高校生編シーズン2〜メア編〜 第四話『真実』
その日の放課後。
肇は教室で一人、窓の向こうを見つめていた。
考えることはやはりましろのことばかりで、今日の間でも知らない異性の先輩に積極的に話そうとする彼女の姿を見たりと信じられない光景ばかりだった。
あれほど読書ばかりしていたはずの彼女の豹変ぶりに、彼の心には不安が募るばかりであった。
「ハジメ。ちょっと時間いただけます?」
一人きりだと思っていた教室で、突如話しかけられ驚いて振り向く肇。
目の前には金髪の少女。
ルーシャがいた。
「ル、ルーシャさん!?いい、けど、僕に…なにか?」
彼にとって彼女はクラスメイトでありながら関わる事のない存在であり、思い当たる節がなさすぎて、挙動不審になる肇。
ルーシャは少しにこっと笑うと、隣の席の椅子を引いて座った。
「…貴方。思い詰めていませんか?」
「えっ…」
何かを決心したかのように間を開けてしっかりと話すルーシャ。
「しかもそれは…しーちゃん__。水無月ましろの事ではなくて?」
「…なんで?そう思うの?」
「たまたま今日、貴方がしーちゃんに話しかけた後、深刻な顔をしているのを見かけたので。」
「…な、なんでもないよ…。なんでも。」
「…本当に何でもないのですか?」
真剣な眼差しが肇に突き刺さる。
「……。きっと聞いても笑われるだけだよ。ありえない事だから。」
「ありえない話…?…わたくしは貴方を信じますわ。笑ったりはわたくしのこの名にかけてしないと誓います。だから話してみてくださいまし。」
なかなか目は合わせられないが、ちらっと見えたルーシャの熱い眼差しをみて、迷っていた肇の口が動いた。
「…僕は水無月と幼馴染で__。」
肇は話した。
自分とましろの関係、なぜ自分が彼女の変化に気づいたのか、そして
__あれはきっとましろではない。
ということまで。
全て話した後、馬鹿馬鹿しい話をしてしまったと慌てる肇だったが、ルーシャは少し驚いた表情をみせる。
「…わたくしは親友といいながら、彼女について詳しくありませんの。…けれど…わたくしも感じたあの違和感これはきっと…。…ハジメ。わたくしはあなたを信じます。そして、貴方がどう動いてもわたくしはあなたを助けますわ。だから、貴方は信じるままに動きなさい。」
「僕の信じるまま…。」
「きっとわたくしやココロ、ユウヤでも知らないあの子を貴方は知っている。あの子を救えるのはきっと貴方だけ。」
ルーシャはそう言うと、やるべきことがあると言い、そっと連絡先を書いたメモ書きを残して走り去る。
そして、その背中を見届けた肇は深く考えた。
それは、今までの彼女への想い。
自分にできる事は一体何なのか。
そして彼は決意した。
(僕しかできないのなら…)
(そうだ…暴くんだ!僕が!アレが誰で水無月さんはどこにいるのかを__。)
……
それから約一週間後。
肇は再び放課後の教室で佇んでいた。
しかし、この日彼は人を待っていた。
それは__。
「ごめんなさい。多田乃江くん。ちょっと立て込んじゃって。__それで、大事な話ってなにかなあ?」
苦笑いを浮かべながら教室に入るましろ。
それをみた肇は強く拳を握りしめて口を開いた。
「来てくれてありがとう。僕は君にどうしても聞きたい事があったんだ__貴女は誰だ?」
「ど、どうしたんですかいきなり!?私は私ですが…」
「じゃあ、昨日の夜なにしてた?」
「…読書ですよ?私本が好きなので。」
「繁華街で知らない男と?」
「…そんなわけないじゃないですか。もう、あまり揶揄うと私、怒りますよ?」
「じゃあこれは?」
ましろの言葉を聞いて、肇は数枚の写真を取り出して見せつけた。
それはルーシャが自身の権力を用いて彼に託した町の監視カメラの映像の一部分だった。
