第2話

 あがさまっつうのはさ

 あんまりしゃべっちゃいけんの

 こどもがしぬからよ


 三行。三行に茶色いミディヘアの頭を抱えた。あれから真澄が〈おばあちゃん〉から聞き出せたのはほんとうにこれだけだった。それから盆を過ぎたら水遊びはしてはならないこと。

 この辺りの盆は八月と聞いた。そういえば東京……自分の家では七月に盆のお参りをしている。だから小さい頃の真澄は多くの人が取る盆休みと盆の墓参りが結びついていなかった。

 さてどうしよう。小さな民宿の一室でノートPCを前にうーん、と唸る。もともとあの集落に出向いたのは全く別のことを調べるためだ。

 だがあの聞き慣れぬ言葉を聞いた時これだと思った。

 私が調べるべきはこれだと。

 真澄は大学で好んで民俗学を選び学んでいる。

 小さい頃からそういうものを勉強したかった為に将来のことはあまり考えずに大学に入ってしまった。後はともかく先を考えるのが苦手な娘だ。だからフィールドワークの課題も見切り発車でこの宿のある村に来た。すると二両編成の小さな電車に乗れば面白い話をするおばあちゃんがいるよ、と宿のおかみさんに教えられ宿に着いたその日に向かった。

 畑や水田ばかりで小学校もない(地元の子供たちは宿のある村まで電車通学するのだそうだ)村だった。

 そのおばあちゃんは確かによく地元の民話をよく知っていて、戦時中の話なんかも聞けて、確かに地域史的な収穫はあったしそのうちの何かをテーマにしてもよかった。

 でもだめだ。あの言葉を聞くとうずうずした。

 小さい頃、時のことを思い出す。

 そう彼女は。すくなくとも彼女にとってはそれは真実だ。だが勿論そんなことは馬鹿げているとひとに言われることも把握している。誰にも打ち明けたことはない。母親にも友達にも誰にも。

 真澄は少しつり上がった切れ長の目を輝かせて、ノートPCにレポートのタイトルを打ち込んだ。


 あがさま伝承について


 日焼けした手が微かに震えたが、それに気づかぬほど彼女は興奮していた。

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