第四世

第七話 猫

 ここにネコが一匹 りました。

 名はれを申せば良いか選ぶというのも心良くはないでしょう。

 幼き頃から、多くの傷を背負う臆病な者だったと申しましょうか。

 今や何処でその身を震わせておるというのか、しかし短く凛と時折此処へ声を見せるのです。

 今日死ぬか明日あす死ぬかの違いだと冷めるには、少々時間も足りませんが…ネコにとってはどうでもよかった話でしょう。

 ネコは失敗を重ねる程、ある言葉を重ねました。

 とても都合の良い便利な言葉なのですが、オススメは出来ないでしょうね。

「(これは自分じゃない。)」

 何度も何度も繰り返し唱えました。

 するといつの間にやらネコは、色を二つ持つようになったのです。

 あるつきに、ネコは人をあやめてしまいました。

 殺さなければ殺される、というルールがそこに在るのではありますが、当然猫はその罪を償わなければなりません。

 ネコは処刑されることになりました。

 岩の牢屋に投げ捨てるように入れられてから、数日が経ちました。

 ネコは一つ、いつかの記憶を思い出しました。

 あるはずもない、しかししっかと心にある。

 ネコは急に岩を引っ掻き始めました。

 血が出ようと、ボロボロの手も気にせずに。

「「俺はあんたと共に。」」

 忘れてはならぬと泣きながら。

 何日?何月なんつき?何年?何十年?何百年?

 どれだけ経ったというのでしょうか?

 やっと岩に穴を開け、這い出て必死に走って逃げました。

 後になって知ったことですが、このネコを閉じ込めた者達はみな、すでに滅んでいたというのです。

 足は思わなくてもただ一つの場所へ。

 やっと目の前に見つけて手を伸ばそうとしたその時でした。

 守るべきお人の首が飛んだのです。

 ネコマシラのように目を見開くと、とてつもなく大きい恐怖と絶望に、涙を流しました。

 今更でした。

 今更、思い出し、今更、辿り着いたのです。

 あと一歩、間に合いませんでした。

 吐き気と共に、ネコは怒りを持ちました。

 ネコは守るべきお人の首を拾うと、抱きしめたまま走り出しました。

 背に矢と傷を負って、遠くへと。

 泣きながら走りました。

「あんたと共に……。」

 その瞬間、重ねるように。

「(これは自分じゃない。)」

 ネコはその自身の心の声に首を振って、首を抱きしめたまま声に出して、マシラの言葉を唱えました。

 翌朝、首を土の中へ埋めると、手を合わせ、呟きました。

「さようなら。」

 その後、ネコは別の者へと変わってしまいました。

 ネコでもなくマシラでもない、その者は何もかも忘れたかのように…いな、何も知らずに大きく息を吸って、桜の中を舞いました。

 舞うその姿を見た者は、心底悲しくなってしまうのだというそうな。



 ネコマシラの遠く長いその糸の色も同じ。

 あんた様が何を探し、何を見つけ、何に気付いてくれるのやら。

 ネコはよく泣くのです。

「重ねる程に根も色も変化する」と。

 一度の終わりも二度の始めとでも申しましょうかね。

 それにしても、数だけ在る話と思うと、尽きる瞬間が近く見えるものですね。

 その耳しゃんと澄まして……。

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