そこにはしっかりと見知らぬ男性とましろの姿が映っており、言い逃れようのない証拠であった。
「これは昨日の写真だ。でも証拠は昨日だけじゃない。ある日を境に度々だ。…それに、こうやって一緒にいた男は皆揃って記憶がなかった。…お前は一体なんだ…?」
「…………」
肇の問いに、ましろは黙って顔を俯いた。
そして直ぐに顔を上げてくひひひひと大きく笑った。
「あーあ、バレちゃった。この世界って面白いわねぇ。どこで監視されているかわからないのだから。」
その豹変ぶりに肇は身構えた。
「に、しても貴方凄いわね。優弥やこころですら気づかなかったのに。それになあにその証拠。つけられてる気配はなかったはずなのだけれど、所謂監視カメラとか言うやつかしらぁ?」
「水無月さんの様子がおかしいって話したら、協力者が手伝ってくれたんだ。」
「ふーん。私がおかしいってどうして気づいたの?」
「何もかもだよ!!仕草、口調、何もかもが取り繕っているようにしか感じない。それに水無月さんは『僕を苗字で呼ばない』!!」
メアの問いに感情を込めて答える肇。
「く、くひひっ、くひひひひ!まさかたったそんな事で?ほんっと馬鹿馬鹿しいわね貴方。…これでいい?『肇ちゃん』」
「黙れ…!水無月さんはどこだ!?」
肇の問いに、ぽかん。とした表情を浮かべた後再びニヤリと笑う彼女。
「一つ勘違いしてないかしら。貴方の大好きな水無月さんはちゃあんと目の前にいるわ」
「…?」
「真実に辿り着いた名探偵さんに教えてあげるわあ!この体は肉体のない私が、貴方の大好きな水無月さんに提供してもらったの」
「なにを馬鹿な事を…?」
「ふっ、そこは信じないのね。可哀想。…まあいいわ。これ以上嗅ぎ回られても邪魔だし貴方の記憶も消してあげる。」
肇に向かって『ソレ』が、じりじりと近づいてくる。
危険だ。わかっていてもなぜか肇の身体は動かない。
「無駄よ。真相に気づこうがどうなろうが貴方は最初から私の術中にはまっているの。…さあ、諦めて身を委ねなさい…。悪くはしないわ。ほら、『私』が好きなんでしょお?」
「いやだ!!目を覚ましてくれ!!水無月さん!」
「くひひ、無駄っ。さあ__。」
メアの手が肇に触れようとしたその瞬間、メアの背後から凄まじい音が響き渡った。
「はあっ!!」
竹刀を持った金髪の少女が、勢いよく教室のドアを開け、『ソレ』に向かって手に持つそれを投げつけた。
彼女は、見向きもせずに竹刀を掴むが、少女はそれがわかっていたかのように飛び込み、肇の手を引いて距離を取った。
「…ルーシャ・ベル・フローライト…!」
「ようやく姿を現しましたわね。偽物。」
「偽物?違うわよ。この肉体を手に入れた私こそが水無月ましろなの!わからない?」
自らの身体を指で撫でながらそう笑う『ソレ』。
「ふざけないで。しーちゃんがしーちゃんじゃ無いなら、貴女はどうであれ水無月ましろではないわ!」
「…ふん…嫌い。貴女のその目。気に入らない。迷う事も振り切った穢れの持たないその目…。この状況でもどうにかなると希望を捨てていない。」
「あら。実際にそうだと思っていますもの。悲観的になる必要なんてありませんことよ!」
ルーシャの発言に目の前のソレは小さく舌打ちをするが、すぐに切り替えて再び笑みを浮かべた。
「くひひ、…ま、ちっぽけなネズミが増えたところで__」
メアがそう言い終わろうとした瞬間。
廊下から駆けてくる音がする。
「ルーシャ!?なんだ今の音は…!」
__神崎優弥。
「ましろに…多田乃江…?」
「ユウヤ!!そいつはしーちゃんじゃないわ!!あの子の身体を乗っ取っているナニカですわ!」
「なんだって!?」
そのやりとりを見てましろの姿をした『ソレ』は、掴んだ竹刀をへし折って笑う。
