第四話 狸

 タヌキが一つここにったのだ。

 名は少々思い出せぬがあやつは知っておろう。

 長いこと雨が降らない夏の時、村の田畑が干上がり農作物が育たぬことを村人はとても困っておった。

 タヌキはどうにか村人の役に立ちたいと考えておったのだが、このことばかりはどうにもできぬゆえ、どうしたものかと毎日頭を悩ませるばかりであったのだ。

 そうこうしておる内、村人は神に生贄いけにえを差し出し、雨を降らせようなどという計画を立て始めたようだ。

 しかし、何を生贄にしようかとまた一つ困ってしまった。

 タヌキは、いくら役に立ちとうても、命をくれてやるのは……と申し出るのを止めようと思うまなこに、丁度一人のある者を見掛けたのだ。

 いつもいつも誰かしらを騙しては、妙な笑みを浮かべて姿を消す…。

 そこでタヌキは村人に申したのだった。

「あの者を生贄にするのはどうだろう?」

 誰一人、それに反対せずに一つ二つ頷いてそうと決まってしまった。

 そうと決まればどう嘘吐きを捕らえてやろうかともう一つ悩む。

 そこでまたタヌキが一つ申すのだ。

「よく人を騙すその手を、逆に騙してやろうではないか。」

 それは名案だ、というように村人は、笑んでタヌキの手を握ったのだ。

 その嬉しげな顔、役に立てておるのだな、と思わざるを得ないのだ。

 ある日、その嘘吐きへ結婚を持ちかけたのだが、そやつはおう、とは言わぬ。

 しかし、困った顔で申すのだ。

「あんたとはそう話した事もないんですよ?お互いわからない内に頷けませんて。」

 嫌というわけではないとわかるとタヌキは、そやつに申す。

「ならばこれから知ればよい。」

 そやつは困ったように笑んで申すのだ。

「困ったお馬鹿さんだこと。お好きにして下さい。」

 それきりそやつは、その日の内にタヌキに姿を見せることがなかったのだ。

 逃げられたか、と思うた次の日 タヌキの目の前に現れるなりニコリと笑んで頭を下げるのだ。

「あの話、嘘じゃありませんよね?」

「何を申す!本気なのだぞ。」

 これはバレてはならぬと、そう怒鳴る様に申せばまた妙な笑みを浮かべる。

「それなら良いんです。初めてのことでしたので、つい。」

 それだけ申すとクルリと向きを変えてこうとするので、思わず腕を掴んでしまった。

「なんです?」

「こ、ここにれ!」

 そやつはクスリとわろうて一つ。

「はい。」

 とだけ申してタヌキの傍へ座ったのだ。

 それからというもの、そやつと交流を深めていった。

 その内、あることに気付いたのだ。

 こやつがタヌキと話すたび、妙な笑みを浮かべるのだ。

 その笑み見やるたび、やはり心が痛むのだが、それが何故なのかわからぬままであった。

 そうしておる内に、最初はタヌキに無かった心が現れた。

 それが段々膨らんでゆく。

 そしてやっとタヌキは気付くのだ。

『あやつのことが好きなのだ』と。

 しかし、この時には遅かったのだ。

 あやつが、生贄として歩を進め出して、ハッと我に帰り手を伸ばし、叫んだ。

くな!」

 この声聞こえたのであろう、あやつはまた妙な笑みを浮かべるのみ。

 生贄として殺されたあやつの顔は、幸せそうに笑んでおった。

 その目から一つ、二つと涙が降った。

 タヌキは悔やみ、泣いた。

 その次の日、晴れた空から急に、雨があやつの涙の様に降ったのだ。

 タヌキはその雨のたび、あやつを想って泣くのだ。

 後から、あやつの優しい嘘で包まれておったのだと気付いたのだった。




 長くなってしまったな。

 申し訳ござらん。

 嘘にも種類というモノがあるとあやつは申しておった。

 時には嘘を申す者も、共に苦しむと。

 まことも時に、互いを苦しませる。

 嘘もまことも、そう大差無いモノだとあやつが申した時、頷けてしまったのだ。

 はよう……戻って来ぬか…。

 もう少しあるのだ。

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