高校生編シーズン2『修行編』〜第三話『不安』〜
……
………
「…本当に大丈夫ですか?お嬢様」
職員室から退室したましろに問いかける神威。
彼女の言う『ある程度』はしばらく付き添いをするという提案を断ったため、神威は心配して再び声をかけたのだった。
「はい。自分の事。ですから!」
「…しかし……。…わかりました。では何かあればわたくしをお呼びください。なるべく近くで控えております故。」
「はい。ありがとうございます。」
二人の会話の後、担任の教師と言う男性が現れ、ましろは彼の後ろを歩き始めた。
一方、神威はこちらを見ながら手を振りながら微笑みを浮かべる少女の姿を心配そうな表情で見つめていた。
…
……
朝のホームルームの時間。
ましろは窮地に立たされていた。
どんなクラスメイトがいるのだろうと、期待しながら入った教室には仏頂面の生徒達。
ほとんどの人間がましろには目もくれず、自己紹介をしても碌に視線すら合わない。
(あ、あれ…???なんだろうこの空気…)
ホームルームが開けても誰もましろに興味を示すことはなく、各々が散らばりましろは一人取り残された。
すると、黒く長い髪の小柄な少女がましろの元に訪れ、見下すような形で彼女を睨みつけた。
「随分と場違いな場所に来て驚いているようねぇ?道場の娘。」
「え、ええと貴女は…?」
「わたくしは、『紫峰院 凛』。名前の通りこの学園の理事長の娘に当たるものよ。」
「は、はあ…」
「ま、何が理由でこんな場違いな場所に来たかは知らないけれど、ここには貴女のような生徒に対して興味を抱く人なんて少数。苦痛なら早めに立ち去ることね!」
紫峰院と呼ばれる少女はそう言うと、うふふふ。と声を出しながら笑って立ち去っていった。
その背中に唖然とするましろだったが、その直後にぽんと背中を叩かれた。
「運…悪かったね…。よりによって、このクラスなんて、あ、私『鷹宮 咲』。よろしく…ね?」
黒い長い髪で目を隠している物静かそうな少女がそこにはいた。
「あ、ああ!ありがとうございます!よろしくお願いします!」
ましろはそう言うと手を差し出した。
咲は驚いた様子を見せるが、その手に触れると二人は手を掴み握手を交わした。
「あの…運が悪いって…?」
「ええっと…ね。このクラスで推薦入学組って、私しか、いないから…。」
「…推薦入学組…?」
「…なにも…知らないんだ…?じゃあ、説明するね。」
咲の説明によるとどうやらこの学園では、裕福な家庭の生徒組と、スポーツなどで高い成績を残して入学した生徒組で大きく派閥が分かれているらしく、古くから双方の睨み合いは続いているのだと言う。
「…推薦組は家庭事情はそれぞれだけど、そうじゃない人は将来の自分の地位を築くための社交場…みたいな感じでいるから、自分達の利益にならない人には冷たい…みたい。」
「だから道場の娘…呼ばわりなんですね…」
「私は…こんな性格であまり目立たないし、一人でもなんとかなった、から、今もいるけど、周りの扱いとか…いじ__向こうがしてくる事に先生達も、なかなか口を挟めない、から、耐えられなくて辞めた子、いっぱい、いるよ」
咲の言葉に顔が引き攣るましろ。
(わ、私…大丈夫かなあ…)
…
……
「なるほど。やはりそうでしたか。」
その日の晩、神威は風呂あがりのましろの髪の手入れをしながら、彼女の話を聞いてそう答えた。
「知ってたんですか?」
「もちろん。古くから続く悪習みたいなものですから…、余談ではありますがましろお嬢様のお母様も経験された事なのですよ?」
「お母さんも…?だから碌な思い出がないって言ってたんですね…。うーん。」
