しです。

 ただし、内容に関しては一切いじっていません。



 いまその作業の真っ最中です。読み取りと校正を同時にやっているので、正直いまだ総文字数が不明です。すなわち、何話が完結するのかも分かりません。が、完結は保証します。すでにそれは35年前に書き終えた物語ですので。





 ……ところがです。



 いま校正中なんで、とうぜん頭から原稿を読んでいるわけなんですよ。

 さすが習作。展開が遅いです。だって、文体の練習のために書いているんだから、急ぐ必要ないもん。


 こんな遅い展開で、カクコン読者様、途中で飽きたりしないだろうか?と心配しつつ、久しぶりに読み返してました。単語が時代を感じさせます(笑)。携帯電話もパソコンも存在しない時代です。

 しかも、読点少なっ。たぶん、わざと読点を打たない運動をしていたのに加え、エラーで消えている部分もあるようです。


 そして、読み進めるうちに、……唐突に物語に引き込まれたんです。まるでずるっと深みに嵌まるように。


 ぞくりとしました。

 展開なのか、はたまた描写なのか会話なのか。まるで理解できません。


 ぼくはいままで何本も小説を書いてきたし、読んできたし、カクヨムではレビューも書いてきた。にもかかわらず、まったく理解も説明もできない理由で、ぼくはこの物語に引きずり込まれました。なにがどうなっているのかも分かりません。しかもこれ、自分で書いた小説です。


 正直、自信をなくしました。

 面白いとか上手いとかなら、いいんです。理由がまったく分からないから、焦っています。



 これあれですね。

 レースゲームのタイムアタックで、過去の自分のゴーストカーを追いかけて、とくにミスしてないのにぐいっぐいっと引き離されるアレです。


 どうしても過去の自分を超えられない。しかも、なにがどうして、ぐいぐい引き離されるのか理解できない。

 そんなときはもう、過去の自分のゴーストを必死こいて追いかけるしかないです。それをやらないと、絶対に追いつくことはできないから。


 そういった意味で、ぼく自身『エンジェル・ジェネレーション』と向き合ういい機会なのかもれしないです。



 今年のカクコンは、12月1日の正午スタートです。

 ぼくは1日遅れて、12月2日の朝から連載を始めようと思ってます。








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