第173話 大河ドラマの思い出①
少しまえに、見てもいない大河ドラマの歴史考証に口出しした雲江斬太です。
じつは大河ドラマはほとんど見ていません。あれらって、そんなに面白いかなぁ?というのが本音です。
が、見たら面白いかもと思って何作かは視聴しました。最初に観たのは、『武蔵 MUSASHI』です。『新選組!』かと思って年代調べたら、『武蔵』が先でした。
以下すべて、当時の記憶を頼りに書きます。間違い勘違いがある可能性が否定できませんが、ご了承ください。
まず、大河ドラマの『武蔵』。当時人気だったマンガ『バガボンド』に影響されたとしか思えないタイミングで製作が発表されました。主演は、市川海老蔵さん。当時は名前がちがいました。
企画自体は良かったと思います。
で、ご存じの方もそうでない方もいると思うんですが、大河ドラマの『武蔵』も『バガボンド』も、その他ほとんどの宮本武蔵の物語が、吉川英治の小説『宮本武蔵』を原作としています。
この吉川英治版『宮本武蔵』が書かれた経緯に関しては、こちらにちょこっと書いてあります。興味のある方はどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885823647/episodes/1177354054885964366
ちなみにぼくは吉川英治の『宮本武蔵』は読んだことがありません。
で、この小説『宮本武蔵』。あたりまえですが、かなり史実にないことがたくさん書かれているようです。
まず、お通さんは架空の人物です。本位田又八もです。さらに、近年資料のどこを探しても登場しないことから、佐々木小次郎も架空の人物ではないかと言われています。
小次郎に関しては、古い物語では冨田勢源の弟子であるとされていますが、近年では歳が合わないという理由で鐘巻自斎の弟子にされています。勢源も自斎も実在の人物です。
が、佐々木小次郎に関しては、どこのどんな資料をひっくり返しても、それらしい人物が出てこないらしいため、実在が疑われています。
つまり、細川家が武蔵を倒すために仕立て上げたエージェントでは?とか。このあたりは歴史のミステリーですね。
また、江戸時代の芝居では、武蔵と小次郎の決闘は、当時流行りの仇討ものとされ、武蔵は少年、小次郎は老人として描かれています。
近年の時代劇では、長身の美青年というキャラが固定されてますけどね。
そして、主人公の宮本武蔵すなわち新免武蔵守玄信は、新免無二斎という武芸者の息子です。タケゾウと呼ばれていたかどうかは分かりません。
ということで、小説『宮本武蔵』をベースに作られた大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』は、史実とかなり違うということは覚えておいてください。
で、この大河『武蔵』、第一話で早速やらかしました。
物語の冒頭。原作にないエピソード。
西田敏行さん扮する武芸者の指揮のもと、武蔵と又八が村に襲い来る夜盗を撃退する場面です。
西田武芸者が、強い兵士を集めるためにオーディションを開くんです。その審査方法がこれ。
『小屋の中に入れといって、入って来たところを戸口の影から棒で殴りつける』
これ、ご存じの方も多いと思いますが、映画『七人の侍』にほぼ同じシーンがあります。まんまパクってました。そこは間違いないです。
で、これを観た黒澤プロがクレームをつけ、盗作であると主張。NHKのお偉いさんが黒澤プロに謝罪にいくも、けっきょく訴訟になりました。
ちなみに、映画『七人の侍』には、いくつか実在の剣豪のエピソードが使われています。
ここで実在の剣豪、鹿島新当流の
ひとつは、卜伝の弟子が道を歩いていたら、繋いであった馬が後足を蹴り上げ、その弟子が素早い身のこなしでそれを躱したという話。
それを見ていた村人たちは、さすが卜伝先生のお弟子さんだと称賛するのですが、その話を聞いた卜伝は不機嫌な顔をしたのです。
じゃあ、卜伝先生ならどうするか?ということで、弟子たちは卜伝の歩く先に、足癖の悪い馬をわざと繋いでおきました。
卜伝先生はどうしたでしょう?
