高校生編シーズン2『修行編』〜第五話『舞踏会』〜

ある日の晩、武道場には木刀を打ち合う二人の姿があった。

神威が振り翳す木刀を避け、一撃を狙うましろ。

しかし一向に隙が見えない。


耐えきれず感覚に任せて、一撃を打ち込んでも必ずカウンターを決められてしまい、この日も神威の木刀は綺麗にましろの着ているシャツだけを引き裂いて決着が着いた。


「良い感じですよ。お嬢様。後先考えず剣を振っていた最初から見違えました。」


「うん…でもやっぱり届かない…。」


「いいえ、実戦形式では既に十分なほど成長していると思います。…あとは『あの力』を制御できれば…」


神威のその言葉を聞いてましろは、胸に手を当てて溜息をついた。


確かに、基礎体力や、ある程度の実戦トレーニングは神威が言うようにこなせるようになった。

しかし、本来の目的であるメアの力の制御の為の精神だけはまだ身についていない。

自分の心の深層に精神を向けると必ず自分を失ってしまうのだ。


「でも意外でした。修行って、もっとムキムキにしたり、滝に打たれたり!とか考えていたんですが。」


「ふふっ、世の中には勿論そう言ったものもあるとは思いますが、私が知るのは『最低限の必要なモノを最大限に活かす』技ですので、身体をあまり追い込む必要はないのです。」


「ええと?」


「わたくしがこのように動けるのは、必要最低限の筋力を維持し、それをどうやって動かせばどこまでのことができるのかを熟知しているからです。その為には、筋力はありすぎても無さすぎてもダメなのです。大事なのはバランスとそれをどうやって上手く使うか、でございます。」


「バランス…」


「それにも個人差はあるとは思いますが、お嬢様も意識をしてトレーニングを繰り返していけば、何年か先には自ずと自分に合ったバランスがみつかってわたくしのようになれますよ。」


そう微笑みながら語る神威、すると武道場の入り口からわざとらしくノックする音が聴こえ、ましろは視線を向けた。

長く黒い髪を縦ロールにした少女がそこには立っていた。


「紫峰院さん?」


「毎晩、夜はいないし、武道場の明かりはついてるからやっぱりここだったのね。…ってなにしてんの。服着なさいよ。」


……

………


それからましろは、彼女なら信用できると思い、自分が変身ヒロインである事を避け、自分がなぜここに居るのかという事情を凛に話した。


「なるほどね〜。変な悪霊に取り憑かれたからそれを抑える為の精神トレーニングの為。か。変な話だけど、まあ、一人でこんなところ来るなんてそれだけでだいぶ苦行な修行よね。」


「あはは…。まあ、そんな感じです。実戦的なモノはあくまで副産物といいますか。」


「ふぅん。で?上手くいってないと。」


「えっ。」


「顔に出てる。焦ってるって。」


「す、すごいですね。紫峰院さん。」


ましろの賞賛に「まあね。」と凛は胸を張って答えた。


「…なら、いまやってみせなさいよ。できるんでしょ?自分の意識に精神集中させる事。」


「で、出来ますけど、自信がないと言いますか…最悪、紫峰院さんが危ないと言うか…」


「神威も見てるから大丈夫でしょ。ほら。」


ましろが神威の方に視線を向けると「…判断はお任せ致します。」と彼女は答えた。

それを見てましろは、少し考えたあと、座り直して姿勢を正す、そして呼吸を整えながら自分の意識に集中した。

すると、紫峰院はましろの額に指を当てて


「集中を切らさないで、それと同時にいまあんたが『ここにある』ことを意識しなさい。」


と呟いた。

額の感覚が気になるがましろは言われるままに自分の意識の深層を辿る。

すると、彼女の頭の中で見えた白い景色の中、どす黒い闇が見えてくる。

それはましろが認識すると急激に辺りを蝕み、いつもましろは取り込まれて意識を失っていた。

身体中の危険信号を察知し、そこから意識を逃がそうとする。

しかし、闇は再び侵蝕を始め、ましろの意識も取り込まれかける。


『ダメよ。逃げないで。貴女はそれと向き合わなきゃいけないの。じゃなきゃ一生貴女は前には進めない。』


どこからともなく聞こえた凛の言葉にハッとしたましろは闇の中奥深くに見えた影を見た。


「メ…ア!!」


その影はリメア。

彼女は笑みを浮かべると、ましろの魂に呼びかける。


『へえ。目を背けていた頃より、少しは成長したようね。でも、お前が私を恐れている限り、私を御することはできない。』


「…くっ!」


『さあ渡しなさい。お前の身体を…私に!!』


リメアがそう言うと、ましろの魂に干渉を始める。

次第に意識が黒く塗りつぶされていく。

深い海に沈められるように__。


パチン!


