第4話 乱入者の多い夜
私の死にたくないという思いから出た助けを求める声に応えて現れたように見える目の前の少女。
真っ先に目に入ったのは、燃えるような赤い髪。
少しウェーブのかかった髪は肩の辺りで綺麗に切り揃えられており、肩と背中を露出させた真紅のドレスと相まって眩しいほど白い肌を強調しているようにも思える。
そして、その左手には私を薙いで殺そうとしたビフロンスの杖先が握られていた。
「無事か?」
「あ……は、はい。お陰様でなんとか無事です」
「そうか。ならいい」
目の前の出来事の全てを理解は出来ていないけれども、少女は私を助けてくれたとみて間違いない。
急に前を向いたままの少女から声をかけられて驚いてしまったけれど、なんとか無事な事は伝えておく。
この少女がどんな存在かわからないので一応敬語で。
無事なら今はそれでいいとでも言うように淡々とした受け答えなのは、現状色々な情報が錯綜している私には助かったり。
「あ、貴女は……なぜこんな所に?!同じ“魔人”の行動も自身に害がなければ基本的に静観する貴女が!」
「ならば、答えは明白だな?貴様のとった行動が我にとっての害だった。それだけの事であろう?」
ずっと余裕の態度を取っていたビフロンスが狼狽させる少女。
それほどの力量を彼女は持っているのだろうか。というか同じまじん……悪魔みたいなもの?
私を殺す事が、彼女への害になるって所も まだ分からないけれども。
やおらビフロンスは握っていた杖に火を灯し、燃え広がって炎となって杖伝いに少女へと襲いかかる。
ビフロンスの手を離れた炎の杖はそのままなら彼女へと燃え伝わり灰へと還すのだろう。
水でもなければ私ならば一瞬で燃やし尽くされたであろうことは想像に難くないのだけれど。
「小細工だな、おい」
少女は奪い取った杖を空中に放り出すように左手から離す。
そして、邪魔な羽虫を払うように右手で打ち払えば、杖は砕け散り、炎によって燃え尽きて床につく前に塵と化した。
ビフロンスの方も大人しくしていたわけではない。
少女が杖に対処している間に身を低くしながら少女の方へと飛びかかっていた。
彼に触れれば杖のように燃やされるのは先ほどまでのやり取りから明白。
二人の体格差は歴然であるがゆえに押さえ込まれればやられてしまうだろう。そう思っていた。
「ふんっ」
なんと少女は腕を振った勢いのまま膝丈のフレアスカート部分を翻し、飛び込んでくるビフロンスを回し蹴りで迎撃する。
飛び込んできた悪魔の側頭部に突き刺さる少女の踵。
何かがひしゃげるような音と共に無理やり真横へと吹き飛ばされるビフロンス。
きりもみしながら家具をも巻き込んで部屋の隅へと叩き込まれた彼は、ビクビクと全身を痙攣させながらも幽鬼のようにゆっくりと立ち上がる。
家具やら内装やらが巻き込まれて、私が部外者なら買い集めた家具がー敷金がーなんて嘆いていたかもしれないけれど、どうにかするのが絶望的だったビフロンスを軽くあしらう少女に対して今はすごいって感想しか出ないほど目の前の光景に圧倒されていた。
「さて、我が貴様に2つ選択肢を用意してやろう」
少女は、ふらつきながら自分の曲がった首を無理矢理戻しているビフロンスに向けて、人差し指と中指を立てながら酷薄な笑みを浮かべている。
「1つ。このままドブネズミの如く無様に逃げおおせるか。
2つ。このまま無駄な抵抗を続けて最終的に我に“霊核”を叩き潰されるか。
好きな方を選ぶと良い。我は貴様の選択を待つ程度には寛大だぞ?」
放たれたのは自身の優位を信じて疑わない絶対的強者としての言葉。
並の相手なら、何もかも放り出して逃げ帰りそう。そう思えるほどの気迫を少女の後ろにいる私でさえ感じていた。
当のビフロンスはというとスーツの各所の汚れを手で払いながら熟考するように沈黙。
どんな答えが返ってくるのか、私は固唾を飲んで二人のやり取りに注視する。
「そうですね……。どうにも貴女を相手にしながら私の目的を果たすには相当骨を折ることになりそうだ」
「――ほう?なら、どうする」
再度問われたビフロンスが、ちらりと私の方にマスク越しの視線を送ってきたような気がした。
それを遮るように少女が私の前にすぐ陣取ったけれども。
「ここはひとまず退く事としましょう。――時間切れでもあるようですしね。
それではお嬢さん、また会う日まで」
そう言って黒づくめの悪魔は被っていたシルクハットを脱ぎ、その帽子を持った手を自身の胸に当てて一礼をする。そして。
「ビフロンスが消えてく……?」
どのような仕組みだろうか。ビフロンスは一礼の姿勢のまま、徐々に徐々に その色を薄くしていった。そうして最終的には、まるで最初からいなかったかのようにどこにも見えなくなってしまう。
これもあの悪魔の能力か何かだろうか。
思わずきょろきょろしてビフロンスのいた痕跡を探してみたが、あるのは部屋中に残された二人の戦いの爪痕のみである。
「“
優雅に消えていったように見せて、全速力で逃げていったようだが」
かくりよ……?と聞き慣れない単語に首を傾げながら少女を見れば、少女の方は舌打ち一つしながらも悪魔の事には興味は失せたと言うように今度は腕組みをして私の方へと向き直っていた。
「さて、改めて聞くが怪我はないな」
「それは大丈夫ですけど……そのー、どちら様で?」
あいにくと、悪魔と呼べるほどの存在を圧倒できるような知り合いに心当たりはない。
なんで助けてくれたの?とも思うが、この少女に対して見覚えもないので、それも全く見当がつかなかったのだ。
「そうさな……。まずは何から話すべきか」
私の質問に少女は少し考えるように自分の顎へと手を当てる。
改めて真正面から少女を見ると、顔の造形は整っていて結構綺麗だと思う。黙っていれば、名工が作った人形の美しいというか、もし道端ですれ違ったら絶対住む世界が違うと思えるくらいに一般人の私とは雰囲気が違う気ような気さえする。
先ほどの戦闘を見る限り別の意味で住む世界が違うようにも思えるけど、それはさておくとしとこう。
あと、口調や声も古風と粗野な雰囲気が入り混じったもので、少々外見とはギャップがある気がしないでもない。
「実は――」
と、ようやく考えがまとまったのか少女が口を開いて何か言いかけたその時、玄関の扉が蹴破られて何者かが台所の方へと転がり込んできた。
(敷金ー!)