稀代の剣客塚原卜伝は、馬の背後を、大きく迂回して歩きました。
もうひとつは、これ。
卜伝は、三人の息子の内、だれに家を継がせるか決めるため、座敷に三人を順番に呼びます。そのさい、入口の襖の天井近くに、一輪の花を挟んでおきます。
長男は、襖を開けるや否や、落ちてきた花を一刀のもとに両断しました。
次男は、襖をあけ、落ちてきた花を見、それが花だと気づくと、刀を抜かずに納めました。
三男は、襖を開ける前に、そこに挟まった花をとりのぞき、そののち入室しました。
卜伝は三男に家を継がせました。
いずれも史実かどうかは不明です。が、卜伝の伝説として語られている内容です。
あと、『燃えよドラゴン』の冒頭で使われた、「戦わずして勝つ方法」も、塚原卜伝のエピソードですね。長くなるので書きませんが。
このふたつのエピソードをもとに、オリジナル要素を入れて黒澤監督が作ったエピソードが、『七人の侍』のなかで、腕の立つ侍を選ぶためのオーディション。
小屋の中に入れといって、影から棒で殴るというもの。
これ、迂闊に小屋の中に入ってしまったらその時点で失格なんです。
事前に危険を察知して、危うきに近寄らない。そういう者こそ、真の侍であるという考えです。
で、この侍オーディションの場面を、大河『武蔵』で映画『七人の侍』からパクりました。が、もともとは黒澤監督の完全オリジナルではなく、塚原卜伝のエピソードからかなりの部分想を得ています。
そこを盗作だ訴訟だと騒ぐのは、どうなのか?とも思いますが、パクったのも事実。
ちょっとした騒ぎになりました。
ちなみに、剣豪のエピソードとして伝えられる中には、胡散臭いものもあります。
囲炉裏で寛ぐ卜伝に、若き日の武蔵が木刀で切りつけたら、卜伝が火にかかっていた鍋の蓋でうけたという通称「鍋蓋試合」。これは完全な嘘だと言われています。
理由は、卜伝が死んでから武蔵が生まれているからです。
話をもどしましょう。
で、この大河『武蔵』。
そもそもが『バガボンド』人気にのって作ったからか、なんかあまり面白くなかったです。
お通さん役は、米倉涼子さん。本位田又八は堤真一さん。佐々木小次郎は松岡昌宏さんが演じられてました。
お通さんが米倉涼子さん?と思う方もいるでしょうが、『バガボンド』のお通さんを観ると、なんとなく分かります。
一方、良かったのは、柳生石舟斎役の藤田まことさん。
ドラマの中で、極めて貴重な柳生新陰流の無刀取りを披露しています。当時はまだ、新陰流の極意は「真剣白刃取り」と誤解されていた時代。津本陽さんの小説『柳生兵庫之介』で初めて解説された実際の「無刀取り」を一円の構えからきちんと再現してくれました。
これ、めちゃくちゃ貴重映像です。
さすがに無刀取りは演武されないですからね。
ただ、ドラマとしてはオリジナル要素が多く、父親の無二斎役でビートたけしさん出演とか、なんか受け狙いな演出があったりして、ドラマとして面白くない印象が強かったです。
しかも後半。
今度は小泉今日子さん演じる吉野太夫の半裸のシーンがあって、これが今度は京都の島原からクレーム。またやらかしました。
吉野大夫は知的水準の高い女性で、そんなはしたない女ではないということです。
まあ、大河ドラマで半裸というのもどうかと思うけど、フィクションなんだからクレームつけるのもどうか、とも思います。
また中盤。吉岡一門との決闘。その三回目。
吉岡一門の包囲を突破するため、武蔵は事前に、あちこちに何本もの刀を隠しておいて、逃げながら刀を替えつつ敵中を突破するシーンがあります。
あれはなかなか格好良かったです。もっとも、その刀、何本もあるけど総額いくらだ? 武蔵ってそんな金持ち?とも思っちゃいますが。
で、この大河『武蔵』。
佐々木小次郎との決闘は、ちゃんと巌流島で撮影されます。たしかそうだったと思う。
そして、このドラマ、なんと巌流島のあとも描かれます。原作にはないけど。
なんか、観ていて、そんなに面白くなかったんですが、いろいろと場外乱闘があって楽しい大河ドラマでした。
が、どうしても、過去の他の『武蔵』ドラマと比べてしまうのは、仕方ないことかなぁ?
