第二話 虎

 トラが一つここにったのです。

 名はきっと申さずともよろしいかと。

 一つ年上、いや二、三でしょうか。

 トラの背にはいつもある者がったのです。

 その者はトラしのびにございまするが、トラにとってそれはもう大切な存在にございまする。

 しかし忍は呼べば参られるが、いつも見えぬところトラの知らぬ事をこなしておられる。

 風のうわさでやっと知ったことと申せば、何処かの武将にけなぞ持ちかけておるという。

 それでもその話を忍にえばスラリと笑み申す。

「必ず勝てるんで、いいじゃないですか。」

「何故そう申せる?」

「それはナイショ。」

 楽しげに一つ指で口を当てる姿を見、トラもつられて笑んでしまわれた。

 トラは忍が賭けに強いことを知っておったのだ。

 さて、いくさが始まりこれより出陣しゅつじんと申す時に、忍が一つ申すのだ。

「あんたのせいで幸せだ。」

 どうしてくれんの?、とでもまた申しそうな顔は何かの冗談ではないように思えたが、それと同時に忍のその初めて申す本音の様子に、これが最後かというつもりでかからねばと思わされたのだった。

 傷を負ったトラは、これでもかと戦う忍を背に必死で戦ったがしかし…。

 それは秋のある日であった。

 トラが倒れると同時に、トラより多くの傷を背負った忍が倒れ、それとくうを見やる。

「これが最後の仕事……ですかねぇ………。」

 忍がそう小さく申し、とどめを刺そうという者を忍術であろうか影で遠退かせてしまった。

「最後くらいはってことで、お許し頂けませんかね。」

「あぁ……。」

 忍の声は、いつも通りの様子ではあったのだが、よくわかっていたのだ。

「あの世は……どんな所であろうか……?」

「……どんな所だとしても…あんたと共に。」

 それきり忍の声は無かったが、トラももう目を開く気力さえ残っておらず…。

 ただ、呼吸いきの止まるのがわかってから、忍の[幸せだ]という言葉を思い出しながら、トラは息もしなくなったのだ。

 トラの顔はしのびと同じ笑みをしておったという。



 語るというのは、あまり得意でないのでな。

 しかし、あやつは何処へ行ったのだ。

 この話はつまらぬやもしれぬが、そもそも面白可笑しい話なぞ、持ち合わせておらぬゆえ

 あやつが招いた理由を知っておられるか?

 不思議なものだな……。

 人というのは帰る場所、帰りを待つ者、あるいは、共に歩む者が居ると、どんな時でもあのようでいられるという。

 次の話に参りましょうぞ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る