第96話 もっとも影響を受けた本 後編
書き手としてもっとも影響を受けた本。後編です。
読んで面白かった本はいくらでもあるのですが、書き手として影響を受けた本となると、二冊に絞れます。一冊目が『暗殺者』。そして二冊目が、これ。
ベン・ボーヴァ著 『SF作法覚書』(1985年初版)
これはSF作家であり、SF誌の編集者である作者が書いた、SFを書くための指南書なんですが、「SF」というよりも、「小説」の書き方をわかりやすく、基本から解説した本です。ぼくの小説の書き方は、ほぼこの本から学んだものでした。
本書は、小説を「
また、冒頭にはこんな一コマ漫画がついていました。
宇宙からの侵略者が、ホワイトハウスの上空にメッセージを浮かべ、上院議員が不安そうにしている。そして隣で秘書官が彼を宥めているのですが。
宇宙からのメッセージはこう。
「コウフクヒロ。オマイタチニカチメワナイ」
そのメッセージを見上げた秘書官がこういう。
「心配ありませんよ、上院議員閣下。連中はたしかに外宇宙から来たものかもしれませんが、アホです」
この一コマ漫画にたいする作者の解説はこうである。
「このように、つまらない誤字脱字で、売れる作品がおじゃんになることは多い」
本作は、小説の作法を、素人にも分かりやすく、基本的なことから丁寧に解説してします。当時のぼくにとっては、まさに目からウロコが落ちるような内容でした。
本作は、とにかく名文が多い。
「たとえ世界がまっぷたつに割れる危機に瀕していようと、ヒーローが心配していないようでは、だれが心配するであろう? それが読者でないことだけは確かだ」(登場人物編より)
「新しく発見された惑星で、一か月も続く砂嵐に巻き込まれた探検隊を描こうとするなら、その砂嵐が絶対に三十日間少しもやまないようにした方がいい」(背景編より)
「たとえば、『ロミオとジュリエット』を例にとると、モンタギュー家とキャピュレット家同士の仲がよく、愛し合う二人の結婚になんの反対もなかったとすれば、この作品がどんな凡作になったかを想像してみるといい」(対立編より)
「物語が動くのは、主人公(および読者)が新しい発見をしたときのみである。それ以外はすべて時間つぶしでしかない」(プロット編より)
さて、この本で特筆すべきは、キャラクター、設定、プロットというみなさんおなじみの小説の要素にはもちろん触れているのですが、さらにもうひとつ、一章まるまる裂いて、「
文中の解説によると、「対立のない小説は肉抜きの食事と同じだ。対立がなければ、小説は成立しない」とまで言っています。
が、ぼくが今まで読んだ小説解説本やシナリオ作成法では、この対立に触れたものがひとつもありませんでした。ちょっと不思議です。
前編で書きました『暗殺者』の文体と後編で書いた『SF作法覚書』から学んだ「対立」を意識して書いたのが、『AG』でした。そこにビギナーズ・ラックが重なり、当時としてはかなり出来のいいものが書け、編集者から高い評価を受けるのですが、それは過去の話として置いておきましょう。
つまり、書き手としてのぼくのアイデンティティーは、この辺りにあるということですね。
ぼくは長らく、この「キャラクター」「背景」「対立」「プロット」という四本の柱で小説を書いてきましたが、近年になってやっとここから卒業し、現在は「キャラクター」「設定」「プロット」の三本を柱とし、それぞれに「対立」を仕組むことで物語をつくるように意識しています。
たとえば、「キャラクター」と「設定」のあいだの「対立」とか、「設定」と「プロット」のあいだの「対立」です。ちなみに「キャラクター」同士の対立は、『SF作法覚書』にきちんと解説されていて、そればかりでなく、重要なのは「主人公」の内面の「対立」であるとも書かれていました。
さて、前編、後編と、いわばぼくの書き手としてのルーツみたいな話をしてきたのですが、これには理由があります。
一時期小説が上手く書けなくなり、ただしアイディアばかりはあったあの当時、書こうとして書けず、積み上がったアイディア・ノート。その中で特に、プロットの大工事をして三回くらい違う話になって最後には訳わからなくなって結局断念したのが『オカルト・モード』という作品でした。
この『オカルト・モード』はなんとかカクヨムで形にすることが出来たのですが、他にも埋没していた作品があります。
それが次に書く予定の『ピーチとワン』の物語です。それを根幹から作り変えてなんとか、「実弾」として使える作品に書き上げようとしています。
そして、ここまで書いてやっと、なぜワンが「記憶を失った暗殺者」という設定であるかが、分かっていただけると思うのです。
前編後編と書いた長い文章にて、すこし自分の過去を語った感じでしたね。
ただ、今になってやっと、昔のアイディアを形にすることができる力がついてきたかな?とは、思っているんです。
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