幕間

 名前、毒島毒郎ぶすじまとくろう。背格好はよくいる中肉中背。顔はブサイク寄りの普通。

 経歴は大学中退のフリーター30代。借金多額の多重債務者。連絡のつく親族親友なし。

 契約内容とか最後まで読まずに闇金から金を借りたら首も回らなくなっちまった。

 それが俺の簡単な紹介。

 そして今日、そこに強盗犯人として逮捕という経歴が加わった。


 魔が差したって言ったら言い訳にしかならないが、頼れる親族もいなくなって人生お先真っ暗になったから、もう何も考えられなくなったのだ。

 手持ちの資金もほとんど無し、貯金ももちろん無し。残っているのは自殺用に持っていたナイフのみ。

 そこに現金の詰まったカバンを運ぶ、どこかの重役っぽいおっさんが目の前を通ったら奪うに決まってる。

 俺はそうした。誰だってそうするに違いない。


 今の俺は最後に少女を人質に取った場所にほど近い留置所に勾留されている。

 部屋は普通相部屋のようだったが、今は人数の関係で実質一人部屋なのは気楽でいい。

 その分 何もすることが無くて暇で仕方ないのと、いまだズキズキする金的のダメージを意識せざるを得ないのが辛い所だ。


「くそっ、あのあま……。もし今度出会ったら仕返ししてやる……」


 金的ダメージの原因となった少女。

 自分が人質に取った相手で、傍から見ればタダの自業自得と言われるかもしれないが俺には関係ない。あの女が大人しく人質になってれば無事逃げられたかもしれないのだ。

 悪いのは全部大人しくしてなかったあの女の方。

 考えるてみると、あの時襲いかかってきたコウモリもムカつくが、既に頭の中で何度も踏み潰して無かった事にしたので問題はない。


 ゆえに、ここを出る事になっても少女とまた出会える保証など無いが、想像の中だけでもと他人には見せられないような事を少女に行う妄想にふけって溜飲を下げる事にした。

 今、やれる事がほとんど無いのだからしょうがない。

 俺は何も悪くない。俺が生きにくい世界が悪いのだから。


 そうやって時間を潰していれば、もうそろそろ昼食の時間になる頃合い。

 量はともかく飯には困らないのが ここの良いところだなと思いつつ、想像の内容を次の食事についてに切り替える。今日の昼飯は何になるやら。追加で何か頼めるらしかったけど、今度金がそんなかからなさそうなら頼んでみるか。


「ここにいるらしいのですが、さて……ああ、いたいた。

 こんにちは、突然ですがちょっと失礼しますよ」


 いきなり怪しい人物が独房にやってきたのだ。

 そいつはシルクハットにダークスーツを着込んだ黒づくめのでかい男で、何より異様なのは今時見ないペストマスクで顔を隠してるって所だ。手にはステッキっぽい黒い木の杖を持っているが、紳士的な仮想か何かか。

