高校生編シーズン2『修行編』〜第四話『神威という女』〜

……

誰もが神威の動きに動揺する中、その空間に着信音が響いた。


それを聞いた神威は何かを察したように、ふぅ。と息を吐くと、その姿勢を正した。

スマホを取り出したのは、神威。

彼女はそれを耳に当てると、口を開いた。


「ご確認していただけましたでしょうか。…ええ、こちらとしてはまともに遺憾でございます。…その件に関しましては後ほど協議させていただきます。まずは『ご子息』と直接話してみては?」


神威はスマホをスピーカーに切り替えて、豊の方に向けた。


「豊様。貴方様のお父上と繋がっております。何かございましたらどうぞ。」


「パ…パパ!?パパ聞いてくれよ!!貧乏人の女とその変なメイドが僕を虐めるんだ!パパの雇った優秀なボディーガードも皆役に立たないし!だから今すぐこいつらを__。」


そう言いながら、その場にいない父親に泣きつく少年の姿を見て、呆れたように神威は小さく横に首を振った。

その神威の仕草にも目もくれず、期待をして助けを求めた豊。

しかし、父親の返答は彼の望むものでは無かった。


『お前…!お前は!!一体なんてことをしてくれたんだ!!』


「えっ…パパ…?」


『あれほど立ち振る舞いには気をつけろと言ったのにも関わらず、お前のせいで我が社は終わるかもしれないんだぞ!!』


「な、な、なんでだよ!?なんでそんな事に…」


父親の言葉に青ざめ尻餅をついた豊。

神威はそれを尻目に再び、電話の先の人物に声をかけた。


「積もる話は、後ほど致しましょう。」


『は、はい。あの…すみませんがご迷惑をかけてしまった方にわたくしめの方から謝罪を申し上げたく…。』


「いえ、彼女達をこれ以上不安にさせたくはないので、そのお気持ちだけ、お伝えしておきます。」


『は、はい…何卒…よろしくお願いします…。』


その言葉を聞いた神威はスマホを仕舞い、ましろ達の元に駆け寄った。


「お嬢様方。大丈夫ですか?」


「は、はい…どちらかかと言うと…神威さんの方が…」


「あの程度であれば造作もございません。ご心配なく。…それと鷹宮様。」


心配するましろの言葉に返答した後、神威は優しく咲の目を見つめた。


「今回の件、大変怖い思いをされたと思いますが、恐らく水に流れると思いますので、弁償等の件はお忘れください。」


「えっ…は、はい…。」


「神威さん…この人達、どうなるんでしょう…」


ましろが見た方向には、あたり一面に横たわる男達や、主犯である少年二人は硬直し動けなくなっている。


「んー。そうですね。わたくし一人では運べませんし…かと言って放置するわけにも…」


「後片付けはあたしの方でやるわ」


少し頭を捻る神威の言葉を遮る様に、紫峰院 凛が沢山のスーツ姿の男性を引き連れて現れた。


「おや、凛様。ごきげんよう。」


「ええ…そうね…。__ほらやりなさい。男子生徒二人は特別応接室で、他は適当に門の外でも放り出していいわ。」


凛の指示を聞いた男達は各々が動き始めた。


「紫峰院さん?なんで…?」


「なんで、ってそりゃ救援よ。ずっと見てたんだから。」


「えっ、救援!?」


「凶器を使うとか過ぎた行為は流石に取り締まるわよ。ま、付けてきたケチはどうにもならなかったから、よかったわね。鷹宮。」


「は、はい…!」


「そ、れ、よ、り。何!?あんた!何者なの!?」


凛は、じっとましろの顔を睨みつける。


「何者ってどう言う…?」


「アレよ!アレ!あのメイド!!あんなのが付いていて、あんたがただの道場娘なんて信じられるわけないでしょ?!」


バタバタと神威を指差す凛。

ましろは側にいる咲にも視線を向けたが、彼女も小さく二度うなづいた。


「咲ちゃんも知ってるんですね…。神威さん…ってそんなに凄い人なんですか?」


「…………。あんた本気でそれ言ってる?」


「えっ、あ、はい。」


「はあ…世界に名を轟かすフローライト家。そのフローライト家に仕えるメイドは数多にいるの。そしてそのメイド達のなかから選ばれた人材で構成されているのが特殊部隊『メイド隊』。そのメイド達の中でのトップがあの神威よ。」


「…じゃあ、フローライト家のメイドで一番偉い人…?」


「そうよ。なんだと思っているのよ。」


その話を聞いてましろが凍りついていると、神威はそっと彼女の肩に手をのせて口を開いた。


「…凛さま。来歴がどうであれ、わたくしは今、訳あって水無月ましろお嬢様のお付きのメイドをやっております。…あくまでプライベートのような形でございますので、お嬢様はフローライト家の関係者ではございません。強いていうならルーシャお嬢様の__。」