ましろは腕を組んで思い詰める。
「どうにかして、その蟠りってなくなりませんかね…」
「残念ですが、学校側がどちらかを取らなくなると言う大胆な行為を行わない限り、それは無くならないでしょうね。」
「同じ年代の生徒なのに、ですか?」
「お嬢様も目的があってこちらに来たように、彼らにもそれまでの人生、これからの人生があってこちらにいるわけですから、一部関係を崩す事は可能かもしれませんが染みついたものを改善するのは難しいでしょうね。」
「それはそうですけど…。」
「ふふふ。お嬢様はお優しいのですね。…しかし明日からは鍛練を開始いたしますので、くれぐれも気にしすぎで本来の目的をお忘れなきよう、お願い致しますね。」
「わかりました。あ…そう言えば、神威さんってお母さん…母にあった事があるんですか?」
髪を解くのが終わると同時に振り返り、ましろは神威を見つめた。
「おっと…説明がまだでしたね。…わたくしに武術を教えたのは他でもない、貴女様の母、まふゆ先生にございます。」
「えっ、ええ!?じゃあ…この件についてお母さんがあっさり認めたのって…神威さんがお母さんの弟子だったから!?」
「娘の事は頼んだと。承っております。」
「ほ、ほえ〜…。じゃあ神威さんが師匠ならお母さんは大師匠様ってことですね…」
「面白い例え方ですが、そうなりますね。」
笑みを浮かべながらそう言う神威。
こうしてましろの留学1日目は過ぎていったのだった。
…
……
………
そして…。
ましろが紫峰学園に踏み入れて約一カ月の時が過ぎた。
学園生活も修行もまともに上手くいかない状態にましろは苦悩しており、彼女は昼休み体育館裏のベンチで横たわっていた。
始まった神威の修行は、基礎体力トレーニングの時点で既にましろはついていけず、彼女が望んで受けた実戦トレーニングも神威に一瞬で打ちのめされる。
そして、肝心な精神トレーニングはまず自分の意識の深層をイメージするところから躓き、それができたと思えば一瞬でメアに意識を乗っ取られ、気づけば神威の膝の上で目覚める。
と言う事を繰り返していた。
学園生活も初日から変わらず、関わる生徒は咲と彼女繋がりの数人だけで、周りも慣れたのか軽い嫌がらせも受けるようになった。
「ひ、一人がこんなに辛いなんて…」
外部との連絡手段は寮の電話を数分間のみ、優弥や家族の声を聞くだけで安心するようになってしまった。
ぼーっとしているましろ。
すると、徐々に賑やかな声が近づいてくる。
「や、やめてくだ、さい!」
聞き覚えのある声がしてましろは飛び起きた。
「咲ちゃん…?」
恐る恐る覗くと、そこには制服以外派手な容姿をした少年とスーツ姿の男性数人立っており、その前には咲が別の男子生徒に拘束される形で立っていた。
「す、すみませんでした!謝りますから、やめて、ください!痛い、です!」
「謝るだと?お前の謝罪にどんな価値があるんだ?」
「責任も取りますから、どうか…」
「当然だろう?弁償はしてもらうに決まっている。だが、それだけでは僕の腹の虫はおさまらないんでね!」
少年が手を振り上げた瞬間。
咲と少年の間にましろは飛び込み、振り下ろされつつあったその手を受け止めた。
「一体、何事ですか?」
「ましろ…ちゃん?」
その後ろ姿を見て咲は呟いた。
「おい、誰かと思えば道場生まれの留学生じゃないか。どけよ。さもなければお前も同罪だ。」
「理由をお聞かせください。」
「ふん。そんなに聞きたけりゃ教えてやる。その
女がぶつかってきたせいで、僕は転び、おまけに靴も踏まれて汚れてしまった。」
(それだけ…!?)
