恋愛感情

 あれから僕は、時間の許す日は保健室を訪ね、優璃に会いに行った。

 勿論会えない日もあるが、話していくうちにお互い心を開いていった。

 楽しい日々のお陰か、捻挫も完治に進んでいる今日の頃。外を見ると、暖かな着物を纏った木々が秋の薫りを撒いていた。

 *

「この文章題なんですけど…」

「ああ、この問題は比例式を使おう。求める値をxに置き換えて…」

「ありがとうございます。やってみますね」

 僕はいつものように、保健室で優璃に勉強を教えていた。今日は数学だ。優璃は授業を受けていないので、僕が教えている。

「あ、できました。柊翔君が教えてくれた比例式、凄く便利ですね」

「うん。そうやって楽しんで解くことで、成績向上に繋がると思うよ」

 そう言って、僕は優璃の頭を優しく撫でた。優璃が柔和な笑顔を咲かせる。保健室の先生は、その様子を微笑ましそうに見ていた。

「あの…柊翔君」

「ん?どうしたの?」

 優璃から話しかけてくれることは少ないから、嬉しい。

「あの…柊翔君は、捻挫が完治したら練習に出るんですよね…」

「うん、そのつもりだよ」

「あの…これからも保健室に来てくれませんか…?」

 とても不安気な優璃。澄んだ灰色の瞳が少し潤んでいる。

「私、初めてなんです。見た目のせいで、仲の良い人なんて今まで一人もいなくて…話そうとすると言葉も詰まって…ちゃんと話もできないんです」

 優璃が続けた。

「でも、そんな私に…こんなにも優しくしてくれる人ができました。それは、柊翔君です。同じ小学校の人がいないこの学校なら、自分を変えれるかなって入学したのに…結局クラスに馴染めなくて…そんな時、柊翔君が私を助けてくれました。会えなくなるなんて辛いです…」

 そこで言葉が止まる。

 僕は驚嘆した。あんなに物静かな優璃が、一生懸命想いを伝えてくれた。それなら今度は、僕が伝える番だ。

「ごめんなさい…我儘ばっかり言っちゃって…」

「ううん。ありがとう、優璃」

 目の前に座っている優璃を、想いの限り抱きしめる。ふわりとした感触は、温かくて、愛おしくて、儚い。

「僕は今まで、サッカーの事しか頭になかった。それが僕の全てだった。捻挫して出場禁止になった時、心が折れそうだったよ…」

 優璃を感じながら、続ける。

「でも、そこには優璃がいてくれた。綺麗で、純粋で、可愛くて…こんなに人を大切に想ったことは、今まで一度もなかった。勿論サッカーも大事だ。練習に復帰すると思う。けど、今は優璃と一緒にいたい。時々練習を抜け出すよ。それでも良いかな?」

 ありったけの想いを、全部吐き出した。

「…ありがとう、ございます」

「こちらこそありがとう…優璃」

 カーテンの隙間から漏れる淡い夕日が、僕らを照らしていた―

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