ぼくの中で名作として今でも心に残っている『宮本武蔵』のドラマは、水曜時代劇でやっていたやつ。これもNHKです。
主演は役所広司さん。当時ほぼ無名の若手。ただし、奥さんとカレーのCMには出てました。
小次郎役は、中康次さん。『五星戦隊ダイレンジャー』の道士・
お通さん役は古手川祐子さん。当時としてはベストではないでしょうか。
本位田又八役は、奥田瑛二さん。当時はすごい人気だったけど、ぼくには良さはまったく分からなかった人です。
柳生石舟斎役は、なんと水戸黄門も演じた西村晃さん。つーか、『子連れ狼』で柳生列堂もしてましたよね。
沢庵和尚には津川雅彦さん。こちらも良かった。
内容も面白かった記憶があります。
鎖鎌の使い手の宍戸梅軒との真剣勝負では、梅軒の鎖鎌を侮りがたしとみた武蔵が、二刀を抜く演出とか格好良かった。
で、この『宮本武蔵』にも、侍オーディションの場面が出てくるんです。
武蔵の仕官を渋る細川家の人間に対して、おなじ細川家臣の長岡佐渡(田村高廣さん)が、「武蔵がどれほどの武芸者かお見せする」と宣言する場面です。
部屋に呼んだ武蔵を、襖の影に隠れて刀(木刀だったかもしれません)を構えて、入った来たところを切りつけ、武蔵の腕を見せてやろうとするのです。
が、武蔵は長岡佐渡の思っていたのとは全然ちがう襖をあけて、入ってきます。
虚を突かれた長岡佐渡に、武蔵はいたずらっぽく笑います。(演ずるは役所広司さんね)
そして、なんといっても秀逸なのが最終回。
NHKのドラマなんで、夜八時に始まり、八時四十五分に終わります。それは最終回も同じ。とくにスペシャルとかはなかったんです。
ちなみにNHKなので、時刻は字幕で画面の端にずっと表示されてます。
小次郎との試合を約束し、最終回はその試合、すなわち巌流島での決闘シーン。
ちなみに、巌流とは佐々木小次郎のことなので、当時は巌流島とはいわず船島と言われていました。が、分かりにくいんで巌流島で押し通します。
最終回の冒頭から、身支度を整え、巌流島の海岸で床几に腰かけ腕組みして待つ小次郎。気合十分です。
が、一方武蔵は、いままでお世話になった人々にあいさつに回ります。まさに最終回に相応しい展開。その間も小次郎は海岸に座って腕組みして待ってます。
そのあとも続く、武蔵のあいさつ回り。これが、長い。延々待たされている小次郎。この武蔵のあいさつ回り、八時三十五分を過ぎても終わりません。
あれ? 最終回は次週かな?と心配になる時間配分。
それでもさらに続く武蔵のあいさつ回り。時刻は八時三十七分。もう番組終了まで八分を切ってます。
そして、その辺りでやっと船に乗る武蔵。
試合の刻限は早朝のはず。今やすっかり日が昇っている。番組終了まで、あと五分!
延々待たされて焦れている小次郎。視聴しているこっちは、番組終了時間が気になる気になる。これ、時間内に終わるの!?
丹古母鬼馬二(記憶では)さんが漕ぐ船の中で、櫂を脇差で削る武蔵。え、今から?
そしてやっと、小次郎の待つ海岸に漕ぎつけます。
ただし、砂浜ではなく、かなり深い場所。武蔵は海に下りて胸まで浸かりながら、岸に近づきます。その時刻、八時四十二分。いや、四十三分だったかな?
思わず床几から立ち上がり、抜き身を手に叫んだ小次郎の一言は、視聴者の心を代弁してました。
「遅いぞ、武蔵!」
臆したか、武蔵だったかもしれません。
が、海から上がってくる武蔵。背後から日が差し、その光が波面に反射してその姿は完全なるシルエット。
激高する小次郎と、影となり無となった武蔵の対比が素晴らしいです。
またもうひとつ。武蔵がこの時刻まで巌流島に向かわなかった理由。太陽の光を背負い、小次郎の視覚を奪う戦略です。ただし、視聴者への説明はありません。
小次郎がまぶしそうに目をすがめるだけ。
そして、波間に立つ武蔵のひとこと。(役所広司さんの静かな声を想像してください)
「小次郎、敗れたり」
「なにを!」
怒る小次郎に、完全シルエットの武蔵が告げます。
「勝たんとする者、なにゆえ鞘を捨てる」
海面からの反射光に目を焼かれながら、はっとみた波間に漂うのは、小次郎の投げ捨てた鞘。
カッとなり走り出す小次郎を迎え撃つように、手にした棍棒を振りかざし、跳躍する武蔵。斬り上げた小次郎の刃と武蔵の棍棒が交錯し、武蔵の鉢巻がはらりと落ちます。
そして、どうと砂浜に倒れる小次郎。
まさかの戦闘時間一秒以下。
武蔵は小次郎の息がまだあり、生きていることを確認すると、あるいは助かるかもしれないと判断し、とどめを刺さずに去ります。
武蔵がこの時刻を選んだもうひとつの理由。それは引き潮が始まるタイミングなんです。
丹古母さんの漕ぐ船は、引き潮にのって素早く沖に漕ぎだし、細川家の船の追撃を振り切って遠く海の彼方へと逃げて行きます。
そして、ナレーション。原作小説の通り。
「……けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水の深さを」
かーん! その瞬間番組終了。
そして、表示される<終>の文字。時刻は八時四十五分。呆然とテレビの前で立ち尽くすぼく。
いやー、素晴らしかった。本当に面白かったです。役所広司さんの武蔵も格好良かったし。
たぶん、あれ以上の宮本武蔵のドラマはもう作られないんじゃないでしょうか。
その記憶もあって、大河ドラマの『武蔵 MUSASHI』はぼくの中では評価が低いです。
このあと、『新選組!』とか『龍馬伝』とか語ろうと思ったんですが、長くなったんでこの次にします。が、一番語ることの多かった『武蔵』を最初にしちゃったので、続きがあるかは未定ということで。
本日は長文におつきあい、ありがとうございました。
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