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 ……古き森を捨て新き森に移住する。それはとても大変なことだったけど、いいことも少しだけあった。それは森から差別がなくなったことだ。

 古き森の時代には支配階級である黄金の民と支配される身分にあった銀の民という差別があったのだけど、ソマリお兄ちゃんが新しい大魔法使いの使命として空渡りを敢行し、空を飛び、海を渡って、この新しい森に住み着いてからはそれは無くなった。

 黄金の民は今でも知識とお金を持っているけれど、特権意識を持っている魔法使いは誰もいない。アネットのように王族の生き残りもいるけれど、その魔法使いたちも王族であることは昔のことだと割り切っているようだった。

 銀の民に対する差別もなくなったのだけど、純血の銀の民で生き残っているのはモリー先生一人だけだった。モリー先生が今も灰の谷と呼ばれる魔法使いの墓地に住んで、そこで墓守をしているのは、その場所に誰も作ってはくれない銀の民のお墓を作って、根源の海に還って行った仲間たちに祈りを捧げるためらしい……。

 モリー先生は美人で、とても賢くて、すごく優しくて素敵な先生だけど、いつもどこか寂しそうな顔をしていた。

 それは古き森を焼いたアスファロットの厄災に加担すると言う銀の民の犯した罪を、銀の民の生き残りであるモリー先生がその一身ですべて背負っているからかもしれない……、とそんな想像をしてみることもあるけれど、子供のメテオラにはまだ、モリー先生の『本当の気持ち』というものがどういうものなのか理解することができないでいた。

 ちょうど今、自分の目の前で、モリー先生と同じ顔をしているアビーの本当の気持ちがわからないように。

 アビーはメテオラの言葉を待っていた。

 だからメテオラは自分の気持ちをわからないところはわからないままに、正直にアビーに話した。

 するとアビーは淀みのない澄んだ水色の瞳でメテオラを見ながらにっこりと笑った。

「ごめんなさい。アビーくんに失礼な話をしてしまいました。許してください」メテオラは言った。

「そんなことない。とてもいい話だった」とアビーは言った。

 それから少しして、ニコラスが目を覚ますのと同時に、メテオラの予想通りに雨が止んだ。

 目を覚ましたニコラスはメテオラとアビーが、今までよりも、なんだかとても仲良くなっている光景を見て驚いた。

 二人はアビーに見送ってもらって、モリー先生の小屋と灰の谷をあとにした。

 帰り道で、ニコラスが「僕が寝ている間になにがあったの?」とメテオラに質問する。でも、メテオラは「秘密です」と言って、アビーとの会話をニコラスには教えなかった。

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