第123話 『エースをねらえ!』を語れ!


 みなさん、『エースをねらえ!』をご存知でしょうか? 若い方は知らないかもしれないですね。伝説のテニスの漫画です。ですがこれ、かーなーり、面白いんです。



 この『エースをねらえ!』。もともとは山本鈴美香さんのコミックで、1973年から連載され、それが同年アニメ化されるも低視聴率で打ち切りになりました。

 そして、『エースをねらえ!』の伝説は本放送ではなく、おそらく1976年から1977年の近辺で、夕方に再放送されてから始まります。

 再放送。そして大ブレーク。高視聴率を(再放送がである)マークし、1978年に『新・エースをねらえ!』として再アニメ化されます。


 そののち1979年に映画化され、本編の総集編とコーチこと宗方仁の死が描かれています。


 のちに、OVA化された『エースをねらえ!2』で宗方仁の死後の物語が描かれていて、他に『ファイナル・ステージ』というオリジナル・ストーリーがあるらしいんですが、これはさすがに知らないです。



 そして2004年に上戸彩さん主演で実写ドラマが放映されてます。


 これが大体の流れです。


 通常、『エースをねらえ!』というと、一番最初のアニメを指します。なにしろこのアニメが、異様に出来が良かったからです。


 秀逸な脚本。ストップモーションを使った独特の演出。そしてなによりも、セル画と背景の両方が素晴らしい。たぶん絵的センスが秀逸なのでしょう。また、原作から少し逸脱した脚本も神がかっていました。



 内容はこう。


 テニスの名門西高に入学した新入生の岡ひろみは、超高校級のテニスプレイヤー竜崎麗香ことお蝶夫人に憧れてテニス部に入部する。

 が、突然赴任してきたクールな鬼コーチ宗方仁によってレギュラーに抜擢されてしまい、先輩方から睨まれ、さらに初心者であるにも関わらず名門テニス部の選手として試合に出ることになってしまう。そして、鬼コーチ・宗方仁より厳しい特訓を受けることになるのだ。




 当時としては、もう絵にかいたようなスポコンものでした。ちなみにスポコンとは「スポーツ根性」ものの略です。

 とにかく特訓特訓また特訓で、岡ひろみが受ける特訓は、『巨人の星』の星飛雄馬を凌ぐ凄さでした。


 そして、その努力がやがて実り、岡ひろみは徐々に力をつけてゆく……というのが、アニメ『エースをねらえ!』のざっくりとしたストーリーです。


 夕方の再放送でブレークし、ちょっとしたブームを呼んだ『エースをねらえ!』は空前のテニスブームを呼び起こします。そして、『エースをねらえ!』は再アニメ化され、『新・エースをねらえ!』として放映開始。ゴールデンタイムに放映され、高い視聴率を記録した、と思います。数値は知らないけど。


 が、この『新・エースをねらえ!』。内容は最初のアニメ化とまったく同じ。微妙な違いはありますが、アニメ番組としての質はかなり落ちるものでした。


 また、その流れで、アニメ映画が作られ、こちらは原作にないオリジナル・ストーリー。そのせいかどうか。現在は理由不明の視聴不能であります。テレビ・アニメ版は、練習試合で岡ひろみがお蝶夫人に勝つところで終わってまして、宗方コーチの死までは描かれていません。

 映画ではその死が描かれ、コーチの残したメモにたったひとこと。


「岡、エースをねらえ」


 と、したためられているのが印象的でした。



 が、その後、オリジナル・ビデオ・アニメなどで続編が描かれるのですが、『三国志』で劉備、関羽、張飛が死んでしまってからの話がつまらないように、宗方コーチのいない『エースをねらえ!』はやはり精彩を欠き、人気を博すことはなかったと思います。


 とにかく、『エースをねらえ!』は、一番最初のアニメが一番出来が良かったのです。






 ところがです。


 ぼくは大人になってからふと、『エースをねらえ!』の原作漫画を読んでみたのです。最初はブックオフでの立ち読みでした。時間が余っていたので、軽い気持ちで、へー原作かと読み始めました。


 そして、愕然とするのです。




 話は同じです。ストーリーラインも、ほぼアニメ通り。ただし細かい演出は結構ちがいます。まず、テレビ・アニメ第一作の尾崎先輩は角刈りなんですが、二作目では長髪のイケメン。なんじゃそりゃと思ったのですが、なんとこれは原作通り。出来の悪い二作目の尾崎先輩が、原作通りなのでした。


 また、実写ドラマも、放映当時はなんか違うと感じていたのですが、これも案外原作通り。一番原作から逸脱しているのが、第一作目のアニメ作品でした。

 それ以降の作品は、結局、内容で第一作目に勝てないため、原作通りに逃げたという印象です。

 もっとも、映像化は原作からあまり逸脱しないのがよろしいんですが……。



 ところが、この原作。

 コミックの『エースをねらえ!』は、これは、もう、破格の作品だったんです。ぼくは自分が『エースをねらえ!』というものを全く知らなかったことに驚きました。



 原作『エースをねらえ!』は、往年の名選手福田雅之助の「庭球訓」にある「この一球、絶対無二の一球なり。よって、心して打つべし」の言葉が何度も出てきます。


 本作は、無名のテニス・プレイヤーが、鬼コーチの特訓で実力をつけてゆくスポーツ・エンターテインメントなどではなかったのです。


 日本にテニスを根付かせようと、命をかけて努力した人間たちを描いた壮大なドラマだったのである。



 当然、アニメでは語られなかった宗方コーチの物語もきちんと描かれています。


 愛人の子として生まれ、父に対する激しい憎悪をもって成長した宗方仁は、大学でテニスに出会いその魅力に取りつかれます。ゆくゆくは世界で活躍するプレイヤーになると期待された彼ですが、そのときすでに宗方仁は死病に取りつかれていたのです。

 彼は自分の人生を激しく後悔しました。

 なぜ自分は限りある命を、父を恨むなどというつまらないことに消費してしまったのか? なぜもっと早くにテニスに出会い、それにすべてを賭けることができなかったのか……と。


 そして、その自分の果たせなかった夢をたくすべき才能を見出すために、彼は、テニスの名門校にコーチとして赴任してきたのです。おのれの命を託すべき、そして日本のテニス界を牽引するプレイヤーを見出すために。



 原作の後半、やがて命が燃え尽きようとする宗方仁は、この自分の人生における後悔と、そしてやっとみつけた希望の光がお前であることを、岡ひろみに語ります。


 そして最後にふっと笑ってこう付け加えます。


「……という話を、お前にできて良かった」




 テレビのバラエティーに、元テニス・プレイヤーの松岡修造さんが出たとき、こんな話を語っていました。


「世界大会の休憩時間に、ぼくは『エースをねらえ!』のコミックを読んでテンション上げてましたよ!」


 この話を聞いたとき、ぼくは修造バカだな、と思いました。世界大会の合間に漫画読んでるんですから。


 ですが、『エースをねらえ!』を全巻読んだあとのぼくの印象は、まったく逆です。

 いやこれ、ほんとテニスの世界大会の休憩時間に読んでテンション上げるようなコミックなんです。



 そしてこの松岡修造さんのエピソード。


 どんなアニメ化よりも実写化よりも、『エースをねらえ!』というコミックを正確に表現していました。


 まさに、そんな原作なんです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る