「…私は歩いていただけなのに…走ってぶつかってきたからどうしようもなくて…」
少年の話と咲の話を耳にしたましろは、怒りのあまり拳を強く握る。
「豊さんの前を、とぼとぼ歩いてるお前が悪いんだろうが!」
咲の両腕を掴む生徒が口を開いた。
その言葉からどうやら、彼は目の前の少年の腰巾着であるとましろは理解した
「理由はどうであれ、手を挙げていい理由にはなりませんし、そんなちょっとしたアクシデントで汚れてしまう事なんてありえたことのはずです。そんなに大事なら履いてこないてください。」
「…なんだと?」
ましろの言葉に少年の目つきが変わった。
「懐の大きさすら見せず、よって集って怖い人まで引き連れて女の子を襲うなんて言語道断です!」
「おいおい、留学生…。あまり調子に乗るなよ!!」
少年の蹴りがましろを襲った。
しかし、彼女は避けるわけでもなく、守るわけでもなくそれを受け止めて両手で掴んだ。
「なんだ!?離せよ!!」
少年を睨みつけるましろ。
「謝りなさい。貴方が、咲ちゃんに!」
ましろの手を振り解こうともがく少年、しかし掴まれた足は離れない。
「ふざけんな!豊さんになにしやがる!!」
その光景を見ていたもう一人の少年は、咲の腕から手を離すとましろに向かって拳を挙げた。
(遅い…!)
掴んだ脚を手放し、上半身を横にずらす事でそのパンチを回避した。
急に手放されて勢いのあまり転倒する豊と呼ばれる少年。もう一人の少年は倒れた彼に脚を引っ掛けてしまい二人纏めて、地面に倒れ込む形となった。
「咲ちゃん…。大丈夫ですか。」
二人に視線すら向けず、友人の元に駆けつけるましろ。
しかし、咲が浮かべていたのは安堵の表情ではなく不安に満ちた顔だった。
「で、でも、水無月さん。このままじゃ、貴女も…」
「…おい、留学生。お前、僕たちにこんな事してタダじゃ済まないの。わかっているか?」
「…」
「お前たちのような取るに足らない足らないような人間、少々好きにしても僕たちには影響がないんでな…。」
少年はそう言ったあと背後で身構えていたスーツ姿の男を呼び、男の耳元でなにかを呟いた。
「…!?豊様そ、それは…さすがに…」
男はサングラスをした状態であっても表情がわかるほど動揺を見せた。
「いいからやれ。別に殺せって言うわけじゃ無い。」
「で、ですが、あまりにも度が過ぎます…!」
「なんだ?お前、僕の命令も聞けないのか?恩知らずめ、僕がいいって言ってるんだ。やれ。早く」
「…」
男はスーツの裏に手を入れると、何かを取り出し、それを見たましろたちは身を凍り付かせた。
「なんのつもりですか?女の子相手に『銃を向ける』なんて!?どうかしてます!!」
「はあ?僕はお前たちを助けてやるんだよ。お前たちを襲う猛獣から。でも、『狙いが外れて流れ弾に当たった』ならしかたないよなあ?怪我で済むんだからマシだよなあ?」
彼は、理由をつけて二人を撃つつもりだと、ましろは判断した。
「はやく、やれ。ちゃんと狙えよ?腕が脚だぞ。」
「…っ。すみませ__。」
躊躇う男がそう言葉をいい終わる瞬間。
彼は握っていた銃をその場に落とした。
目を背けていたましろが視線を向けると、彼の腕には少し長めの針のようなものが突き刺さっていた。
痛みはないようで、男自体も何があったかわからない様子だった。
「腕が動かない…?なんだ…これは…」
男は自分の腕に刺さった針を引き抜き、それを凝視した。
すると、
「学生の喧嘩で済む間であれば、介入するつもりはありませんでしたが、それ以上は見過ごせません。」
と何処からか女性の声が響き渡った。
「神威さん!?」
声の正体に気づいたましろは声のする方…、体育館の屋根の方へ視線を向けた。
