第63話 Q、鍔迫り合いって、何時やめるの? A、鍔迫り合いはやってはいけません


 綾束乙さんの、「鍔迫り合いって、どのタイミングで離れるの?」という質問に対する、剣術側からの解答です。


 日本の剣術で、鍔迫り合いを多用するのは、念流、一刀流などですね。ただし、鍔と鍔が当たるほど近い場所まで入るのは危険であると教えています。なぜなら、それは、柔術の間合い、素手の格闘の領域だからです。

 剣術使いはあくまで、刀の間合いで勝負をつけるべき。相手の手の届く間合いまで入りこむことは、危険です。近すぎて相手を斬れないし、相手がもし柔術家だったら、一瞬で勝負が決められてしまうからです。



 ですので、テレビの時代劇でよく見る、鍔迫り合いして相手と顔つき合わせて睨み合うシチュエーションは、フィクションだと言わざるを得ないでしょう。

 あの間合いで剣は振れません(出来なくはないけど)。有効な攻撃は、頭突き、蹴り、唾を相手の目に吹く、などでしょう。


 基本、剣術は彼我のあいだに二本の刀剣が存在し、それが絡み合った状態で攻防します。そこからさらに接近してしまうと、剣の攻防とは別の領域に入ります。が、剣戟でこのシチュエーションが皆無かというと、案外あります。しかし、この鍔が触れ合う間合いでの攻防は、「競り合う」ような硬直したものではなく、一瞬の身の開き、体の切れによる回避、身を沈める抜け技などで行われるため、世間一般での鍔迫り合いとはイメージがちがうのではないでしょうか。


 押さねばならんのですが、押したその瞬間ひっくり返させるかもしれないという、極めて緊迫した状態でしょう。



 では、シチュエーションごとの鍔迫り合い、ただし時代劇でお目にかかるような鍔迫り合いの攻防を見ていきましょう。


➀ 刃と刃が絡む。


 超危険な状態です。どこでどちらの刃が回って、どっちの首を斬るか分かりません。良識のある剣術家なら絶対避けたい状態です。

 たとえるなら、刃の上に鉄球をのせた状態。そのままであるはずがありません。絶対に右か左のどちらかに落ちる。刃の上で鉄球が止まっているということはあり得ないのです。いつ、どっちが斬られるか分からない、そんな状態です。


 もちろんこの状態でも攻防の技術はありますが、相手が柔術家だったら、刀を捨てた相手にいきなり襟をとられて……。


 近い間合いの攻防では、刀を捨ててしまったほうが有利なこともあります。剣術の小太刀の技には、わざと相手の大刀を捨てさせないものが多いくらいです。ここは刀の間合いではないのです。



② 鍔と鍔が絡む。


 これは単純です。鍔が「下」の方が勝ちます。

 鍔をひっかけて相手を下から持ち上げ、浮かせることができるからです。

 絡んだ瞬間いきます。考えたり躊躇したりしていると、鍔なんて厚さ五ミリくらいなんで、上下を入れかえられてしまいます。

 相手を浮かせてすっ飛ばす。強いて言うなら、これが鍔迫り合いでお互い離れるタイミングです。ただし、相手が「浮き身」をつかえるレベルであれば、すっ飛ばしても体勢は崩してくれません。有利不利はほぼない、リセットの状態です。


➂ 柄と柄が絡む。


 刀を持った右手と左手のあいだの柄の部分をお互い交差させて押し合います。もう相撲の領域です。ちなみに、押し合う絡み方は、柄中のみです。こちらの柄中がもし相手の右拳を押せば、相手の負けはほぼ確定です。左拳は、ちょっと微妙かな。外されたり、刀が動かせたりするし。


 柄で拳を押されると超痛いです。骨折もあるかもしれません。また、こちらの両腕VS相手の片腕となって極めて有利です。よって、通常は柄中と柄中で押し合います。


 ここからは相撲です。この状態で使える剣の技はありません。正確には、柔術や合気道でつかう崩す技術しか使えません。剣術では、「小太刀」で間を詰めてこの状態にもっていくことがおおいですね。

 ここから離れるシチュエーションは、ちょっと思いつきません。小説上、2人の間になにか暗黙の了解があって、飛び退るということはあるかもしれませんが、先に飛ぶ方が絶対不利、斬られる危険がかなり高いです。



 ということで、私見ではありますが、鍔迫り合いの攻防でした。もちろん、ぼくの知らない返し技もあると思います。


 ですが、剣士同士の戦いで、鍔迫り合い→離れて→ふたたび斬り合いということは、すこし考えにくいです。競技としての「竹刀剣道」なら、ルールや審判の都合上あり得るかもしれませんが、通常なら、鍔迫り合い→組打ちか、鍔迫り合い→すっ飛ばす、という流れで、鍔迫り合い→離れる、というのは、とにかく離れる方が危ない。


 となると、シチュエーションとしては、鍔迫り合い→すっ飛ばす→相手、体勢を崩さず着地、の一択となるのではないかな?と思います。


 でもまあ、小説なら別に、押し合いへし合いして、2人に会話させてもいいのではないでしょうか?



 二人の刃が絡み合い、顔と顔が触れ合うほどの鍔迫り合いに移行する。

夫「おまえ、どうして俺の隠しておいたケーキを食った!」

妻「いつまでも食べないから、いらないと思ったのよ」

 ぱっと離れ際、夫の刃が風を斬る。

夫「楽しみにとっておいたんだよっ!」

 身を翻した妻は、さっと片手で剣を突き出す。

妻「さっさと食べないと、腐るでしょ!」


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