もうダメだと思った瞬間、額に何か感触を感じる。

痛み。

それによってましろが瞼を開けると、目の前に映ったのは華奢な手。それは、ましろの額を凛が指を弾いていた光景だった。


「ほら、息。しなさい!」


「はっ!?げほっ!げほっ!」


呼吸すると言うことを忘れていたのか、急いで息を吸い込んだ拍子に咳き込むましろ。

その背中を凛は優しく摩った。


それから、神威が用意したドリンクを飲みつつ息を落ち着けたましろ。

その姿をみて凛は言葉を投げかける。


「それで?何か見えた?」


「ふぅ…はい。今まで見えなかったものが、いえ、目を背けていたものが見えました。」


「そ、ならよかったじゃない。」


少し微笑み、凛はそう答えた。


「でも何故、紫峰院さんがこんな事を?」


「たまたま私も自分を見つめ直す精神統一っていうのをした事があっただけよ。ほんとに偶然。」


そう言った後、凛は立ち上がった。


「役に立ったなら良かったわ。それじゃ、そろそろあたしは帰るから、ほどほどにがんばんなさい。…神威あとは任せたから」


「お任せを。おやすみなさい。凛さま。」


二人は後ろ手に手を振り去りながら行く凛の背中を見送った。


「お見事です。お嬢様。この鍛練も終わりが見えてまいりましたね。」


「…はい。でも、よかったんでしょうか。結局私は紫峰院さんに助けられてしまいました。」


そう言って苦笑するましろ。

神威は静かに彼女の前に座ると口を開いた。


「確かにこの鍛練はお嬢様自らが成長する為、意図的に皆様から離れた場所で行っております。そうしなければ、居心地の良い場所、優しい方々に甘えかねません。でもそれでは意味がないのです。新たな力を紡ぐことは難しいでしょう。」


「…。」


「…時にお嬢様は、人との縁…即ち絆というものをどうお考えですか。」


「え?ええと…うーん。生きていく為に必要なもの…?」


「そうですね。わたくしたちの人生は縁によって積み重ねられていますから、間違いないでしょう。…けど、わたくしは人の縁、絆は『力』であると定義しています。」


「力…ですか?」


「はい。人というものは一人では非力ですから。縁というのは一人の非力さを補う為には必要なモノです。お嬢様はこの学園に来て新しい絆を育みました。その力は元々はなかったもの。十分に利用して良いかと私は思います。…言い方は悪いですけどね」


「新しい絆…、紫峰院さん…咲ちゃん…」


思い返すと彼女達の顔が脳裏に過ぎる。

たしかにここに来なければ彼女達との出会いはこの先なかっただろう。そう考えると不思議と胸が熱くなるのをましろは感じた。


「彼女達の絆はきっと貴女を強くしますわ。こうして一歩前進できたように。」


神威は微笑みを浮かべながら、ぎゅっとましろの手を握った。


「…そうですね。また明日、紫峰院さんにはお礼を言わないと!」


笑みを浮かべ神威を見つめるましろ。それを見た神威はそっとましろの頭を撫でたあと立ち上がった。


「では、今日の鍛練はここまでに致しましょう。」


そうして、武道場を清掃したあと、この日も二人は寮の自室へと帰っていった。



……

………


「ぶ、舞踏会…?」


翌日、突然耳にした単語にましろは引き攣った顔で目の前の凛と咲に問いかけた。


「そっか、ましろちゃん、知らない、よね。」


「この学校では、二年に一回創立記念日に外部から客も招いて盛大にパーティやるのよ。…なんで二年に一回なのかは知らないけど…、それが今週の土曜日ってワケ。」


「大ホールを使って、食事とダンス兼ねた親睦会が、あるの。それが物語に出てくる舞踏会みたいだから、そういわれてて…。あ、でも参加は強制じゃないから…。」


「へぇ…。…お二人は行くんですか?」


「まー?あたしは行くわよ。理事長の娘だし。」


「私はいかない。かな…。場違い、だし。推薦組が行っていいことがあるとしたら、食べた事ない御飯が食べられるくらいで…あとは空気だから…」


咲はそう言ってバツの悪そうな顔をする。

恐らく嫌な思い出があったんだろうとましろはそれを見て理解した。


「あんたは?まさか、行かないの?」


「えっ、なんで来る前提なんですか?」


「来ればいいじゃないの。フローライト家が送り込んだ客人なんだから、引っ張り凧よ?」


「また、嬉しくない奴ですね…。」


「で、でも、悪い気はしないでしょ?」


「まあ、何かの被害に遭うよりはマシというだけで、別に…参加するほどのことでは…」


「な、なによもう!来なさいよ!二人とも!」


「なんでそんなにムキになるんですか?」


ムスッとした表情の凛にましろは問いかけた。


「あ、あの空気に一人いるのは嫌なのよ…!」


「でも、いつも一緒に居るお友達は…?」


「…ただ着いてきてるアイツらと仲良いと思ってる?」


「…。」


それを聞いてましろも咲も、彼女が棚に上げられた存在なんだと理解した。


「で、でも、そっそれ、じゃあ私達、紫峰院さんの__。」


「…なによ。咲。ダメなの?」


凛に睨まれて、咲は首を横にブンブンと振った。


「あたしを助けると思って来なさい。変な虫から守ってあげる事は保証するから。」


「いやでも、私…ダンスなんて出来ませんし…。」


「それに、ドレスなんて持って、ないよ?


二人のその言葉を聞いて凛は胸を張ってわざとらしく笑った。


「ふっふーん。その辺は抜かりなく!あんた達の用意してるわ!サイズもちゃーんと把握した上、プロに依頼した特注デザインだから似合う事間違い無し!よ!」


「「えぇ…。」」


「ダンスなんて相手にリードさせたらいいし、嫌なら断ればいいのよ。」


「簡単にいいますね!?」


「問題は着付けよね。…咲は当日あたしのとこに来なさい。道場娘は必要ないでしょう?」


「神威さんに頼めばいいんですか?」


「そ。身の回りの世話ならあいつにできないことなんてないんだから。じゃ、そゆことでよろしく!」


凛はましろにドレスケースを押し付けると、嬉しそうに走り去っていった。


「勢いだけで、の、乗せられちゃった、ね。」


「はい…」


二人はその去り行く背中を呆然と見つめていたのだった。



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