「あーあ、予想外。お兄ちゃんにまでバレちゃうなんて。…けど…もう、どうでもいいか。十分楽しんだし。」
「何を言ってる!?お前は誰だ!」
「くひひひひっ。楽観的で脳天気なお馬鹿な貴方達に教えてあげる。我が名は『メア・シュヴァルツ』。ガレア帝国の一指揮官にして高貴なる淫魔!!」
メアがそう口にすると、眩い光がその身を包み、彼女の姿を変えた。
頭には鋭利な角が、臀部にはスペード状の先端をもつ長い尻尾が、そして背中には大きく禍々しい翼が生え、衣装も露出が非常に目立つものへと変貌した。
その姿はまさしく淫魔。
ましろの面影はそのままに人ならざるものへと姿を大きく変えてしまった。
「くっ、幹部クラスってことか…!ましろの体から離れろ!!」
「嫌よ。だってもうこれは私の肉体。今はまだ不完全だけれど、完全なる同調を果たした時。私はこの世に完全に受肉できるの…!!」
「そんな事させませんわ!」
「頼みの綱のレヴェリーヴァイスを失って力のない貴女達に何ができるというの?…ま、今日はこれはこれで楽しかったから見逃してあげる。…みんな完全体になるのを指を咥えて待っていなさい。」
くひひと再び笑ったメア。
すると、周りの三人を強烈な風圧が襲った。
なんとかしがみついて耐えた彼らが、再び顔を上げた時、そこにはメアの姿はなかった。
「……。」
その場に静寂が現れる。
優弥も肇も開いた口が塞がらなかった。
「ユウヤ!ユウヤ!!しっかりなさい!!」
呆然と立ち尽くす優弥の身体を揺さぶるルーシャ。
「あ、ああ…。」
「諦めてはなりません!!アレはまだ不完全と言ったのです!…貴方なら、まだなにかできるはずでしょう!?」
ルーシャの眼差しを見た優弥。
それを見た彼は、何かを決意したような目つきに切り替わり、額から流れる汗を袖で拭うと「そうだな。先に行ってる。」と言って教室を飛び出した。
その後ルーシャは、膝をついて項垂れる肇に手を差し伸べて彼を再び立ち上がらせた。
「ハジメ。ごめんなさい。わたくしは貴方を利用しました。本当の事を言ってしまえば、あの子の違和感は私も感じていましたの。…けれどわたくしは皆と違ってまだあの子を知らない。だからそれを突き止めるきっかけと証拠が欲しかった。だから…」
「…その事はいいんだ。僕はやりたくて自分に出来る事をやっただけだから。…でも、これから先は…できそうにない…。怖いんだ。先生やルーシャさんはアレがなんなのか知っているのかもしれない。…けど僕には…あのよくわからない怪物が怖くて。いざと言う時には何もできなくて__。」
「それは、それはねハジメ。私達は__。」
「言わなくていい。知らなくていい。そりゃなんで水無月さんが巻き込まれたんだ?とか疑問はある。…でも。聞いても僕に出来る事なんてなにもないんだろう?」
「それは…」
「だから、言わなくていい。僕は他の人にも言わない。…でもさ…。だからさ…約束してくれよ。」
「…?」
俯いていた肇がルーシャの両方を掴んだ。
「お願いだ!ルーシャ!!水無月さんを!取り戻してくれ!!!」
涙を流し叫ぶ肇。
「僕には非力だ。何もできない僕が身勝手な事言っているのはわかってる!でも。でも僕は、いつも通りの彼女の笑顔が見れたらもう…なにもいらないんだ…だから。お願いだ…」
真剣。だけれど泣き腫らした目。
少し気弱な彼とは思えない声色。
そして震えるその手がルーシャの心を燃え上がらせた。
彼女はそっと彼の両手を手に取り、強い眼差しのまま笑みを浮かべた。
「ええ、約束しますわ。必ず。わたくしの命にかけてしーちゃんを助けます!!」
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