第六話 馬

 ウマがここに一つ った。

 名は記憶に残らぬ程のものであっただろう。

 ある時、ウマは片腕に怪我をしてしまわれた。

 その怪我は、医者が申すに三月さんつき必要らしいのだ。

 その三月の間、その怪我のせいで上手く動けぬことに苦しさを覚えた。

 スポーツとやらに手を伸ばしても、思うようには動いてくれず、どうしたものかと何度も思うた。

 次第に、それを理由に参加も拒むようになったのだ。

 出来ぬことを怪我のせいだと、そしてその怪我を負った原因を責め続けた。

 しかしその原因が自身なのだから、悔しくて涙も流した時もあり、周囲を困らせてしまっていた。

 あるゆう、大人がウマを優しく励まして下さった。

 ウマはやっと元の元気さを取り戻し、はよう治れ早う治れと念ずるばかりが多くなった。

 ウマが落ち込むたび、誰かの励ましで頑張れる。

 その繰り返しではございまするが、ウマはもう泣くようなことは二度となかったのだ。

 誰かの声が無ければ今頃、どうなっていたかと思う程にございまする。

 れをある者はこう申す。

「弱い。」

 と。

 しかし、それはいなと申すあやつもる。

 あやつは、寧ろそれで立てるのなら、と笑むのだが、その強弱は何なのかはわからぬ。

 やっと怪我が治ったウマは、いつに増して元気に様々な事に取り組んだ。

 しかし心にもとより巣を作っておる苦が、ウマを苦しませるのでござる。

 苦手としておる物事だ。

 どうにも上手く出来ぬ事に、イライラとしてしまうのだ。

 最後には投げ捨てて、自身には出来ぬのだとやることさえ止めてしまった。

 楽しくもない面倒なことを、誰がやるものかなどと小石を蹴って逃れておれば、はたと気付いたのだ。

 苦手としておるものは、それを得意としておる者がすればいのではないか、と。

 ふとその時、脳内にトラが通り過ぎた。

 はて、このように背が足りぬと思うことは……。

 ウマはそれから何かを探しておるのだが………。




 その世の内では、見つける事は叶わなかったのだ。

 これほどまでに、誰かという存在は大切なモノなのだとよう思うのでな。

 あやつがらぬ世は、何か物足りぬ。

 あやつが何かを補ってくれ、あやつの何かを補って生きる……。

 ともに歩む者とは、そうでないとな。

 まことに、幸せなことだ…。

 茶も残らぬな。

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