「あ!私、るーちゃんの親友です。」


「は、はあ!?ベルの…親友!?あの一匹狼のお姫様が!?それにるーちゃんって……。」


凛は目を丸くして動揺し、「ますます貴女が何者かわからなくなってきたわ…」と少し小さい声で呟いた。


そしてその後、頭をブンブンと振ると


「ああ、もう、話は後!あんた達わかってんの?昼休みとっくに終わって、授業始まってんのよ!?さっさと教室に戻りなさい。」


と言って、立ち去って行った。

取り残されたましろたち三人は彼女の背中を見送り、ましろは


「紫峰院さん。結構優しい人なんですね…」


と呟き、咲も小さくうなづいた。


……

………


その日の晩、ましろはいつもの様に神威に髪を解いてもらい、就寝する準備をしていた。


「…今日は驚きました。まさかあんな生徒がいるとは…」


「流石に、あの様なことに踏み切る生徒はごく稀ですが、執拗な虐めやこじ付けで揉める事は多々ありますね。」


「これも立場の違い。かあ…。」


「変に関わるとお互い、痛い目を見るので関わらない様にしてるのが実状ですけれど。それでもトラブルというのは起きてしまうものですから、紫峰院…凛様は、仲裁として揉め事に介入しているみたいですね。」


「私じゃあ、上手く仲裁できませんでしたからね…」


ましろは昼間の事を思い出して苦笑いを浮かべる。


「…そうですね。あまりにも無謀な行動であったと進言させていただきます。」


「す、すみません。」


「…ですが、相手の攻撃の気配を察知して身を守るという一連の流れ、お見事でした。」


「あ、ホントですね…。私変身してるわけでもないのに、攻撃を防いだんだ…。」


少年達の攻撃を対処したことをましろは思い出して、ハッとした表情を浮かべた。


「修行の成果、実感できたようですね?」


「はい、なんとなく実感はありませんが、何かは身に付いてるんだという確信は得られた気がします。」


「その調子です。貴女の中の力もきっと無事制御

できる日が来るはずですから、明日からも頑張りましょう。お嬢様。」


「はい!!」


こうしてましろはこの日も無事に終わりを迎える事が出来たのだった。


……

………


「……?」


翌日登校したましろはその目を疑った。

今まで碌に会話すらした事もなかった生徒達が、彼女を見るや否や次々と身を乗り出して話しかけてくる。


「な、な、なんですか!?みなさんどうしたんですか??」


「嫌だなあ水無月さん。クラスメイトじゃないか!」


「そうそう!あ、私ケーキ持ってきてるんだけど食べない?」


「ダメダメ!水無月さんにはこれから俺たちと__。」


次々と、押し寄せる学園の生徒達を前に思わず逃げ出したましろ。

すると、何やら部屋の扉から突き出された手が、手招きをしており怪しさを感じながらも彼女はその部屋に飛び込んだ。


「この学園の洗礼はどう?道場娘。」


そう言いながら飛び込んだ部屋の中で待ち受けていたのはニマニマと笑みを浮かべる紫峰院 凛だった。


「し、紫峰院さん!?」


「ああ、いいから扉閉めなさい。アイツら入ってくるわよ。」


言われるままに扉を閉めると、その直後に廊下では賑やかな足音が過ぎ去って行く音が聞こえ、ましろはそっと息をついた。


「ま、こんな大騒動なのは今だけだと思うけれど、今後アイツらは貴女を特別な人材として見てくれるはずよ。よかったわね。形勢逆転?って感じかしら。」


「えぇ…、なんでこんな事に…?」


「…昨日の件で、神威が貴女を主人として仕えているのが知れ渡ったんでしょ。」


「…それだけでですか!?」


「当たり前でしょ。フローライト家のメイド長が直々に仕えている上、ベルと親友のあんたに胡麻擦っておけばフローライト…フロン社との繋がりができる可能性があるんだから。」


「えぇ、でもそれって…」


「…そうよ。結局あんたのことなんて誰も考えてない。本質的には何も変わってないのよ。」


凛の言葉を聞いて、言葉を失うましろ。

それは誰かに好かれたいという気持ちだったからではなく、自分達との間に出来た溝が埋めようのないものだと理解したからだった。


「ベルも…あいつもこの学校のそういう空気が嫌で荒れていったのよ。」


「るーちゃんも…」


「あいつの場合当事者ではあるけど、誰もあの子を『ルーシャ』という一人の人間として見なかったのよ。…あんたと違って推薦組の連中からもいい目で見られてなかったから。」


「…なんだか、苦しいですね。」


「そうね。でももう何十年も続いた風習だから何もかもが今更なの。…私がいいたかったのは、狙われてるから気をつけなさいってこと。わかったなら教室に行きましょ。」


腕を組みながら少し偉そうに話す凛。

ましろはその姿をみて、小さく微笑むと


「やっぱり紫峰院さん。優しいですね。」


と口にした。


「は、はあ!?バカ言ってんじゃないわよ道場娘!!こ、これは立場の違いをわきまえなさいと言う忠告よ!ちゅ!う!こ!く!」


少し赤面しながらそう言う凛の背中を押して、ましろは教室へと向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る