第6話
昔からこういうものが好きだ。
隠されているもの。お前はいいの、と言われる類のはなし。
さて真澄は意気揚々と宿に帰ってスマホの録音したはずの音声ファイルを……探し……無い。
(え?)
一瞬荷物を床に置いたりだとかの全ての動作を止めてスマホの画面を注視した。
無い。
さっき録音ボタンを押し忘れたか。まあ短い話だったし、忘れないうちにパソコンに打ち込めばいいかなあ、と呑気に考えて真澄は立ったまま座卓の上のノートパソコンの蓋をひらく。
「あがさまはね、わかったらダメなんだよ」
急に再生された音声ファイルに息が詰まった。
なんだこれ。
ああ、娘さんの言ってた言葉が最後に入ったのか。恐らく部屋に入ってスマホがWi-Fiに繋がったので勝手にノートパソコンとデータが同期されて、たまたまスマホのファイルは消えたのだろう。
よくあるような、ないような。いやあることだ。たぶん。
納得して真澄はノートパソコンの前に座り、液晶画面を見た。黒い。
ふと電源コードを見ると、ノートパソコンから外れていた。つまり充電が切れて真っ黒な画面らしい。なんどかエンターキーや電源ボタンを叩くが、なんの反応もない。充電コードを繋げてみる。充電量が少ないことを示す赤いランプがついた。
しばらくその前に正座し待ち、電源を入れる、起動パスワードを入れる。
今日の分の音声データはどこにもなかった。
「わかったらダメなんだよ」
真澄は民宿の大きい風呂に浸かりながら、口に出してみた。
宿泊客は自分しかいない。この宿に対して大きな風呂を(ご主人の道楽と女将さんは言った)(民宿の主人は女将でいいのだろうか?)沸かしてもらうのは気がひけたが彼女の厚意で毎日この風呂に入れるのは夏だからこそありがたかった。
(明日は風呂掃除お手伝いさせてもらおうかな)
とながなが湯船に浸かって考えながら、なんどもあの話を反芻していた。
溺れた子供、気が触れてしまう母親。これはわりと普通じゃないか?
大事な子供が死んでしまえば、気も触れたくなるだろうな、と真澄は想像した。まだ自分が子供を持つかどうかも考えたことがないのでそれは薄い白紙のような想像だったが、悲しくて悲しくておかしくなるのは別におかしなことじゃないように思えた。
それが何故あがさまに魅入られることになるのだ?
(それともおかしくなることをそういう言い方で表してるってこ……とじゃないなあ、子供も魅入られたって言ってた)
わかったらダメか。
わかってやろうと、真澄は一人で微笑んだ。
後先をあまり考えないので身一つでチャレンジするのが好きな、そんな若者なので。
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