第五世

第九話 蛇

 ここにジャが一匹 りました。

 名は何と申すと思いますか?

 まぁ、名は記号のようなモノなので、申す程ではないとよく思っていますがね。

 歌がとても上手で、舌がよく回る者でした。

 皆に好かれはするのですが、ジャはそんなことには興味も無いようで。

 今やそのジャさえ聞こえぬが、時折此処へ舌舐めずりのように声を這わせるのです。

 失くなって気付く話は聞くだけでは同じことでしょう…ジャにとってはうわの空。

 ジャはある者と共に今夜も道を歩きます。

 最初は何もない地でしたが、いつの間にやら一本の線が二人分の太さで出来上がったというもので。

 うたを歌って笛を吹いての重なるは山の中に響いていたでしょう。

 ほれ其処そこ、それ彼処あそこ、動物が顔を見せるのにはジャではなくてこの者だけが楽しんでおりまして。

 ジャの楽しみはただ一つ、この者の笑みと笛の重なりどきと申しましょうか。

 春は悲しき舞いを思い出し、夏は涙の雨が降り、秋はこうの色を見やり、この冬笛のうた歌う。

 冬でも当時は寒さなど無いものですから、それはそれは動物も眠るも持ちません。

 あるジャは静かに道を一匹で走りました。

 知らせが来たわけでもありませぬが、この時心がざわめきまして、何と考えるよりも先にその身が歩を進めさせてしまったのです。

 やっとジャうたを歌います。

 笛のは何処に現れましょうか?

 着くとその者は其処そこりまして、泣きながら申すのです。

「会えず死してこの首抱かれ、桜の下で舞う者に失われた。」

 ジャはそれより一つ思い出す事がありました。

「やっと届くが遅い声、しかしこの身を捧げてあます。」

 呟くようにそう申すと、噛み合わぬ会話にやっと気付きまして、そっとその者の手をとりました。

「今、あんたを忘れはしないと誓います。きっと今度は間にうてみせましょう。」

 まるで自身のことにあらず。

 しかしその者、ほぅっと息を吐きまして、ジャの手に手を重ねました。

「すまなかった。ありがとう。」

 ジャは心底満足致しましたが、妙な言葉にうたを歌う気にはなれませんでした。

 それからというもの、今度はジャが笛を吹き、その者がうたを歌うようになりました。

 お世辞にも双方、上手とは申せませんが、それは双方よくわかっておりましたし、もう動物の顔も見えませんが、どちらも増して楽しげなのですから、気にするもございません。

 あるつき、この地にもいくさが始まってしまいました。

 長い間、平和でしたので、少々心にも来る辛さとやらがありました。

 しかしこの二人、何か心得るモノがあったのでしょうか。

 共にその地を守ろうと、立ち向かいました。

 ジャの片方が折れ、不利になろうと、逃げる甘味を知りはしない。

 守るべきを守らねばならぬと、しかしその口は笑む。

 ある年の冬、二人は並ぶように倒れました。

「次の世は…どんなところであろう……?」

「どんな世であっても……あんたと共に。」

 同時に閉じた目、笑む口。

 これでもこうと呼べる心が白くありまして。

 その年の冬の、急に寒くなりまして白いモノがふんわりと優しく降り注ぎました。

 触れるとそれは、冷たくしかし温かい。

 のちにそれは雪と呼ばれるようになりました。

 その雪触れればほんのりと、何処かのこうを感じられるそうな。



 さてさて、始まりは何処だったか。

 点と点を結んで線にすれば、何か聞こえてくるんじゃありません?

 ジャはよく申すのです。

『大切なモノ程、気付くのは遅い』と。

 そろそろ戻るとしますかね。

 この世でも共に居られるというのは、何と申してよいやら。

 この上なく………。

 さて、と……参るといきますか。

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