 ハロウィンにはまだ早い筈だが。


 さらに奇妙なのは、こいつが突然現れたように見えた事なのだが、それは俺が見逃したのだと思う。

 人が突然現れるなんてあるわけがないか。手品やメルヘンじゃないんだから。


 なんにせよ、こんな怪しい奴が警察関係者ではないだろう。ここの監視員とかはいったい何をやっているのか。

 そう思って、怪しい奴がいると大声を上げようとしたところ、そいつは手でそれを制してきた。

 しかもどこからか鍵を取り出して、独房の扉を開けて中にまで入ってくる始末。


「まぁまぁ、そう慌てずに……。私、こういうものですので」


 そう言って、怪しい男が両手で差し出してきたものは怪しい名刺。

 よく読んでみれば『悪魔 ビフロンス TEL:0X0−XXXX−XXXX』と書かれていた。


「おーい、ここに怪しい奴が……」

「ちょーっとお待ちを!いきなりそれは早計ですよ! 実は貴方に良い話を持ってきましてね」


 早計と言われても、悪魔だなんて自称する奴が怪しくないわけがないだろう。

 だから俺の判断が非難される覚えはない。

 だが、良い話っていうのは興味が無いわけでもない。

 いったいどんな話なのか内心わくわくしながら先を促してみる。


「ま……そこまで言うなら聞いてやる。面白そうなら乗ってやるよ」


 暇だし、聞くだけならタダだし、暇だし。

 俺が聞く体勢になると、そいつはあからさまにホッとしたような身振り手振り。

 ペストマスクで表情は全く見えないが、分かりやすい奴で面白そうだと思う。


「それは良かった。で、良い話というのは……端的に言えば この場所から貴方を出してあげよう、と言う話なのですよ」

「この場所から出す、ってマジで?!」


 それが本当なら、こんな拘束時間の長い空間からようやく解放されるという事。

 正直、面倒な取り調べやら待機時間やらが苦痛でたまらなかったのだ。

 暇潰す方法も少ないし、取り調べの受け答えも面倒だし。

 それらに比べれば、目の前の奴が怪しすぎる事なんて屁でもない。


「はい、私にお任せしていただければすぐにでも。その代わり私の仕事を少し手伝ってもらう事になりますがよろしいですか?」

「そいつはいいや、するぜするする! ――って言いたいところなんだけどな。

 実は俺、ここから出ても借金で首が回んないんだよねぇ」


 目の前の自称悪魔がどうして俺に声をかけたのか、それは全く分からない。

 だが、ここはたかるチャンスと見て、悪魔に向けて右手の親指と人差し指で輪っかを作ってちらつかせる。

 報酬の金額はどれくらいだと伝えるためにだ。

 出た後も生活できなきゃ元の木阿弥だろうしな。


 それを見た悪魔は納得したように一つ頷いた。


「ああ、借金ですか。それもご心配なく。

 仕事を手伝っていただけるなら、その借金も気にする事も無くなるでしょう。更に言うなら、これからお金自体も気にする心配もなくなるかと」


 よし、言質は取った。俺の借金総額を聞かずに頷いたのが運の尽きだぜ、自称悪魔さんよぉ。

 これでまた自由な生活が俺を待ってるぜってな。

 口ぶりからして報酬もたんまり期待できそうだし、良い事づくめだ。


「よぉし、言ったな? 後からやっぱりなしとかやめてくれよ。

 その代わり、ちゃんと叶えてくれるんなら何でもやってやるからよ」

「おぉ、何でもやるとは本当ですかな?つまり……自分の全てを差し出してもいいと、そういう事で?」

「ま、まぁ、そうだな」


 と言っても、差し出せるような物は何も残っちゃいないが。

 没収された財布になけなしの金と身分証明証があるくらいか。


「それは素晴らしい!いやいや、やりやすくて助かりますな。

 もちろん、悪魔は契約を守りますのでご安心を。今までの自分をリセットする気分でいてくださればよろしいかと」


 よしよし、これは結構な好条件っぽいな。

 今の俺は借金まみれ、捕まってバイトも首だろうしニート、借り家を追い出されてるだろうしホームレスの三重苦。そんな俺の人生をリセットできるなんて旨い話もあるもんだ。

 さっきからこうして会話しても監視してるであろう警察関係者が全く来ないのも、きっと賄賂か何かを通したに違いない。

 目の前の人物はよほどの変わり者な金持ちのようだ。


「ところでよ……俺はどんな仕事をすればいいんだよ」


 肝心な所はそこである。何でもするつもりではあるが、できれば楽な仕事のほうが嬉しいが。

 そもそも目の前の人物はどんな仕事をしているのか。自称悪魔とは言うが。


「ああ、貴方に手伝って欲しい仕事はですね。とある少女に関することなんですよ。

 貴方が昨日人質に取った少女……覚えてませんかね?」


 悪魔の言葉に股間の痛みがぶり返したのを感じた。思わず手を伸ばしかけるがそこは我慢。

 その代わり、顔が見えない自分でも分かるほど苦虫を噛んだような表情をしていたと思う。


