第十話 熊

 クマが一つここにったという。

 名はもうよいだろう。

 クマはある者と共に今夜も道を歩くのだ。

 最初は何もない地であったが、いつの間にか一本の道になっておった。

 うたと笛のが重なり、山の中に響いておっただろう。

 それにつられて、動物が顔を見せるのが、クマの楽しみの一つであったのだ。

 しかし、こやつもこの一時いっときを楽しんでおったようだ。

 春は悲しゅうまいを思い浮かべ、夏は涙のようなあまを受け、秋は幸せの色を見、この冬 うたの声に笛吹く。

 冬と申したが、当時は寒さなぞ無くてな。

 動物も眠ることなかろう。

 あるクマは一つで座っておった。

 少しして、何処からかうたが響いてきたのだが、笛を吹く気にはなれずにおった。

 道から姿を現すそやつに、泣きながら熊はこう申した。

「会えず死してこの首抱かれ、桜の下で舞う者に失われた。」

 記憶の端で、ソレが浮かぶのだ。

 そやつは呟く。

「やっと届くが遅い声、しかしこの身を捧げてあます。」

 それには何と申したら良いのかと思うておると、そっとそやつは熊の手をとるのだ。

「今、あんたを忘れはしないと誓います。きっと今度は間にうてみせましょう。」

 まるでそやつの言葉にあらず。

 わかっておる。

 そやつでない何者かがしんの奥より、クマしんの奥におる何者かへ申しておるのだと。

 自然にほぅっと息が流れた。

 その手に手を重ねて申す。

「すまなかった。ありがとう。」

 そやつは心底満足気に笑むが、うたうとうてくれぬままであった。

 それからというもの、今度はそやつが笛を吹き、クマうたを歌うようになった。

 あるつき、この地にもいくさが始まった。

 共にこの地を守ろうと、立ち向こうたのだ。

 クマの片腕が怪我したが、動けぬをそやつが補ってくれるのだった。

 そして加えて励ます声をくれ、クマはより頑張った。

 ある年の冬、どちらも並んで倒れた。

「次の世は…どんなところであろう……?」

「どんな世であっても……あんたと共に。」

 同時だったのだ。

 そうしても、こうと思う心が白くあった。

 この年の冬の、急に寒くなりおって、白きモノがふんわりと優しく降った。

 触れれば、ゆるりとしんにも溶ける。

 後にそれは雪と名付けられ、呼ばれるようになった。

 その雪見やれば、ほんのりとこうを感ずることがあると聞く。



 共に見るモノ同じであれど、感ずるモノは異なると聞く。

 しかし、出来れば共に歩む者とは、同じモノを見、同じモノを感じたいものだ。

 欠けるとならぬ。

 らねばならぬ。

 そのような者と何度もこうしてれるというのは、何故であろう?

 わからぬが、今あるこうを味わうだけに生きればいのだ……そう思わぬか?

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