その瞬間一瞬見えた黒い影は、気づけばましろ達の前に立ち、男たちへ視線を向けていた。
「申し訳ありません。ましろお嬢様。これ以上は静観するわけにはなりません故、わたくしも介入させていただきます。」
「…うん。お願いします。」
「…さて、レダンインダストリーの代表『志島 誠司』様のご子息。『志島 豊』様でお間違えありませんね?この状況、ご説明頂けますか?」
「なんだよ。お前、あの道場女のメイドか?一丁前になんなんだ偉そうに。」
「…二度はいいませんよ」
少年の言葉に対して更に目つきが鋭くなる神威。
「は?黙れよ。おい、お前ら、あのメイドを黙らせろ。立場をわからせてやれ」
少年の言葉で、スーツ姿の男が一人神威の目の前に立った。
そして彼は彼女の肩を握ると、笑みを浮かべた。
「へえ、いい身体してんねえ。お姉さん。でも悪いけど、ちょっと痛い目にあっ__」
男がその言葉を言い終わる前に神威の手刀が彼の首横を直撃した。
そのまま崩れ落ちる男。
彼が立ち上がる気配は無い。
「…なんのおつもりですか?」
神威は倒れた男に視線すら向ける事なく、少年に再び問いかけた。
「…せ!あいつを殺せ!」
少年の言葉に答えるように次は二人の男性がナイフを片手に神威に襲いかかった。
しかし、神威は動じる事なく、まるでどの方向からナイフが軌道を描くのか知っているかの如くそれを自らも2本の短刀で受け止めると、それを払いのけ片側の男の側頭部に回転蹴りを叩き込み、その流れでもう一人の男の首に針を投げつけ、男は二人とも意識を失った。
汚れを払うかのように手を叩く神威。
その姿を見ていたましろだったが、その瞬間、自らの横を通った影に気づいた。
「神威さん!後ろ!」
「はああっ!!」
神威は少し飛び上がると自らの背後に立つ巨大な男の首に、回転蹴りを叩きつけた。
逆回転で回った為、直撃したのは踵。
だが、男は自らの首に直撃した蹴りに動じる事なく彼女の脚を掴み笑みを浮かべた。
「軽い蹴りだなあ?お嬢ちゃん」
男の言葉に対して神威はふん。と笑うと
「いいえ、手加減してあげたのです。こうなるので」
と言った。
すると神威の足元から、一瞬の閃光とバチッ!!と言う音が響き渡り、その巨大な男もその場に倒れた。
「なんだなんなんだ今のは…!?」
「スタンロッドというものです。ご安心ください。私が扱ったものはどれも致命傷にはならないもの故、彼らは皆無事です。さ、もう終わりであれば先程の質問。お答え願います。」
「ちぃ!応援を呼べ!日谷!お前でもいい!」
豊はただ一人残ったスーツの男性と、日谷という手下の少年に呼びかけた
「豊様…。大人しく彼女達に謝罪をした方が良いかもしれません…。」
「何を馬鹿な事を!」
その姿、その立ち振る舞い、そしてその戦闘能力。
その情報から先程銃を落とした男性は、一人の人物を思い浮かべて繊維を完全に失った。
「もしあのメイドがそうなら…我々が百人単位でかかっても勝算はありません…」
「くそっ、ふざけやがって!!」
豊は男が落とした銃を拾い、神威に狙いを定めた。
「貧乏人どもの分際でどいつもこいつも舐めやがって!!死ね!!」
少年が引鉄を引くとバァン!という音が響いた。
…だがその直後、キィィン。という音が響き、その場にいた誰もがその光景に息を呑んだ。
そこにはナイフを構えた神威が立っており、少年はその光景に恐怖を覚えた。
「子供が扱うおもちゃではありませんよ。」
その姿を見た男は確信した。
「ま、間違いない…!黒衣の女狐だ…。なぜこんなところに…!?」
……
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