「覚えてるさ!くそっ、あの女……! 忘れるもんかよ! 絶対ぎゃふんと言わせてやる!」


 目の前の人物とあの女にどんな関係があるかも知らぬまま、怒声を吐き捨てる。

 それだけまだ心の底に鬱憤が溜まっているのだ。

 股間の息子の恨みは大きい。


「いいですねぇ。目的との縁や執着があるほど、私の眷属としては仕事しやすいのです。

 本当なら家族がいれば一番でしたが見かけませんでしたし」

「ん?なんか言ったのか?」

「いえ、こちらの事ですので気にせずに」


 何か悪魔がブツブツ言っていたが、気にするなって言うなら気にしない事にした。

 まぁ、俺があの女に恨みを抱いてる事に特に何も言われてないし問題もなさそうだな。


「なあ、その女どうするか分からないけどさ。俺も恨みがあるわけよ。

 だからさ……ちょいと仕返ししたいんだけど、どうよ? 大丈夫?」


 俺としては当然の権利を主張したまでだが、一応相手は雇い主になる人物だ。その辺は伺っておかないと後でトラブルになっても困る。

 しばらく、自称悪魔はペストマスクの下部を片手で撫でるようにして数秒考えているように見えた。そして。


「ええ、構いませんよ。とはいえ、できるかは確約できませんので、できれば……という事になりますが」

「いや、構わねえって。十分だよ」


 これで仕返しできる口実も許可も得た。あとはあの女に出会ったら行動に移すだけ。

 まだ女に何をするかまでは聞いてないけどな。


「さて、肝心の仕事内容ですが、今のところは……死なせずに私の所へ連れてくる。邪魔者がいれば排除する……くらいですかね。これでよろしければ”契約”いたしましょう」

「OKOK。分かったから、とっとと始めようぜ」


 依頼内容を聞く限り、俺の目的にも合致できるし問題ない。捕まえた後、引き渡す前に少年誌じゃ言えないあんな事やこんな事もやっても構わないよな。

 頭の中で皮算用の妄想を展開しながら、自称悪魔の言葉に気軽に頷く。

 断る理由はない。なにせ成功すれば借金の心配もなくなるんだから。


「では……」


 自称悪魔が姿勢を正す。その瞬間、周りの空気がピリピリとし始めたような妙な緊張感を感じた。

 気付けば、俺はへたれ込むように腰を抜かしていて、俺と自称悪魔を囲むように魔法陣のようなものが展開されている。

 

「な、な、な、なんだこれ?! おっさん! あんた、何者だよ!」

「悪魔……と既に名刺を渡しているはずなんですがね。

 では、改めて名乗りましょう。私の名は悪魔ビフロンス。

 貴方に契約を持ちかけよう。契約と仕事の内容は先程話した通り。

 契約は私の仕事を手伝う事。代償は貴方の全てを差し出す事。よろしいですな?」

「お、おう!そうだ!」


 悪魔だという話が本当ならば普通の人間はたじろぐかもしれないが、俺はもう後戻りできないほど人生追い詰められてるんだ。

 差し出せる物なんてたかが知れてるし、それでこの先人生バラ色ならなんだってやってやるさ。


「よろしい。それでは代償の徴収をもって契約の完了とする」


 ビフロンスのその言葉と同時、周りから感じた妙なプレッシャーは治まっていく。魔法陣はまだ残ったままではあるが。

 気付けば顔中滝のような冷や汗をかいていたが、それを服の袖で拭いながら目の前のペストマスクの悪魔を見上げた。


「これで契約っていうのは終わりか……?それじゃあ早くここから出してくれよ」


 これで俺の自由が確約されたなら、早く外に出てそれを謳歌したいのだ。


「いえ、これから最後の締めがありますので。

 ああ、すぐに済みますよ。そこでじっと座っていてください」


 最後の締め。代償の徴収と言っていたが、結局何を差し出すのだろうか。

 俺が持っている物なんて、それこそ あとはありはしないのに。

 

 不思議に思いながら座り込んで待っていれば、ビフロンスと名乗った悪魔は手に持った杖を不意に横へと一閃。


「実は私、死霊術も嗜んでおりましてね。約束は守りますよ。

 私の眷属として、お金など世俗とは無縁の道具として使わせていただきますので」


 最期に俺が感じたのは首をぐるりと回すような衝撃に、ボキリと首の骨が盛大に折れた音。

 その日、人間 毒島毒郎は死んだ。


* * *


『午後の緊急ニュースです。

 昨日、強盗致傷罪で逮捕され勾留されていた毒島毒郎容疑者が脱走したと警察から発表がありました。

 詳しい情報はまだ入っておりませんが、他にも警察官や勾留中だった別の容疑者も何人か行方不明になっており、関連性があるものとして捜査をする方針との事です。

 また、脱走の手引きをした怪しい人物が入っていった監視カメラの映像はあるようですが、どうやって脱走したのか確認がとれないという情報もあるようです。

 お近くにお住まいの方は戸締りをしっかりして警戒を怠らないようにしてください。繰り返します……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る