ピンチが去った後に来た何かによって家へのダメージ倍率ドン、さらに倍である。これ、大家さんとかにはどう言い訳するべきなんだろうか。いっそ頭を抱えながら不貞寝してしまいたい。
こんな風に先の事が考えられるようになったのは、やはりビフロンスを撤退させたからだろう。だからと言って今の事態を歓迎する気は毛頭無いけれども。
ともあれ、侵入してきた相手の方へと目を凝らして見てみれば、今度も一人。
身長は私と同じぐらいだけれど、全体的に黒や茶でまとまった防塵マスクや防刃防弾っぽい仕様のベストや衣服で固めており、手にはリボルバータイプの拳銃を構えて私達の方へと向けている。
「その子から離れろ、撃つぞ!」
(あれ……?意外と若そう?)
声はマスク越しにくぐもってよく聞こえなかったけれど、思ったよりも入ってきた相手は若そうな気がしないでもない。そして男の声でもある。
離れろ、という事はどちらかの味方?とも思ったのだけれど、少なくとも いきなり家にドアを蹴破って入ってくる友人知人に心当たりは私にはない。無いったら無い。
なんにせよ、撃たれたら敵わないので頭を低くして伏せておくことにした。
「……まったく、遅く来たと思ったらこれか」
「え?知ってるんです?」
今入ってきた人物について何か知っている様子の少女に驚いて、床に伏せながら聞いてみる。
遅く来た、というのも気になるけれど、今は少しでも情報が欲しい。
「いや、誰かは知らん。だが、用件は分かるぞ。
おい、小僧。ここで撃てば翠に当たるかもしれんぞ。それは貴様も困るであろう?」
「ちっ」
私に当たるかもしれないからという説得で舌打ちしながらも拳銃を懐にしまってくれた辺り、新たな乱入者は私の味方?のようにも思える。つまり、この人も私を助けに来てくれたって事だろうか。
(あれ?でも、この子に名前教えたっけ?)
まだ一度も名乗ったことが無いはずなのに少女は私の名前を知っているという新たな疑問が湧き上がると共に乱入者の方を見れば今度は腰に付けた鞘から大ぶりのナイフを抜き出して構えている。
撃つ気はないけど、この少女をどうにかする気はあるって事だろうか。
という事は、少女と乱入者は敵同士?でも目的は同じ?考えれば考えるほど混乱してくる。
ともあれ、正直普通の人間なら相手にならない気もするけれども、乱入者の彼もビフロンスや少女と戦えるほど強かったりするのだろうか。
さらに考えを巡らそうとした辺りでお隣さんが起きてきたのか大きく壁を叩く音が壁から聞こえてくる。
これ以上騒ぐとお隣さんが直接この部屋にやってきかねない。場がどんどん混沌としていってる気がする。放っておくと収拾つけられないんじゃ……と懸念も増え始めてしまう。
「まったく……このままでは落ち着いて話もできんな。翠、場所を変えるぞ。立てるか?」
「え?あ、はい」
伏せたまま この状況をどうにかしないと思いつつも何も考え付かないでいると、少女の方から手を差し伸べられたので、何気なしにその手を握り返す。
場所を変えると言ってもいったいどこに?と思ったのだが、さらに事態は変化していく。
「くっ、その子から手を話せ、化け物……!」
武装した男が私達のいる方へと走って近づいてくる。その手にはナイフ。
そのまま少女へと切りかかるつもりなのだろう。
その様子を少女は睥睨して嘆息。そして、構うつもりもないとでも言うように視線を外しながら呟いた。
「後で貴様の上司にでも言っておけ。この子は我が預かる、とな。
翠、これから潜るから念のため目を閉じておけ」
「え?目を……?」
なぜ目を閉じるのだろう。そして、潜るとはどういう意味か。海とか川が近くにあるわけじゃあるまいし。
不思議に思ってどうすればいいかと固まっていると、視界の端にはナイフを振りかざして迫る男の姿。
思わず目を閉じかけたけれど。
「え、あれ?色が変わって……。」
ビフロンスがそうなって消えた時のように、徐々に私の周りの景色が色を無くしていく。
迫る男も景色と同様に色を無くしていき、反対に私の手を握る少女の姿は変わらず。もちろん私の色も変わらない。
「いなくなった……?」
乱入者は色を失ったまま消え、周りの景色は色を失ったまま。
隣が壁を殴る音も含めて雑音が一切聞こえない。
私と少女の2人だけしかいない、色素の薄れた不思議な世界。
まるで私達2人しかいない空間に連れてかれたような錯覚に陥ってしまいそうな状況へと一変した。
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